日本大百科全書(ニッポニカ)「生薬」の解説
生薬
しょうやく
自然界に産する物質のなかで、ヒトあるいは他の動物に対してなんらかの薬効を有するもの、あるいは有するとの考えから使用されているものをいう。生薬は植物性生薬、動物性生薬、鉱物性生薬に3大別することができる。
[難波恒雄・御影雅幸]
植物性生薬
俗に草根木皮とよばれているように、いろいろな植物のさまざまな部位が薬用に供される。
(1)全草類生薬 植物体の全体、あるいは地上部全体を1種類の薬物として用いるもので、その種類は非常に多く、とくに民間薬の大半は全草類生薬である。一般に花期のものを採集して用いるが、まれに果実期、あるいは幼少期のものも用いられる。通常、漢方ではそのまま乾燥し、他の生薬と配合して用いられるが、インド医学では新鮮なものも多く利用される。また、民間療法では生(なま)のまま用いられることが多く、絞り汁を内服したり、すりつぶして外用したりすることが多い。
菌類の場合は、子実体、あるいは地下の菌核を薬用として利用することが多いが、なかには、セミタケ類のように寄生宿主をも含めて使用することがある。
(2)葉類(ようるい)生薬 葉のみを薬用とするもので、利用方法は全草類生薬と同様であるが、熟艾(じゅくがい)(もぐさ)のようにヨモギなどの葉に生える毛を集めて利用するものもある。市販品のなかにはしばしば茎や枝、また長い葉柄などの混入するものがあるが、品質的には劣品とされる。なお、ときには葉柄のみが薬用とされる場合もある。
(3)根および根茎類生薬 植物体の地中にある部分を薬用とするもので、根茎と根の区別がはっきりしたものでは、それぞれ単独に用いられることが多い。区別がはっきりしないものは地下部全体が用いられる。これに含まれる生薬は漢薬のなかでも種類が多く、しばしば修治(加工)して用いられる。
(4)果実および種子類生薬 これらの生薬では一般に成熟品が用いられるが、未熟品が使用されることもある。果実の場合は果皮のみの場合もある。また、大形の種子では、通常、破砕あるいは切断したのち、乾燥して用いるが、小形のものでは、そのまま煎(せん)じるか、あるいは粉末化して用いる。まれに花托(かたく)や萼(がく)、果柄があわせて利用されるほか、萼のみ(カキ)、へたのみ(ウリ)が独立した生薬として使用される場合もある。
(5)花類(かるい)生薬 つぼみあるいは咲き始めの花全体を用いるのが一般的である。特殊なものとしては、雌蕊(しずい)(雌しべ)の柱頭のみを用いるもの(サフラン、トウモロコシ)、雄(ゆう)蕊(雄しべ)のみを用いるもの(ハス)、花粉のみを用いるもの(ガマ)などがある。
(6)皮類(ひるい)生薬 樹木や根の皮層部(形成層の外側)を薬用とするもので、通常はコルク層を除去して用いる。
(7)茎類(けいるい)生薬 木質の茎、つるなどを薬用とするもので、通常は皮層とともに用いるが、木部のみ、髄部のみが単独で使用されることもある。
(8)樹脂類生薬 植物体を傷つけたときに出る樹液や乳液を薬用とするもので、松脂(まつやに)のように自然に産するものと、アヘンのように人工的に得るものとがある。
(9)エキス類生薬 植物体の水性エキスを煮つめたもので、通常は乾固して用いるが、流体のものもあり、これはとくに流(りゅう)エキスとよばれる。
(10)その他 (9)までには含まれない特殊なもので、植物体に生じる刺状(しじょう)物、巻きひげ、虫こぶなどが含まれる。
[難波恒雄・御影雅幸]
動物性生薬
一般に大形動物の場合は体の一部のみ、小形動物の場合は全体を薬用とする。大形動物では角(つの)、皮、骨、内臓器、歯、舌、生殖器、排泄(はいせつ)物などのほか、特殊なものとしては、胎児、胎盤、病的に生じた結石、膠(にかわ)質などがある。また、昆虫の場合は、成虫、幼虫、蛹(さなぎ)、巣、抜け殻などの全型を薬用とするほか、排泄物やろう質が利用されることもある。そのほか貝殻、サンゴなども薬用とされる。動物性生薬は、しばしば黒焼きとして利用される。
[難波恒雄・御影雅幸]
鉱物性生薬
岩石類のほか、水(雨水、井戸水、泉水など)、動植物の化石化したものなどがある。特殊なものに、かまどの土、溶岩などがある。服用に際しては、粉末にしてそのまま服用するか、あるいは煎用される。また、修治法としては熱や酸を加える方法が行われる。
[難波恒雄・御影雅幸]
生薬の品質
生薬は、合成された純粋な化学薬品とは異なり、同一名の薬物でもその産地や採集時期などによって、含有される成分組成が異なるのが常である。また、多くの生薬には異物同名品があるほか、いくつかの等級に分けられるものもあるため、その品質は複雑なものとなっている。したがって、生薬の正しい基源については、現在の市場調査、あるいは過去における市場調査の結果などを踏まえたうえで、さらに本草(ほんぞう)学的な考察を加える必要がある。なお、民間薬の場合には、こうした文献が存在していないので、研究は困難となっている。また、多くの生薬においては、その有効成分がまだ解明されていないため、成分化学的に品質を評価することも現段階では問題が多い。しかし、最近は各分野において精力的な研究が進められており、薬理、臨床医学的な研究とあわせて、今後の発展的な成果が期待されている。
[難波恒雄・御影雅幸]
『大塚敬節著『漢方と民間薬百科』(1966・主婦の友社)』▽『N・テーラー著、難波恒雄・難波洋子訳注『世界を変えた薬用植物』(1972・創元社)』▽『三橋博著『生薬の世界』(1978・講談社)』▽『難波恒雄著『原色和漢薬図鑑』上下(1980・保育社)』▽『高木敬次郎他編『和漢薬物学』(1982・南山堂)』