現代かなづかい(読み)げんだいかなづかい

改訂新版 世界大百科事典 「現代かなづかい」の意味・わかりやすい解説

現代かなづかい (げんだいかなづかい)

現代日本語(主として口語体現代文)を,かなで書きあらわす場合の準則。1946年内閣訓令第8号,内閣告示第33号で公布された。現代かなづかいは,一般に表音式かなづかいとみられているようであるが,告示の前書にもあるように〈大体,現代語音にもとづいて〉いるのであって,旧かなづかいの一部を残した一種の正字法(正書法)である。発音とちがうおもな点を列記すれば,(1)助詞〈を〉は,オと発音するが〈を〉と書く。(2)助詞〈は〉は,ワと発音するが〈は〉と書くことを本則とする。(3)助詞〈へ〉は,エと発音するが〈へ〉と書くことを本則とする(本則とするとは,それぞれ〈わ〉〈え〉と書くことを許容する意味であるが,教育は本則に従う)。(4)ジ・ズと発音されるものは〈じ〉〈ず〉と書くが,2語の連合によりチ・ツがジ・ズに変わったもの,同音の連呼によりチ・ツがジ・ズに変わったものは〈ぢ〉〈づ〉と書く。たとえば〈はなぢ(鼻血)〉〈みかづき三日月)〉など。(5)ウ列音,ウ列拗音(ようおん)の長音には〈う〉を,エ列音の長音には〈え〉をつけて書くが,オ列音,オ列拗音の長音には〈う〉をつけて書く。たとえば〈きゅうり(胡瓜)〉〈ねえさん(姉さん)〉など。ただし〈大きい〉〈遠い〉などのように,旧かなづかいでなら〈ほ〉と書いたオは〈お〉と書く。これは,発音がオオとオが二つ続いたものとみるからであって,例外とは考えない。(6)動詞〈言う〉は〈いう〉と書く。(7)なお,カ・クヮ,ガ・グヮ,ジ・ヂ,ズ・ヅについて,これらの音を言いわけている地方に限って,書きわけてもよいことが注記されている。以上のように,いくつかの点で発音と一致しない正字法が,現代かなづかいとして公布されることになったのは,それまで行われていた旧かなづかいに対して,あまり急激な変化があっては世間に認められないということを恐れたためと考えられる。今日では,社会の一部に反対論もあるが,法令,公用文教科書,新聞,雑誌などに広く行われている。

今から10世紀も前の語音にもとづく旧かなづかいに対して,これを現代の発音に近づけようとする考えは明治時代からあった。字音かなづかいについては,1900年小学校令によっていわゆる棒引かなづかいが施行され,教科書に採用されて一部には歓迎されたが,社会の反対にあい08年廃止された。臨時国語調査会は24年国語・字音両方のかなづかいについて〈仮名遣改定案〉を,31年にその修正案を発表したが,これは採択にもならずに終わった。さらに,臨時国語調査会の後身国語審議会は,42年字音かなづかいのみについて〈新字音仮名遣表〉を発表したが,これも文部省の採択するところとはならなかった。第2次世界大戦後,アメリカ側からの国語改革についての勧告もあり,国語審議会は新たにかなづかい主査委員会(委員長安藤正次,ほか委員19名)を設け,かなづかい改定にのりだした。46年6~9月にかけて12回の委員会のすえ,国語・字音両方のかなづかいを一本とした現代かなづかいの案が完成した。この案は同年9月21日の国語審議会(会長安倍能成)第11回総会において,多数によって可決され(反対者は小宮豊隆関口泰時枝誠記藤村作諸橋轍次の5名),同年11月5日の閣議(第1次吉田茂内閣)で決定,公布された(その後,86年7月1日,一般の社会生活におけるよりどころとして性格づけられた〈現代仮名遣い〉が内閣告示された)。
仮名遣い
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「現代かなづかい」の意味・わかりやすい解説

現代かなづかい
げんだいかなづかい

仮名遣いの一つ。1946年(昭和21)11月16日付けで、内閣訓令第8号とともに、内閣告示第33号によって公布されたもの。現代日本語の発音に比較的近い仮名遣いで、公的に長期間実施された唯一のもの。従前公私とも一般に行われていた、いわゆる歴史的仮名遣い(旧仮名遣い)に対して、新仮名遣いともいわれる。

[築島 裕]

沿革

歴史的仮名遣いに対して、現代語音に基づく仮名遣いを使用すべしとする主張は、明治以来行われ、1900年(明治33)の小学校令施行規則で発音主義の仮名遣いが短期間行われたことがあり、その後、臨時国語調査会によって1924年(大正13)に和語(本来の日本語)についての「仮名遣改定案」が、国語審議会によって1942年(昭和17)に「新字音仮名遣表」などが発表されたが、いずれも一般には行われなかった。第二次世界大戦後、国語審議会が、漢字制限とあわせてこの仮名遣いを答申し、政府の採択公布に至ったもので、戦後の急激な社会改革の一環ともみられるものである。

 さらに、オ列音の長音は「おう」「こう」「そう」のように書くが、例外として、オに発音されるほは「おおやけ(公)」「こおり(氷)」のように「おお」「こお」のように書く。そのほか、「クヮ・カ」「グヮ・ガ」「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」を言い分けている地方では、書き分けても差し支えないとしている。

[築島 裕]

経過

告示以後、早く公文書・教科書・新聞等に実施されて、急速に世間に広まった。しかし、一方では、これに反対する立場もある。その理由としては、従来の歴史的仮名遣いを廃止したために生じた伝統の断絶、美意識の破壊、文法体系の変改・複雑化、語形の視覚的なまとまりの悪化、規則自体が一元的でないことの非論理性、制定・実施の手順を公的な面で進めたこと、などがあげられる。その後、1966年に文部大臣の諮問が出されて、「現代かなづかい」再検討の課題が負わされた。

[築島 裕]

付記

1985年2月、国語審議会は、仮名遣い委員会試案「改定現代仮名遣い」を公表した。従来の「準則」を「よりどころ」に改め、大綱は「現代かなづかい」の線と同様であるが、規則の構成を整えて論理的に体系化し、まず現代語の音韻表を掲げて、それに対応する仮名の用法を記述し、例外を注記し、付表として歴史的仮名遣いとの対照を表示している。内容的には、「ぢ」「づ」を使用する語を多数あげて明示し、助詞「は」「へ」の表記を確定し、さらに「現代かなづかい」では触れられていなかった「えいが(映画)」「とけい(時計)」の「えい」「けい」の類、「てきかく(的確)」「すいぞくかん(水族館)」「がっこう(学校)」などの「き」「く」または「っ」についての表記にも及んでいる。

[築島 裕]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「現代かなづかい」の意味・わかりやすい解説

現代かなづかい
げんだいかなづかい

1946年 11月内閣訓令で公布されたかなづかいで,おおむね現代語音に基づいて,現代語をかなで書き表わす場合の準則を示したもの。新かなづかいともいう。表音式かなづかいといわれるが,音声記号・音韻記号ではなく,あくまで正書法としての準則であった。たとえば,(1) 助詞[オ]は「を」とする。助詞[ワ][エ]は「は」「へ」を本則とする (すなわち,「わ」「え」も許容する) 。 (2) 歴史的かなづかいの「くゎ」「ぐゎ」は「か」「が」と,「ぢ」「づ」は「じ」「ず」とそれぞれ書くが,これらを発音し分けている地方では書き分けてもよい。また,2語の連合,同音の連呼により生じた「ぢ」「づ」はそのままとする。「はなぢ」 (鼻血) ,「ちぢむ」 (縮) ,「つづく」 (続) など。 (3) オ列長音は一般にオ列のかなに「う」を続けて,「おう」「こう」「とう」などのように書くのを本則とするが,[オ]と発音される歴史的かなづかいの「ほ」は「お」と書くため,「おおきい」 (大) ,「とおい」 (遠) などの例外が生じた。現代かなづかいは,急速に流布したが,公文書などで公的に推進されたことや,それによって歴史的かなづかいが失われてしまうことへの批判が多く,また規則内容の問題点が指摘されるなどして,86年7月「現代仮名遣い」として改訂版が告示された。改訂版では,「準則」ではなく「よりどころ」とすることが明記され,助詞「は」「へ」の表記を確定するなど構成を体系化し,さらに音韻と歴史的かなづかいとの対照表示を加えた付表などが新たに示されている。

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百科事典マイペディア 「現代かなづかい」の意味・わかりやすい解説

現代かなづかい【げんだいかなづかい】

現代日本語,主として口語体の現代文を仮名で書き表す場合の準則。表音的仮名遣いの一種といえる。国語審議会の決定答申に基づき,1946年内閣訓令により当用漢字とともに告示された仮名遣い。ほぼ現代語音に基づくが,急激な変化が引き起こす抵抗を恐れたこともあって,助詞〈は〉〈へ〉〈を〉はもとのままとするなど歴史的仮名遣いを顧慮した部分がある。法令,公用文,教科書,新聞,雑誌などに広く用いられてきたが,伝統を尊重する立場,表音主義上の不徹底をつく立場など,なお一部に反対論もある。1986年,適用範囲を限定し,表記の〈よりどころ〉として性格づけられた〈現代仮名遣い〉が告示された。
→関連項目国語審議会

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世界大百科事典(旧版)内の現代かなづかいの言及

【仮名遣い】より

…それをうけて世に広めた〈行阿(ぎようあ)仮名遣い〉を批評して,上代の万葉仮名に根拠を求めた契沖の仮名遣いを〈古典仮名遣い〉〈復古仮名遣い〉または,〈歴史的仮名遣い〉とよぶ。これをさらに現代語の音声にもとづいて第2次世界大戦後,改定実行した仮名遣いを〈現代かなづかい〉または〈新かなづかい〉という。
[定家仮名遣い]
 弘法大師の作と信じられていた〈いろは歌〉が,院政時代以降,手習いの初めに用いられ,その中の47字の仮名が区別すべき別々の仮名と思われるようになった。…

【国語国字問題】より

…仮名は本来表音的文字であるから,語形の変化にしたがって表記も変えるべきであるというのが,仮名遣い改訂論の根拠であった。しかし,これに対しては,保守的な人々から反対があり,国語表記の伝統を守るべきである,現代語だけの便利主義の思想はよくない,発音主義は品がない,実際上発音どおりに書くことはできない,発音どおりに書くには標準語の発音を決めなければいけないが,まだそれはできていない,外国でもつづり字改良運動は成功していない,歴史的仮名遣いはむずかしくない,などの論があったが,第2次大戦後の混乱時に現代かなづかい案が内閣訓令として公布され(1946),官庁の文書に用いられるにいたり,新聞,雑誌がこれに協力し,義務教育の教科書がこれに追随した。契沖の定めた歴史的仮名遣いは,はじめて契沖が唱えて実行してから200年以上を経過し,楫取魚彦(かとりなひこ)の《古言梯》その他の補訂があり,明治時代に入ってからは国語調査会の《疑問仮名遣》が作られて,問題になる単語の仮名の正しい表記の仕方を研究して定めてある(〈疑問仮名遣い〉の項目参照)。…

【正書法】より

…ドイツでは,正書法の基準を定めるために,1876年(第1回)と1901年(第2回)に正書法会議を開いている。 日本では,明治以来いわゆる〈歴史的仮名遣い〉が正書法として行われてきたが,1946年に〈現代かなづかい〉がこれに代わった。〈ゐる(居)〉と〈いる(要)〉を〈いる〉に統一し,〈おほさか(大阪)〉と〈おほり(堀)〉を〈おおさか〉と〈おほり〉のように区別することになった点では正書法の理想に近づいたが,一方,同じ[oː]を〈おお(さか)〉,〈おう(さま)〉のように書き分ける点では,〈現代かなづかい〉も正書法の理想から遠い。…

※「現代かなづかい」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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