熱海温泉(読み)あたみおんせん

日本歴史地名大系 「熱海温泉」の解説

熱海温泉
あたみおんせん

熱海市中央部のいと川・はつ川・和田わだ川流域に位置する。泉質は主として弱食塩水、泉温は摂氏四〇―九〇度。東日本を代表する温泉の一つ。熱海温泉の歴史は古く、古代にまでその起源をさかのぼることができる源泉は、熱海のおお湯と伊豆山いずさんはしり湯とされる。大湯は寛文七年(一六六七)の湯前権現拝殿再興勧進帳(熱海市立図書館蔵)の縁起によると、天平宝字年中(七五七―七六五)箱根はこね山の金剛王こんごうおう(現神奈川県箱根町)の万巻が熱海の海に湧き出す温泉のため魚貝類が死ぬのを哀れみ、海辺に祈祷壇を造り百日の行を勤めた。満願の日、温泉が山腹(大湯の地)に転じ、海中の熱湯はたちまちのうちに鎮まったのでその湯のそばに湯前ゆぜん権現を建て、温泉守護の神としたと伝える。一方、走湯は「走湯山縁起」によると、仁徳天皇の時代に異域の神人が現れ、温泉を出し衆生を救済する旨の神託を下し、この地に鎮座したと伝える。「伊豆国風土記」逸文(鎌倉実記)では、養老年中(七一七―七二四)に開かれ、「非尋常出湯、一昼夕二度、山岸窟中、火焔隆発、而出温泉」とある。鎌倉時代になると源頼朝をはじめ歴代将軍や幕府要人は走湯権現と箱根権現(現箱根町箱根神社)の二所詣を盛んに行い、それに伴い大湯は湯治場として知れわたった。しかし走湯山の湯は神聖視され、一般人の使用は制限されていた(天文一〇年二月二二日「北条氏綱法度写」伊豆順行記)

熱海温泉
あたみおんせん

[現在地名]郡山市熱海町高玉

五百ごひやく川沿いに湧出する温泉。古くからの熱海温泉と明治二〇年(一八八七)頃、新たに湯源が発見された高玉たかたま温泉とを合せて、現在は熱海温泉という。熱海の地名は、文治年間(一一八五―九〇)この地を領した伊東氏が本国伊豆の地名を移したと伝え、地内にあった三嶋みしま明神(現廃社)湯前ゆぜん権現(現湯泉神社)の二社は、ともに伊豆の神々であることから鎌倉時代の温泉開発が推測されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「熱海温泉」の意味・わかりやすい解説

熱海温泉
あたみおんせん

静岡県東部,熱海市の温泉。伊豆半島北東部の傾斜地にあって,相模灘に面する。泉質は単純泉,食塩泉,硫酸塩泉。源泉は 300をこえる。泉温は 61~99℃と高く,湯量も多い。温泉の発見は5世紀頃といわれ,近世期には大湯を中心として温泉集落が形成されていた。明治期以後,熱海軽便鉄道,熱海線の開通,さらに 1934年の丹那トンネルの開通によって急速な発展をとげてきた。第2次世界大戦後は従来の別荘地,保養地から歓楽温泉地への著しい変容をとげ,団体客中心の高層ホテル,旅館の林立する大温泉観光都市の景観を呈するにいたった。旅館は種類,規模とも多様で,保養所も多く,最近ではリゾートマンションがふえた。東海道新幹線が通じて西日本方面からも多く来湯する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「熱海温泉」の意味・わかりやすい解説

熱海温泉
あたみおんせん

静岡県東端、熱海市にある温泉。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル大辞泉プラス 「熱海温泉」の解説

熱海温泉

静岡県熱海市にある温泉地。塩化物温泉と硫酸塩温泉が約9割を占める。神経痛婦人病、美肌などに効果があるとされる。地域団体商標

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事典・日本の観光資源 「熱海温泉」の解説

熱海温泉

(静岡県熱海市)
日本二十五勝」指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

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