狩猟儀礼(読み)シュリョウギレイ

デジタル大辞泉 「狩猟儀礼」の意味・読み・例文・類語

しゅりょう‐ぎれい〔シユレフ‐〕【狩猟儀礼】

狩猟に際して行われる儀礼で、豊猟を祈願したり、獲物を神に感謝したりするもの。矢開き・血祭り・毛祭りなど。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「狩猟儀礼」の意味・わかりやすい解説

狩猟儀礼
しゅりょうぎれい

日本の狩猟は、個人的な「小狩猟」と、クマ、イノシシ、シカ、カモシカなどの大形獣を目がける「共同狩猟」(大狩猟)とに大別できるが、後者は主としてヤマダチ、マタギなどとよばれてきた専業的な山間の狩人(かりゅうど)団によって行われてきた。「穴籠(ごも)り」のクマ猟などには近年まで槍(やり)や山刀が用いられてはいたが、しかし「弓矢猟」の形はすでに失せて久しく、いまは「銃猟」にまったく移行している。しかし「ヤミチ」(弾道)、「一の矢、初矢(そや)」(初弾)、「矢場」(銃の構え場)、「矢口祝」(初猟祝い)などの名称が残るように、かなり古い「狩り」の習俗がいまもみられ、特殊な呪術(じゅじゅつ)宗教的儀礼を幾多伴っている。東北山地の狩人集落にはいくつかの「マタギ組」があって、「スカリ(シカリ)」とよぶ頭(かしら)(指揮者)に率いられてきた。おおむね5、6人の仲間でほぼ固定しており、猟期になると、一同「精進潔斎」のうえ長期間の山猟生活に移った。その行動範囲もかつては広く奥羽・信越の奥地に及び、山中に「小屋住い」を重ねて獲物を追い歩いた。「山ことば」という山中生活独自の「忌みことば」があり、また古い山の神信仰に基づく特異な「山中作法」も厳しかったようである。中部・九州山地の猟人団もほぼ同趣の山中生活を送ってきたようで、いくつか古い狩猟儀礼を近年まで残してきた。

〔1〕初矢祝い 「猟師入り」した者が初めて獲物をしとめたおりの祝いで、狩人仲間を招待して宴を張る。矢やき祝い、矢開きともいい、「一人前の狩人」になる承認儀礼でもあった。

〔2〕毛祭り、血祭り クマ、シカ、イノシシなどの獲物を現場で解体する際の儀礼で、仲間ごとに多少の相違はあったが、おおむねは「毛祭り、毛ぼかい(祝)」という解体の際の作法と、「血祭り、血バライ(祓)」などとよぶ「浄(きよ)め」の作法に区分される。前者では一定作法によって解体したうえ獲物の臓物を一同に分け合って共食することが主となり、狩りの役割に従って分配する部分も決まっていた。後者の作法は獲物の「頭」を主対象に「山の神」を祀(まつ)り、「狩りの恵み」を謝し、いっそうの豊猟を祈念する形で、その際の「唱え言」や「呪文(じゅもん)」の類が仲間ごとに久しく伝承されていて、いわゆる「秘伝書」として書き留められたものもある。

〔3〕千匹祝い 獲物を多数しとめた感謝の祝い。蔵王山麓(ざおうさんろく)などに「鹿(しか)千匹供養」「鹿二千供養」などと記した供養碑がいまに残るのもその類であろう。漁村の「大漁祝い」と同類だが、その伝承は今日かすかに残るだけである。

〔4〕その他 獲物をしとめると、発砲して、「山の神」にお礼の意を表す風はいまも広く残り、また「命玉(いのちだま)、一つ玉、金玉、銀玉」などとよぶ特製の銃丸を用意し、山中で魔性のものに会った際にはそれを撃てば難を逃れるといった伝承なども広く行われていた。

 共同狩猟の獲物の配分方式にも特異な風習がみられた。「サバワケ、フチョウワケ」などという平等分配の方法が一般的ではあったが、それにあわせて各人の手柄や役割に応じて特殊の配分が行われることが多く、とくに後者では獲物をしとめるうえで特別の功労のあった者が優待された。イノシシ猟では「留矢(とめや)」(とどめをさす)、シカ猟では「初矢、一の矢」、クマ・カモシカ猟では「一の槍、初槍」などがそれにあたり、その特殊配分を「矢徳(やとく)、射ダマス」などとよび、多く皮、角(つの)、頭部などが与えられることになっていた。また九州南部山地などでは「犬ダマス、包丁ダマス」と称して、犬をかける者や解体の執刀人にも特別の配分をした。また狩人以外の臨場者にも「見ダマス」などといって若干の配分を行う慣行もあった。獲物が絶息しないうちにその場に立ち会えば、「出合い勝負」などといって一人前の配分にあずかれたわけで、本来「無主物」相手ゆえ狩猟にはこうした古風な考え方も残ったのであろう。

[竹内利美]

狩猟神信仰

狩人の第一の信仰対象は「山の神」で、もっぱら豊猟を祈念し、獲物があればまずそれに奉謝した。しかし農民や木こりの信仰する「山の神」とはかなり別趣で、もちろん神道教義のものとはかかわりがない。その神格はいろいろに思念されていて、女神とするものが多いが、かならずしも一定せず、もちろん個性的な神名も伝わらない。ただ狩猟の場である山岳地帯をしろしめし、猟の恵みを与える神霊として「畏(おそ)れ慎む」べきものと思念され、厳しい禁忌伝承を伴っていた点は共通していた。東北のマタギ組には『山立根本巻』『山立由来記』などという「職の本縁」を伝える旧記を伝存するものが多く、また同類の「狩猟伝書」は他地方にも伝えられていた。多くは山の神信仰に根ざす「職の由来」を記すもので、あわせて山猟の呪法などを書き留めてあるが、そこにみられる「祖神伝承、職の本縁譚(たん)」はおよそ三つの型に大別できるようである。

 つまり、(1)万三郎山神、または磐次磐三郎(ばんじばんざぶろう)物語、(2)狩場明神系の物語、(3)大摩小摩、または大汝小汝(おおなんじこなんじ)の物語である。(1)は「日光派」系と通称され、すでに『日光山縁起』などにもみえるところである。(2)は「高野(こうや)派」系といわれるもので、『高野山(こうやさん)旧記』に記されると同じく、弘法(こうぼう)大師の高野開山にまつわる狩場明神系伝承である。(3)は南九州や中部山地に伝存されるもので、修験(しゅげん)仏徒の習合を経ぬ古い型とみられるが、『神道集』の「熊野の本地譚」となお一脈のつながりをもっている。ともかく三者とも「狩りの名手」が山の神を助け、あるいは高僧の開山の手引きをして、殺生自在の特認を得たと伝えるところで、(3)の伝承では兄弟の狩人のうち弟のみが「神の助力」に努めたゆえ、その末孫だけが正統の狩人になり、山の神の恵みにあずかれると伝える。つまり(2)は高野開創伝承に付会し、また(1)の「日光派」系は日光山に拠(よ)る修験団の修飾を経た形で、(3)はより古い民間伝承のままらしいが、なお「熊野本地譚」につながる形を示してはいる。ともかく、山中に「無主」の鳥獣を追う狩人団は、こうした伝承を根拠に自在の狩猟活動を「神仏の特認」のもとに行いうる特権を保持すると称し、一般農民もまたそれを広く認めたのである。いわばそれは「狩猟認許」の特権表示であり、また正統の狩人である証明でもあった。

 また「山の神」が「オコゼ魚」を好むという伝承も広く残り、それを山の神に供えたり、あるいは狩猟の際その「干物」を携えて豊猟を山の神に催促する「まじない」なども行われた。また一方にはオコゼ自体が「狩りの幸」を恵むという伝承もあって、山の神信仰とオコゼ魚は奇妙なかかわりをもつもののようだが、その原拠は分明でない。

 狩人が「猟運」を「シャチ」といい、「シャチ神、シャチ山の神」を豊猟祈願の対象として祀ることもかなり広くみられる。「シャチ」は猟をもたらす「精霊」の類らしく、猟運に恵まれた仲間から「シャチ」を分けてもらう作法もあり、また獲物をしとめた弾丸は抜き出して、それを新しい弾丸に混ぜ入れると、猟運に恵まれるともいっていた。ともかく、まったくの偶然に支配される狩猟では、山の神に祈願したり、あるいはいろいろの呪法を尽くして、好運の訪れを待つよりほかなかったので、古い信仰や呪術伝承が久しく残ったのである。

[竹内利美]

『大林太良編著『日本民俗文化大系5 山民と海人』(1983・小学館)』『千葉徳爾著『狩猟伝承研究』『続狩猟伝承研究』『狩猟伝承研究後篇』(1969~77・風間書房)』『「山民の生活」(『定本柳田国男集4』所収・1963・筑摩書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「狩猟儀礼」の意味・わかりやすい解説

狩猟儀礼 (しゅりょうぎれい)
hunting rites

狩猟民もしくは猟師が狩猟活動に関連して実施する儀礼の総称。狩りの成功および豊猟を主たる目的とする狩猟儀礼は,一般的には強化儀礼ないし生産儀礼の範疇に属するが,生産活動の節目に一定の時空を設けて行う牧畜民農耕民のそれと比べるならば,個々の狩猟活動の全過程を通じて各種の積極的儀礼(祈禱や供物など)および消極的儀礼(禁忌や抑制)が実施され,あたかも生業活動それ自体が儀礼行為であるかの様相を呈する。これは狩猟が人類最古の生業である事実と関連するものと思われ,人間が野生の自然と直接に対決する際の非力さを補う手段として以下のような信仰を発達させたのであろう。儀礼はかかる信仰の表現様式である。

 熱帯の密林であれサバンナであれ砂漠であれ,また寒帯の森林であれツンドラであれ氷原であれ,現存する狩猟民のもとに共通するのは,〈野獣の主〉〈森の主〉〈藪(やぶ)の主〉〈海の主〉に対する信仰である。〈主〉は野獣界を支配しており,時に応じて野獣を狩猟者のもとへ派遣して狩らせる。したがって,猟の成否はあげて〈主〉の意向にかかるのである。〈主〉は熊,ヒョウ,大蛇などそれぞれの土地の猛獣の形をとるのが普通だが,それは〈仮装した〉姿にすぎず,本来は人間と同じ形姿で人間同様の生活を送っているとされ,それゆえ人間は〈主〉に直接話しかけることができる。狩猟民はまた万物に物質的実体と霊の存在を認めるアニミズムの信奉者であるから,野獣にも肉体と霊が併存し,前者は死して滅びるが,後者は不滅だと考えるのである。こうして人間は野獣の肉や毛皮を〈主〉からの贈物として受け取ることができ,霊は〈主〉のもとへ送り返すのである。ちなみに,多くの狩猟民は,野獣が本来の姿に戻るため肉体から霊を解放したがっていると考える。さらに野獣の骨は,もしも無傷に保全されるならば,いずれ肉と毛皮を得てよみがえるという〈骨からの再生〉も広く信じられている。狩猟者がしとめた野獣の解体に際して示す儀礼的慎重さはここに由来するのであり,全骨格を元どおりに正しく組み立てて葬ったり,木に懸けたり,とくに頭骨を保存したり高く掲げたり,また一般には獲物の一部を特別に処置する,いわゆる〈もの送り〉の儀礼は,きわめて普遍的な狩猟儀礼である。アイヌは熊,シャチ,フクロウ,キツネなどの動物を〈送る〉儀礼を〈イオマンテ〉と称する。とりわけ北方ユーラシアと北米大陸北部に広く分布する〈熊祭〉は,〈もの送り〉の代表例である。そこでは宥和,哀願,威嚇,欺瞞などを意図する〈主〉との対話(祈禱など),〈主〉に対する贈与(供物や犠牲),性生活や女の排除(禁忌),特殊な狩り言葉の使用といった儀礼行為,すなわち狩猟儀礼が集約的に表現されている。
儀礼 →採集狩猟文化
執筆者:

狩猟儀礼の大半は,鳥獣霊またはその上にある神霊に対しての,感謝もしくは慰霊の形式と考えられるが,なかにはいまだ意味不明のままに伝承されているものもある。これらの儀礼は対象となる神霊や鳥獣霊によって形態内容が異なり,狩猟に際してまったく儀礼のない鳥獣もある。それは,これら鳥獣もしくは神霊と,人間生活とのかかわり方に伴って異なるものと思われ,シカ,イノシシ,カモシカ,熊といった大型哺乳類に対しては,複雑で重々しい儀礼があるが,ウサギ,キジなど小型鳥獣にはとくに儀礼が認められない。前者は春の農耕開始期に先だって狩られ,この獲物を神霊に捧げてその年の豊饒幸運(必ずしも農作物にかかわらない)を祈る儀礼と考えられる。九州阿蘇神社の下野の狩り,信州諏訪大社の酉の祭などはこの種の儀礼の大規模なものといえる。小さな儀礼としては狩猟者が獲物を射止めた折に,解体してその内臓の一部や肉片,あるいは毛や耳,舌など身体の一部を山の神に供え,次の獲物があるように祈る儀式もある。さらに熊など巨大なまた強力な野獣を得たとき,その霊が恨み怒ってたたりをなすことを防ぐために,その頭骨をまつって石を口にかませ,または上下顎骨を分離して葬り,あるいはいり豆とともに埋めて〈この豆が芽を出すまで生きかえるな〉などと唱えるなどの呪術的なものもあり,後者は主として専業宗教者の関与するところであったらしい。この種の儀礼には呪文や祭文を伴うものもあった。〈諏訪の文〉〈迷故(めいご)の文〉などと称して古い狩人が伝承していたもののうちにはこの種のものが含まれる。古風な日本伝来の狩仲間では,これらを記憶して儀礼を執行しうることは,狩りの指導者の備えるべき条件の一つとされたようである。そのほか狩仲間に加わるための加入儀礼,山小屋や山中生活の開始もしくは終了の折の儀礼,さらに狩りにともなって発生する災害を防ぐため,また災害が起こった後の除災儀礼など,狩猟にかかわる諸種の儀礼が伝えられていた。これには地方ごとに,また狩猟の方式ごとに差異があったが,いずれも宗教的意義を含みつつも神道や仏教の解釈では十分説明しえない民間信仰の色彩が濃い。
狩猟
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「狩猟儀礼」の意味・わかりやすい解説

狩猟儀礼
しゅりょうぎれい

狩猟を主要な生業とする人々が狩猟獣の増殖を祈り,獲物を与えてくれたことに対し守護神に感謝する儀礼。代表的なものは,ユーラシア,アメリカ北辺一帯の諸民族や日本のアイヌにみられる熊祭である。子熊をカムイ (神) として1~2年の間手厚く養育し,祭りの日に殺す儀礼であるが,アイヌでは熊を殺すことを,その仮の姿を去らせ,みやげを持たせて神々の国に送り返すことと考えている。そのことにより,神々の国から歓待と贈り物に対する返礼として,同じく神々の仮の姿である豊かな山の幸を贈ってくれると期待するのである。後期旧石器時代のヨーロッパの洞窟遺跡に描かれた壁画にみられるように,狩猟民の間では熊,野牛,トナカイなどに姿をかりた神が狩猟獣の主であり,保護者であるという信仰が古くからみられる。狩猟民は今日ではきわめて少数となっているが,東南アジア先住民,アメリカインディアンは吹き矢,アフリカ先住民は仕掛け罠,南アメリカ先住民はボーラという鉄球つき投げ縄,オーストラリア先住民はブーメラン,投げ槍など独特の狩猟具を用いた狩猟を行なっている。

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世界大百科事典(旧版)内の狩猟儀礼の言及

【採集狩猟文化】より

…神は人間のこの歓待と贈物に対し,神々の国から,同様に神々の仮の姿である山の幸を豊かに送ってこれに報いるという。同様の観念は,形を変えて,アンデスの狩猟儀礼に,サンの狩りの踊りに,また,ピグミーのモリモの儀式に,といった形で表現される。動物の姿をした神が,狩猟獣の主であり保護者であるとともに,人間の助力者ともなるといった信仰は,ほとんど全世界の採集狩猟民の間にみとめられ,あるいはすでに先史時代の昔から採集狩猟民族に普遍的なものであったのかもしれない。…

※「狩猟儀礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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