[1]
[一] なんらかの形をそなえた物体一般をいう。
(イ) 修飾語によってその物体の種類・所属などを限定する場合。
※万葉(8C後)一五・三七六五「まそ鏡かけて偲(しぬ)へとまつりだす形見の母能(モノ)を人に示すな」
(ロ) 直前または直後の語によってその物体が示されている場合。
※竹取(9C末‐10C初)「火ねずみのかは衣此国になき物也」
(ハ) 特に限定せず物品一般をいう場合。
※万葉(8C後)二・二一〇「吾妹子(わぎもこ)が形見に置けるみどり児の乞泣(こひなく)ごとに取り与ふる物し無ければ」
② 特定の物体・物品を一般化していう。文脈や場面から具体物が自明であるとして用いる。
※土左(935頃)承平五年二月一六日「さるは便りごとにものも絶えず得(え)させたり」
※枕(10C終)八七「くだ物、ひろき餠などを、物に入れてとらせたるに」
(ロ) 衣類。織布。
※大和(947‐957頃)一四六「これに物ぬぎて取らせざらむ者は座より立ちね」
(ハ) 飲食物。
※竹取(9C末‐10C初)「きたなき所の物きこしめしたれば、御心地あしからんものぞ」
(ニ) 楽器。
※源氏(1001‐14頃)乙女「姫君渡し聞こえ給ひて、御琴など弾かせ奉り給、宮はよろづのものの上手におはすれば」
③ 対象をあからさまにいうことをはばかって抽象化していう。
(イ) 神仏、妖怪、怨霊など、恐怖・畏怖の対象。
※仏足石歌(753頃)「四つの蛇(へみ)五つの毛乃(モノ)の集まれる穢き身をば厭ひ捨つべし離れ捨つべし」
(ロ) 物の怪(け)による病。また、一般に病傷、はれものなど。
※伊勢物語(10C前)五九「物いたく病みて死に入りたりければ」
(ハ) 男女の陰部。
※仮名草子・仁勢物語(1639‐40頃)上「水底にものや見ゆらん馬さへも豆盥(まめだらひ)をばのぞきてぞ鳴く」
※民法(明治二九年)(1896)八五条「本法に於て物とは有体物を謂ふ」
[二] 個々の具体物から離れて抽象化された事柄、
概念をいう。
① 事物、事柄を総括していう。
※万葉(8C後)二〇・四三六〇「山見れば 見の羨(とも)しく 川見れば 見のさやけく 母能(モノ)ごとに 栄ゆる時と 見(め)し給ひ 明らめ給ひ」
※徒然草(1331頃)一三〇「物に争はず、己を枉(ま)げて人に従ひ」
② 「ものの…」の形で抽象的な語句を伴って、漠然と限定した事柄をいう。
(イ) 事態、状況についていう場合。
※平中(965頃)二七「さすがにいとよくものの気色を見て〈略〉かく文通はすと見て、文も通はさず、責め守りければ」
(ロ) 心情についていう場合。
※土左(935頃)承平四年一二月二七日「都へと思ふをもののかなしきは帰らぬ人のあればなりけり」
③ 概念化された場所を表わす。中古から中世にかけて、特に神社仏閣をさすことが多い。
※古今(905‐914)冬・三三八・詞書「ものへまかりける人を待ちて師走のつごもりによめる」
④ ことばや文字。また、文章や書物。その内容もいう。→
物を言う。
※土左(935頃)承平四年一二月二一日「それの年の師走の二十一日の日の戌(いぬ)の時に門出す、その由、いささかにものに書付く」
※万葉(8C後)一・七七「吾が大君物(もの)な思ほし皇神の嗣(つぎ)てたまへる吾が無けなくに」
※徒然草(1331頃)四一「人木石にあらねば時にとりて、物に感ずる事なきにあらず」
⑥ 道理。事の筋道。
※竹取(9C末‐10C初)「物知らぬことなの給ひそ」
⑦ 特定の事柄が思い出せなかったり、わざとはっきりと言わないようにしたりするとき、また、具体的な事柄を指示できないとき、問われて返答に窮したときなどに仮にいう語。
※虎明本狂言・茫々頭(室町末‐
近世初)「『なんじゃなんじゃと申ほどに、物じゃと申た』」
⑧ 言いよどんだとき、あるいは、間(ま)をとったりするために、話の間にはさんで用いる語。
※浄瑠璃・天鼓(1701頃)万歳「今のは頭から只一口にとは〈イヤナニ、モノ〉、只一口に弔らふてやらふものをと云こと」
⑨ (格助詞「が」を伴った「がもの」の形で) 「…に相当するもの」「…に値するもの」などの意を表わす。→
がもの。
[三] 抽象化した漠然とした事柄を、ある価値観を伴ってさし示す。
① 一般的・平均的なもの、また、一人前の、れっきとしたもの。物についても人についてもいう。
※
蜻蛉(974頃)上「かうものの要にもあらであるもことはりと思ひつつ」
② 大事、大変なこと。重要なこと、問題。
※金刀比羅本保元(1220頃か)下「一働きだに働かば、これ程の輿、物(モノ)にてや有るべき」
※草枕(1906)〈夏目漱石〉一二「物質上の不便を物とも思はず」
[四] 他の語句を受けて、それを一つの概念として体言化する形式名詞。直接には用言の連体形を受けて用いる。
① そのような事態、事情、意図などの意を表わす。
※万葉(8C後)一五・三六〇一「しましくも独りありうる毛能(モノ)にあれや島のむろの木離れてあるらむ」
※吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一「望のない事を悟ったものと見えて」
※万葉(8C後)一七・三九〇四「梅の花いつは折らじといとはねど咲きの盛りは懐しき物(もの)なり」
③ 活用語の連体形を受けて文を終止し、感動の気持を表わす。さらに終助詞を付けて、逆接的な余情をこめたり、疑問・反語の表現になったりすることが多い。
※古事記(712)下・歌謡「たぢひ野に 寝むと知りせば 立薦(たつごも)も 持ちて来(こ)まし母能(モノ) 寝むと知りせば」
[2] 〘終助〙 ((一)(四)のような形式名詞的用法、特に③の用法などからさらに進んだもの) 終止した文に付加して、不満の意をこめて反論したり、甘えの気持をもって自分の意思を主張したりする。主として女性・子どもの表現。→
もん(二)。
※虎明本狂言・富士松(室町末‐近世初)「『いやまいらふ』『おりゃるまひもの』」
※童謡・胡桃(1926)〈サトウ・ハチロー〉「わたしはなきむしなんですもの」
[3] 〘接頭〙 主として形容詞、形容動詞、または状態を示す動詞の上に付いて、なんとなく、そこはかとなく、そのような状態である意を表わす。「ものうい」「ものさびしい」「ものぐるおしい」「ものけざやか」「ものしずか」「ものふる」など。
[4] 〘語素〙
① 名詞や形容詞の語幹に付いて、その範疇(はんちゅう)に属する物品であることを表わす。「春もの」「先もの」「大もの」「薄もの」など。
②
土地などを表わす名詞に付いて、その土地の生産物であることを表わす。
※暗夜行路(1921‐37)〈志賀直哉〉三「『真夏の夜の夢』を現代化した独逸物(モノ)の映画を二人は面白く思ひ」
③ (「武」と書くこともある) 他の語の上に付いて、戦(いくさ)や戦陣に関する事物である意を表わす。「もののぐ」「ものいろ」「ものがしら」「ものぬし」など。
④ 動詞の連用形に付いて、(イ) そのような動作の結果できた物品であることを表わす。「塗りもの」「干もの」「焼きもの」など。
(ロ) そのような動作の対象となる物品を表わす。「食べもの」「読みもの」「たきもの」など。
[補注]人についていう場合、特に「者」と書く。→
者(もの)