日本大百科全書(ニッポニカ) 「漢方薬」の意味・わかりやすい解説
漢方薬
かんぽうやく
漢方(中国医学)で用いられる薬物の総称。狭義には処方として配合された個々の薬物をさし、ときには処方そのものを漢方薬ということがある。「漢方薬を服用する」という場合には、漢方処方そのものをさしているわけであり、このとき、個々の薬物は「漢薬」とよばれる。なお、中国で使用される民間薬を含めた生薬のことは「中薬(中葯(ちゅうやく))」ともいう。
[難波恒雄・御影雅幸]
漢方の流れと診断方法
漢方は中国の漢の時代に形成された民族医学で、本来は治療部門と養生(ようじょう)部門があるが、一般に漢方といえば治療部門のみをさしている。漢方の治療には湯液(とうえき)(煎(せん)じ薬)療法と鍼灸(しんきゅう)療法があり、古くは同時に行われていた。薬物療法における古典書は『傷寒論(しょうかんろん)』で、傷寒、すなわち急性熱病の治療法について記した書物である。ついで『金匱要略(きんきようりゃく)』が出されるが、これは主として中風、すなわち慢性疾患の治療法について記したものである。両書はともに、後漢(ごかん)のころ(2世紀後半)張仲景によって書かれたといわれているが、その成立には諸説がある。『傷寒論』と『金匱要略』に基づく漢代に行われた漢方を古方と称し、その後の金(きん)・元(げん)時代に完成された理論的な漢方を後世方(ごせほう)と称する。
わが国に漢方がもたらされたのは4世紀の中ごろで、朝鮮半島を介してであった。その後、遣隋使(けんずいし)や遣唐使によって、中国医学が直接導入されるようになるが、日本の医学は主として朝鮮半島からの帰化人たちによって培われていった。室町時代になって田代三喜(たしろさんき)が中国へ渡り、後世方の漢方を日本にもたらすが、このときの医学が李朱(りしゅ)医学と称される補剤投与を主流とする流派であったため、以後、日本における漢方では、滋養強壮を主流とする医学が盛んとなった。なお、補剤とは、主薬の作用を増強したり、副作用を防ぐために、混ぜて使われる薬剤のことである。金元医学において、李朱医学に対する一派が劉張(りゅうちょう)医学であり、この医学は、発汗剤や下剤などを多く与える攻撃的な流派であった。しかし、日本においては後世方よりは、むしろ古方が重んじられ、現在でもその傾向にある。これに対して現代中国では後世方が主流を占めている。
漢方では、患者の病名を診断するのではなく、つねに病気を全身の疾患としてとらえ、そのときの患者の体調や発病のぐあいなどを診断する。こういった患者の全身症状を「証(しょう)」とよび、証の診断がつけば、投薬される薬物、あるいは鍼灸のつぼなどが決定される。証の診断方法には、患者を目で見て診断する望診(ぼうしん)、聴覚と嗅覚(きゅうかく)を用いての聞診(ぶんしん)、患者に対する口頭問答による問診(もんしん)、患者の体に直接触れて診察する切診(せっしん)の4種類があり、「四診(ししん)」とよばれる。
[難波恒雄・御影雅幸]
漢方薬の形態と服用法
前述の証に基づいて処方が決定されるが、漢方薬を服用するに際しての剤型には、次の5種がある。
(1)湯液 湯液とは煎じ薬のことで、漢方薬でもっとも使用頻度が高い。通常、1日量を1回に煎じ、1日3回、食間に服用するのが基本である。煎じ方は、土瓶に漢方薬(処方)を入れ、約3合(540cc)の水を加えて蓋(ふた)をし、30~40分間弱火で煮る。すると液量が約半分になるので、これをさらし布あるいは茶濾(ちゃこ)しなどで濾取(ろしゅ)する。二番煎じをする場合には、加える水および加熱時間は約半分でよい。土瓶が用意できないときは、アルミ製のやかんか鍋(なべ)でも代用できるが、鉄や銅製品は不適である。また近年、湯液用に便利な電気製品も市販されている。処方箋(せん)によっては、一部の薬物のみを先に煎じたり、あとで加えたりするものがあるほか、酒を加えて煎じるものもある。
(2)浸剤 いわゆる振り出し薬のことで、薬物をコップなどに入れ、熱湯を注ぎ、自然に冷めてから服用する。高血圧症などに用いる「三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)」などでは、土瓶や鍋に入れて火にかけ、一度沸騰させる。
(3)散剤 薬物処方を粉末にしたものをいう。服用に際しては開水(一度沸騰させた水)で服用するのが基本であるが、「当帰(とうき)」が主薬となっている処方では、一般に酒で服用するのがよいとされている。古来、少量の薬物を粉末にする際には薬研(やげん)が用いられ、大量を処理する場合には水車を利用した臼(うす)ひきが行われてきたが、近年では機械化されている。粉末化後、長期間を経たものは品質的に劣ってくるため、服用にあわせて粉末化するのが理想的である。服用量は、1回2グラム前後が一般的である。これは湯液とされる薬量の3分の1ないし4分の1に相当する。
本来は散剤として用いられる薬方を湯液として利用する場合には、薬方の末尾に「料」の字を付す。「五苓(ごれい)散料」「当帰芍薬(しゃくやく)散料」などがこの例である。こうした処方は、患者が散剤では服用困難な場合とか、湯液との合法(2種の処方箋を合すること)の場合に、しばしば用いられる。
(4)丸剤 散剤に蜂蜜(はちみつ)などを加えて丸剤としたものである。散剤に比して服用、携帯に便利であるほか、品質の劣化も少ない。製法は微粉末化した薬方に、一度煮立てた蜂蜜を加え、よく練り混ぜたのちに手や道具を使って丸剤とする。大きさは多様で、径1ミリメートル前後の小さな粒から、径3センチメートルほどの大きな粒まである。1回の服用量が少ない処方や、少量でも強い生理活性を示す処方では、しばしば増量剤が加えられる。また、高貴薬では、丸衣として金粉が塗布されることがある。
(5)エキス剤 近年になって新しく登場した剤型で、漢方処方の煎液を濃縮、乾燥したもので、市販される場合には、服用しやすいように増量剤が加えられる。エキス剤は、毎日の煎じる手間が省けて便利であるが、湯液に比べると含有される化学成分が異なる場合がある。とくに精油成分にこの傾向が強い。したがって服用者によっては、湯液のほうがエキス剤よりもより効果の高い場合がみられる。しかしその反面、湯液よりもエキス剤のほうがよく効くとされる薬方(漢方処方)もあり、エキス剤の是非、品質などは今後に残された課題といえる。
[難波恒雄・御影雅幸]
漢方薬と副作用
一般に漢方薬には副作用がないと考えられているが、漢方でも誤診による害作用がある。ただしこの場合、主作用がないので、副作用ということばは適切ではなく、漢方では「誤治」と称している。「大黄(だいおう)」は漢薬を代表する下剤であり、「麻黄(まおう)」は発汗解熱剤として著名である。漢方では、このように体内から体外へ物質を出す薬物を瀉剤(しゃざい)と称し、実証(体力が充実している状態)の人間に投薬する薬物である。これらの瀉剤を虚証(虚弱で体力のない状態)の人間に与えると、患者はますます体力を失い、病状が悪化する。また「附子(ぶし)」は、体力が極端に虚弱となった人間に与えて体力を回復させる薬物であるが、これを実証の人に与えると心悸亢進(しんきこうしん)などがおこり、やはり病状は改善されない。これらの誤治はしばしば生命にかかわることもあり、素人(しろうと)療法は危険であり、慎まねばならない。また「地黄(じおう)」や「知母(ちも)」の入った薬方は、しばしば胃腸障害をおこすことがあるが、これも誤治による場合が多い。「当帰芍薬散」などでは、誤治でなくとも体質によって吐き気を催す場合がある。このようなときには、剤型を変え、湯液として服用するとよい場合がある。このように、漢方薬においても害作用が皆無ではないため、正しい診断は専門医(漢方医)に任せるという心がけをもつべきである。
[難波恒雄・御影雅幸]
『難波恒雄著『原色和漢薬図鑑』上下(1980・保育社)』