牛久沼(読み)ウシクヌマ

デジタル大辞泉 「牛久沼」の意味・読み・例文・類語

うしく‐ぬま【牛久沼】

茨城龍ケ崎市にある沼。周囲25.5キロメートル、面積3.49平方キロメートル、平均水深1メートル。富栄養湖ウナギコイフナなどの魚類が豊富。河童かっぱ伝説がある。

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日本歴史地名大系 「牛久沼」の解説

牛久沼
うしくぬま

市の北西端にあり、東西一キロ・南北八キロの細長い沼で、周囲は二五キロ、最深部で三メートルと浅い。北から東谷田ひがしやた川・西谷田川が流入し、半島状の岬をつくっている。

牛久沼は江戸初期には太田おおた沼と称され、鬼怒きぬ川の川跡とも伝えられる。寛永年間(一六二四―四四)の関東郡代伊奈氏による鬼怒・小貝こかい両河川の河道変更によって農業用の溜池としての役割が生れ、やがて川下の村々一万石の用水路として川が開削された。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「牛久沼」の意味・わかりやすい解説

牛久沼
うしくぬま

茨城県南部、龍ケ崎市(りゅうがさきし)の北西部にある沼。周囲25.5キロメートル、面積3.49平方キロメートル、最大深度3メートル。東・西谷田(やた)川下流部が小貝(こかい)川の土砂でせき止められてできたもの。太田沼ともよばれた。景勝地で、魚類も多く、湖岸を走る国道6号沿いには、レストラン、ドライブインがあり、釣り、観光の客が訪れる。オオハクチョウ渡来もみられる。南の出口に防災用水門が設置されている。東岸牛久市には画家小川芋銭(うせん)記念館や作家住井すゑの居住していた家がある。

[櫻井明俊]


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改訂新版 世界大百科事典 「牛久沼」の意味・わかりやすい解説

牛久沼 (うしくぬま)

茨城県南西部,竜ヶ崎市北西端にある沼。面積約2km2。台地の浸食谷小貝川の堆積土砂でせき止められて成立したもので,Y字状をなし,灌漑用水源として用いられる。1977年,小貝川への排水路に防災用水門が完成した。沼東部にある金竜寺の若僧が牛となって入水したとの伝説がある。沼畔には牛久藩士の子として生まれ,河童の絵を水墨画として多く描いた小川芋銭(うせん)の碑が建つ。国道6号線に沿って川魚料理店が並び,釣客の来遊も多い。
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百科事典マイペディア 「牛久沼」の意味・わかりやすい解説

牛久沼【うしくぬま】

茨城県南部にある沼。標高5m,面積3.55km2,最深1m。17世紀前半,灌漑(かんがい)用の溜池として利用され,のち江川用水が開削された。ウナギ,コイ,フナなどの釣とカモ猟の適地として有名。1977年,小貝川への排水路に防災用水門が完成。
→関連項目牛久[市]茎崎[町]つくば[市]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「牛久沼」の意味・わかりやすい解説

牛久沼
うしくぬま

茨城県南部,龍ケ崎市北西部にある沼。面積 3.5km2。標高約 5m。最大深度約 3m。小貝川の支流谷田川流域にできた沼で,沼の西側に二千間 (にせんげん) 堤があり,下流の水田を灌漑する。コイ,フナ,ウナギなど魚類が多く,ガン,カモ,オオハクチョウなどが飛来。ジュンサイの産地としても有名。沼の東側を国道6号線,JR常磐線が通る。

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