無菌性髄膜炎

内科学 第10版 「無菌性髄膜炎」の解説

無菌性髄膜炎(ウイルス感染症)

(1)無菌性髄膜炎(aseptic meningitis)
概念
 髄膜炎髄膜に病原体が感染して発症する.髄膜炎のうち,髄液沈渣の塗沫染色検査,髄液一般細菌培養検査およびラテックス凝集反応などで病原体が見つからないものが無菌性髄膜炎である.無菌性髄膜炎を起こす病原体の多くはウイルスである.ウイルスによる無菌性髄膜炎はウイルス性髄膜炎(viral meningitis)ともよばれている.
疫学
 わが国におけるウイルス性髄膜炎の原因の85%は,エンテロウイルス属ウイルス感染によるものであり,2番目の原因はムンプスウイルスである.成人では単純ヘルペスウイルスによる無菌性髄膜炎がある.ポリオウイルスを含めたヒトエンテロウイルスは,ウイルス遺伝子の塩基配列から,ヒトエンテロウイルス(human enterovirus:HEV)A,B,C,Dの4種類に分類される.エンテロウイルスのうち無菌性髄膜炎を起こす頻度が比較的高いウイルスは,HEV-Bに含まれるエコーウイルス4,6,9,13,30,33,コクサッキーウイルスB2,B4,B5とHEV-Aに含まれるエンテロウイルス71,コクサッキーA9である.エンテロウイルス71は無菌性髄膜炎以外にも,手足口病,脳炎,ポリオ様麻痺を起こすウイルスである.近年わが国では,エコーウイルス30の流行を4~5年ごとに認めている.無菌性髄膜炎の流行時期は,エンテロウイルスの流行時期である夏~初秋ムンプスの流行時期に一致する.
病態生理
 ウイルスが感染している単核球が脈絡叢上皮細胞に到達し,そこで上皮細胞にウイルスが感染して発症するメカニズムと,血漿中にフリーウイルスとして存在するウイルスが,直接脈絡叢上皮細胞に感染して発症するメカニズムとが考えられている.エンテロウイルスは血液中や髄液中には主としてフリーウイルスとして存在する.
臨床症状
 発熱(38.5~40℃),頭痛,嘔吐が3大症状である.乳幼児では不機嫌,元気がない,うとうとするなどの症状がある.臨床所見としては,項部硬直,Kernig徴候などの髄膜刺激徴候を認める.乳児では大泉門が膨隆する.
検査成績・診断
 発熱,髄膜刺激徴候などの髄膜炎を疑わせる臨床症状や臨床所見があるときは髄液検査を行う.ウイルス性髄膜炎の髄液所見の特徴は,リンパ球優位の細胞数増加があり,髄液蛋白量は正常かやや上昇し,髄液糖は正常である(表4-4-10).エンテロウイルスによる髄膜炎では,発症早期には多核球優位の髄液細胞数増加を示すことがある.髄液塗沫検査,髄液の細菌培養,ラテックス凝集反応などを行い,細菌性髄膜炎でないことを確認する.
 起因ウイルスの同定には髄液からのウイルス分離を行う.エンテロウイルスによる髄膜炎では,便や咽頭拭い液からも同じウイルスが分離される.エンテロウイルスは糞便中から数週間にわたり分離されるので,便のウイルス分離は診断の助けになる.コクサッキーウイルスA群は培養細胞を用いた分離が一般に困難である.ムンプスでは髄液以外にも唾液からムンプスウイルスが分離される.
 エンテロウイルスでは髄液や血清PCR検査が診断に用いられている.近年,ウイルス分離よりもPCR法によりエンテロウイルスの同定を行う地方衛生研究所が増加している.
 血清抗体価による診断では,急性期と回復期(発症2週以降)のペア血清による抗体価の有意上昇を確認するか,急性期のIgM抗体を検出する.IgM抗体の検出はムンプスでは有用である.エンテロウイルスには90種類以上の血清型があるため,血清型がある程度しぼられないと血清型によるウイルスの同定は困難である.
治療
 頭痛や発熱に対しては対症的に治療し,脱水があるときは輸液療法を行う.ガンマグロブリンによる効果は期待できない.無菌性髄膜炎は自然治癒する.乳幼児では一般に予後は良好だが,新生児が無菌性髄膜炎を発症すると,将来発達遅滞などの後遺症を認めることがある.
予防
 ムンプス予防に対してはムンプスワクチンを接種する.エンテロウイルスに対する特異的な予防方法はない.無菌性髄膜炎は保育園,幼稚園などで流行することがある.エンテロウイルスは接触感染または飛沫感染するので,接触感染予防策が感染予防に有効である.特に,園でおむつを交換するときは,手袋をする,交換後に手を洗うなどの注意が必要である.[庵原俊昭]

無菌性髄膜炎(コクサッキーウイルス,エコーウイルス,エンテロウイルス)

分類
1)無菌性髄膜炎(aseptic meningitis):
無菌性髄膜炎は,突然の発熱,悪寒,頭痛で発症し,悪心嘔吐を伴うこともある.髄膜刺激症状に加えて,細菌を証明できない髄液中の細胞増加(発症後24時間以降にはリンパ球優位になり,通常1000/μLをこえない)をもって診断する.原因はコクサッキーウイルスやエコーウイルスによることが多い.病原診断は髄液からのウイルス分離によって行われてきたが,最近ではポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による迅速診断が行われている.エンテロウイルスによる髄膜炎は夏から秋にかけて多く発生し,乳幼児,小児,若年成人に多くみられる.特異的抗ウイルス薬はないが,乳幼児および小児のエンテロウイルスによる髄膜炎は通常1週間以内に回復する.成人の場合,回復まで長期間かかることがある.無菌性髄膜炎は感染症法における五類感染症・定点把握疾患であるが,学校伝染病には含まれていない.[中込 治]
■文献
Palacios G, Casa I, et al: Human enteroviruses. In: Infectious Diseases 3rd ed (Cohen J, et al eds), pp1528-1538, Mosby-Elsevier, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の無菌性髄膜炎の言及

【髄膜炎】より

…細菌は通常陽性である。臨床的に髄液にも髄膜炎所見を有するにもかかわらず,髄液中に病原菌を証明しえないときは,無菌性髄膜炎と呼ばれる。また若年者の急性感染症に伴って髄膜刺激症状を呈するも,髄液は正常である場合には髄膜症meningismといわれ,髄膜炎とは区別される。…

※「無菌性髄膜炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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