濮陽(読み)ぼくよう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「濮陽」の意味・わかりやすい解説

濮陽
ぼくよう / プーヤン

中国河南(かなん)省北東部の地級市。1市轄区、南楽(なんらく)、范(はん)、台前(たいぜん)など5県を管轄する(2016年時点)。人口424万5000(2014)。漢代に濮陽県が置かれ、のち澶州(せんしゅう)、開州(かいしゅう)となったが、中華民国時代に濮陽県に復し、1983年市制を施行した。黄河(こうが)の支流金堤河が貫流し、南は黄河本流に臨む。小麦、コウリャンのほか、黄河流域のワタ作区の一つで綿花の栽培が盛んである。黄河河道は何度か変化したが、旧河道は堤防状となり、ラッカセイ大豆が生産されている。中原油田が立地し、原油、天然ガスを産出する。京九線、晋豫魯(しんよろ)鉄道(呂梁(りょりょう)―日照(にっしょう))が通る。

[駒井正一・河野通博・編集部 2017年12月12日]

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普及版 字通 「濮陽」の読み・字形・画数・意味

【濮陽】ぼくよう(やう)

地名。上古、(せんぎょく)の故地。〔読史方輿紀要直隷、大名府、開州〕濮陽廢縣、古の墟爲り。亦た邱と曰ふ。夏には昆吾氏(こんごし)の居る爲り。

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百科事典マイペディア 「濮陽」の意味・わかりやすい解説

濮陽【ぼくよう】

中国,河南省北東部,新郷の北東約100kmにある都市。漢代以来の古い町で,旧名は開州。綿花,ラッカセイ,雑穀類を集散する。【せん】淵(せんえん)の盟の結ばれた所で,【せん】【ぎょく】の墓があると伝える。70万人(2014)。

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