牧歌(読み)ボッカ

デジタル大辞泉 「牧歌」の意味・読み・例文・類語

ぼっか【牧歌】[作品名]

原題、〈フランスBucoliquesシェニエの詩作品。草稿のまま残されたもので、執筆年代は1778年ごろまでとされる。作者没後の1819年に、詩人ラトゥーシュが編纂し「シェニエ全集」として刊行。「タラント乙女」などを収録
《原題、〈ラテンBucolica》古代ローマの詩人ウェルギリウスの第1詩集。全10歌。紀元前37年頃完成。別題「詩選(エクロガエ)」。

ぼっ‐か〔ボク‐〕【牧歌】

牧童などのうたう歌。
牧人や農民などの生活を主題とした詩歌。田園詩パストラル
[補説]作品名別項。→牧歌

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精選版 日本国語大辞典 「牧歌」の意味・読み・例文・類語

ぼっ‐か ボク‥【牧歌】

〘名〙
① 牧夫や牧童のうたう歌。〔元結‐戯規〕
② (pastoral の訳語) 牧夫や農夫の田園の生活を主題とする詩歌、また、楽曲。

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改訂新版 世界大百科事典 「牧歌」の意味・わかりやすい解説

牧歌 (ぼっか)

田園を舞台に,羊飼いたちを主人公にした文学をいう。パストラルpastoralの訳語。語源はラテン語のpastor(〈牧羊者〉の意)である(イディルidyllは別語源だが,パストラルと同じ内容で用いられることが多い)。田園詩と呼ぶこともあり,羊飼いのほか,牛飼い,農夫らも登場した。前3世紀のアレクサンドリアの詩人テオクリトスによってジャンルとして確立されたが,彼自身は羊飼いでも農民でもなく,腐敗した宮廷に仕える宮廷詩人であった事実に注目すべきであろう。すなわち牧歌文学とは,けっして作者の目に映る現実を表すものではなく,その現実を裏返した陰画であった。宮廷または都市文明が爛熟し,その悪徳が目に余る状態になったとき,その反対の極にある田園の素朴さや,羊飼いたちの無垢でのどかな生き方が,美しく歌われるのである。古代ローマ第一の詩人ウェルギリウスは,大叙事詩《アエネーイス》によってローマ建国の神話化された歴史を語ったが,これは政治世界の理想化であり,これとは反対に相当数の《詩選(牧歌)》によって,政治都市ローマが決定的に失ってしまった善と美と徳を歌った。

 時代が下ってルネサンス期になると,それぞれの国の宮廷や都市文明の過熟を背景に,ふたたび牧歌のジャンルが栄える。イタリアのタッソ,フランスのロンサール,イギリスのE.スペンサーらが代表的である。比較的短い抒情詩が主流であったが,イタリアのG.B.グアリーニらの手によって,劇としての牧歌(もちろん喜劇)も流行し,のちにシェークスピアのロマンス劇(《お気に召すまま》など)に受け継がれることになる。また,詩にしろ劇にしろ,二流,三流の宮廷詩人たちの手にかかると,牧歌は他愛ない現実逃避の白昼夢に化することも多かった。しかしその反面,一流詩人たちは,無垢な羊飼いと美しい女羊飼いの恋のたわむれといった設定は,むなしい虚構にすぎないということをつねに意識していた。だから彼らの牧歌では,現実(都市または宮廷)と理想(田園)との落差の大きさが,新しい現実構築の衝動に導くことが多かった。ミルトンの牧歌哀歌《リシダス》をはじめ,いくつものすぐれた牧歌が,強い風刺性を内包しているのは,このせいであろう。また牧歌詩人が,田園は平和で美しく,羊飼いは無垢で幸福だというような,牧歌的虚構の約束事に耐えきれぬとき,むしろ農村疲弊とか,羊飼いの暮しのつらさを強調する〈反牧歌(カウンター・パストラルcounter-pastoral)〉が書かれることもあった。

 牧歌は羊飼いについて,羊飼いの声で歌われる文学だが,それを書くのは宮廷詩人をはじめとする知識人である。この構造的落差の意味を拡大し,たとえばプロレタリアの生活についてプロレタリアの声でブルジョア作家が書く〈プロレタリア文学〉も,牧歌の一変種であると指摘したのが,W.エンプソンの《牧歌の諸変奏》(1935)である。牧歌というジャンルの本質を,側面から照射する達見というべきであろう。なお,音楽における牧歌については〈パストラル〉の項を参照されたい。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「牧歌」の意味・わかりやすい解説

牧歌
ぼっか
pastoral

文学のジャンルとしては,アレクサンドリアに住んだテオクリトスが故郷シチリア島に対する望郷の念から,少年時代の回想のなかで田園と羊飼いを歌ったのに始る。牧歌には次の3つの形が認められるが,原型はすべてテオクリトスにある。 (1) 羊飼いが恋の喜びや悲しみを歌い,互いに歌の優劣を競い合うもの。 (2) 羊飼いが報われぬ恋の嘆きを恋人の賛美の歌に託するもの。 (3) 羊飼いが仲間の死を悲しみ,葬送の悲嘆,慰めなどを歌うもの。牧歌はウェルギリウスによってジャンルとして確立され,同時に実際の羊飼いを歌うよりも都会人が田園生活にいだく夢,人間が家畜を牧して平和に暮した理想的な黄金時代を描くものとなった。ルネサンス期には牧歌は風刺や寓意の手段としても利用された。また牧歌劇や散文の牧歌的ロマンスもこの時期に生れた。特にスペインの J.モンテマヨルの『ディアナ』 (1559頃) ,フランスの H.デュルフェの『アストレ』 (1607~27) が名高い。 18世紀になると牧歌はジャンルとしては衰え,田園生活の満足と平和を歌う瞑想詩に同化された。

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百科事典マイペディア 「牧歌」の意味・わかりやすい解説

牧歌【ぼっか】

田園を舞台とし,若い羊飼いなどの人物が登場し,清純な恋愛をくりひろげる文学作品。ギリシアのテオクリトスの詩が最古とされる。演劇としては,16世紀後半イタリアで興り,英,仏などで盛んになった。シェークスピアの《お気に召すまま》はその一例。音楽における牧歌については〈パストラル〉の項を参照。
→関連項目アダン・ド・ラ・アルビオン牧人小説

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「牧歌」の意味・わかりやすい解説

牧歌
ぼっか

パストラル

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世界大百科事典(旧版)内の牧歌の言及

【パストラル】より

…田園曲,牧歌などと訳され,音楽においては,広義にはベートーベンの《パストラル・シンフォニーSinfonia pastorale(田園交響曲)》の場合のように,田園的な気分を指し示す意味に用いられる。しかし,歴史的に眺めてみると,中世からルネサンスにかけては,〈羊飼いの恋〉をテーマにした抒情詩や劇詩と手を携えて,世俗歌曲やオペラの中で,いわゆる〈パストラルもの〉が有力な一ジャンルを形成した。…

※「牧歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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