漢方薬(漢方の基礎知識)

六訂版 家庭医学大全科 の解説

漢方の基礎知識
漢方薬
(健康生活の基礎知識)

●漢方薬と生薬、民間薬、薬草

●漢方薬

 漢方薬とは、植物や動物、鉱物を源とする「生薬」を数種類以上、ミックスしたものをいいます。漢方による治療の多くは、漢方薬を服用することで行われます。

 下剤としてのセンナやダイオウのように、生薬を単品で西洋薬的に使用する場合もありますが、それほど多くはありません。なぜなら、漢方薬による治療は根本的に対症療法ではなく、体質改善が目的であるからです。

 漢方処方は、複数の生薬を配合することで、新たな薬理作用を発揮したり(相乗効果)、お互いの毒性を抑えたり(相殺(そうさい)効果)できます。これは西洋薬にはない、最大の特徴です。また、飲みやすくするために緩和効果のある生薬を混ぜることもあります。

 不思議なことに漢方薬の多くは、2000年の歴史のなかで試行錯誤し実証された生薬の配合比率で、最も高い薬理作用が現れるようになっています。このメカニズムは現代の科学力をもってしても、いまだに解明されていません。

 さらに驚くべきことは、西洋薬は服用する人に無関係に作用するのに対し、漢方薬は体内バランスが崩れた時にだけはたらきます。また、その処方が服用する人の「証」にマッチしていれば、まったく副作用はありません。

 漢方薬には、患者さんごとの処方設計に基づいて個々にミックスされるものと、あらかじめ1回に服用する分がパックになった「エキス製剤」と呼ばれるものがあります。前者は自分で煎じなければなりませんが、後者はすでに漢方薬のエキスを濃縮し、凍結乾燥したものなので、服用するのに便利になっています。

 しかしエキス製剤は、ある範囲の症状や病名に効くことを想定してありますが、個々の「証」に合わせることはできないことから、誰にでも効くわけではありません。それなのになぜエキス製剤ができたのかというと、社会保険で漢方薬を出せるようにするためなのです。社会保険ではすべての診療行為が、(疑い病名も含めて)病名が決まらないと点数がつかない、つまり収入にならないので、標準的な「証」を想定した漢方処方に点数がつけられているというわけです。

●生薬

 生薬はもともと、自然界の植物や動物、鉱物をそのまま利用しますが、大きく西洋生薬と東洋生薬に分けられます。

 西洋生薬の歴史も古く、現代の西洋医学の基礎となっています。たとえば鎮痛薬のモルヒネなどがそうです。自然界にあるものの有効成分だけを取り出して純粋で高濃度な医薬品を作ったのが西洋医薬で、さらにその骨格(=化学式)をモデルにし、類似の新しい薬品が次々と化学合成されました。

 したがって現代の西洋薬は効き目が強く(鋭く)即効性もあるので、対症療法の一環として症状を抑える能力は非常に高いのですが、相反する作用としての副作用が現れやすいといえます。また、体質改善にはならないものがほとんどです。

 今の西洋薬の約9割が生薬をルーツとしており、病気や症状に応じて単品で使用されます。複数処方されている場合でも、別々の症状に対する処方であり、薬品間の相乗効果や相殺効果が目的で組み合わされているわけではありません。

 一方、東洋生薬は日本古来の和薬、たとえばセンブリゲンノショウコドクダミなど昔から日本にあるものと、中国の漢薬、その他アーユルベーダやジャムーなどという、インドやペルシャなどから医学とともに中国に伝わったものに分類され、総称して「和漢薬」と呼ばれています。

 生薬には「上薬(じょうやく)上品(じょうひん))・中薬(ちゅうやく)中品(ちゅうひん))・下薬(げやく)下品(げひん))」という分類があります。

 この分類は、中国に伝わる『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』という書物にあるもので、植物、動物、鉱物から薬になるもの365種類をまとめ、分類したものです。

 「上薬」とは、朝鮮人参(にんじん)のように毎日のんでいてもよいもの、副作用のないもののグループです。「下薬」とは逆に、トリカブトのように非常に薬理作用が強く、専門家が扱わないと危険なもののグループです。「中薬」とは、その中間に属するもののグループになっています。

 この順序はあたかも、西洋薬の効き目とはまったく逆になっていますが、漢方薬は副作用が少なく、体の自然治癒力を高めるもののほうが優れている、と考えられているからです。

 現在の生薬に関する研究は、一つひとつの生薬を取り上げて分析したり組み合わせを考えたりということより、古くから伝わる組み合わせがほかにもどういった症状に効くか、ということを動物や人で調べるようになってきました。

 なぜなら、たとえば葛根湯(かっこんとう)は7種類の生薬をある比率で配合したものですが、その比率を変えると効き目が弱く、すなわち薬理活性が低くなります。どうしてなのかは多くの研究者がいろいろの方法で研究していますが、今でも完全には解明されていません。長い歴史が作り上げた最良の比率、配合の(みょう)なのです。

●生薬の安全性

漢方で使用される生薬は、そのほとんどが国内産で間に合った時代もありました。しかし、現在のように多くの漢方エキス製剤が保険に収載され、70%以上の処方に漢方薬が処方されるようになったことなどから、中国、韓国などからの輸入生薬が多数使われるようになりました。それらの中には異物の混入、同名異物生薬や残留農薬など、その安全性が十分に確保されていない物がみられています。特に残留農薬については、漢方薬が煎じて飲まれるという観点からも、一般食品よりさらに厳しい対策が必要となっています。

●民間薬

 民間薬とは、科学的な裏付けのない生薬のことです。たとえばセンブリなどは昔、なぜ効くかわからないまま、とにかくおなかによいということで飲まれてきましたが、そういったものが民間薬です。

 それが徐々にいろいろな研究がされて、解明された成分がこういう作用でおなかに効くという科学的裏付けがなされると、その時点で生薬になるわけです。ですからセンブリは、今は苦味健胃薬(くみけんいやく)という生薬です。

 アロエは今でも民間薬のアロエと生薬のアロエがあります。生薬のアロエは真っ黒な塊で、これは下剤として使われます。しかし、民間薬のアロエを求めるときには注意が必要です。

 “アロエ教”といわれるように、民間薬のアロエは()せ薬として(ひそ)かに愛用されていますが、もし実際、痩せるようならそれは法律違反です。なぜなら、下剤の成分であるセンノシドつまり生薬のアロエが入っているからです。入っていないと謳っていても実際、入っているものが多いのです。したがって女性は注意しなくてはなりません。子宮粘膜の充血作用が強いので、とくに妊娠している場合は絶対に飲んで(食べて)はいけません。

●薬草

 薬草というのは何も、特別なものだけではありません。生薬の源は植物が90数%ですが、いわゆる雑草と呼ばれるものも含めて、植物はほとんど薬草とみることができます。薬学では雑草という概念がありません。たとえばアロマテラピーに使う香料を採る植物やハーブといわれるものには、いわゆる雑草もあります。

 薬草には実際、どんなものがあるのかお知りになりたい場合は、大学の薬学部にある薬草園の見学会に参加されるとよいでしょう。東邦大学薬学部では全国に先駆けて、年に1回、薬草園を一般公開し見学会を催しています。多い時は1日で1400人ほどの方が来場されます。最近ではアロマテラピーを実習に取り入れたので、薬草園の植物でつくったハーブクッキーをお出ししたりしています。

 京都大学の霊長類研究所アフリカオランウータンの生態を観察していた時、オランウータンが調子の悪い時いつも食べていた草に気づいて調べてみたところ、新たな医薬品が見つかったということもあります。そういうものが薬草であり、それを乾燥したり固めたりして、飲みやすくしたり運びやすくしたものが生薬というわけです。

 薬草は生薬として使われるだけではありません。

 薬膳料理は、その材料がほとんど薬草とも言えます。また懐石料理は魚と野菜(薬草)しか使用しません。しかしどちらも、その材料がどのような薬理効果を有しているかを知って食べることで、一味違ったものになります。そういった体験をするツアーや講演・試食会も開催され、一般の方に加え医師や薬剤師、栄養士なども参加しています。

●野生薬草の採取と薬草栽培

わが国の山野には、かつて多くのところに薬草が見られ、それらを採取して生薬に加工したり、そのまま薬草として使われたりしていました。ところが今では、前述したように人件費の安価な外国からの輸入生薬との価格差から、国内産の生薬は姿を消してしまいました。

 しかし生薬についても安全・安心志向が高まり、国内産生薬の見直しが叫ばれるようになりました。ただ長い空白期間があったため、薬草の鑑別知識が十分には受け継がれていません。今後は、その知識の普及とともに、野生薬草の保護と採取方法について検討していく必要があります。

 それとともに、品質維持と供給の両面から薬草栽培が始められています。植物工場のような先端的栽培方法や遊休農地を利用したものなど、さまざまな形で進められています。

 ここから生産されてくる薬草の品質評価とともに、適正対価の問題を真剣に考えて、安全で安心して使える漢方薬が供給されることが望まれています。

●漢方薬の飲み方

 おそらく多くの病院や薬局では、漢方薬は「食間」、つまり食事と食事の間の空腹時に服用するように指示されていることと思いますが、実は、作用の強いものなどを除いて、いつ飲んでもかまいません。これは、西洋薬についてもまったく同じことがいえます。

 漢方ではあまり問題としませんが、西洋医学的に考えると、有効成分の血中濃度が24時間で同じようなカーブを描くことが理想的で、それには1日3回のお薬なら8時間ごとに飲むのがよいということになります。しかし、現実にはなかなかそのとおりにはできません。ですから「食後」としているのですが、そうすると、おかしなことも起こってきます。それは、忙しすぎて食事が摂れなかったから薬も飲みませんでした、というようなことです。これでは逆効果になってしまいます。

 漢方薬を飲むのは「食前」がよいでしょう。漢方薬は作用が穏やかなものが多いので、胃のなかにあまり多くのものが入っていないほうが、効き目が速いのです。もし西洋薬といっしょに処方されているようなら、食前に漢方薬を飲み、食後に西洋薬を飲むとよいでしょう。

 注意が必要な時もあります。それは異なるお医者さんから別々に、西洋薬や漢方薬が出されている時です。一人の医師から処方される場合は問題ありませんが、もともと西洋薬は臓器の機能を抑制するものが多く、逆に漢方薬は本来の機能を助けるものが多いので、お互いの作用が相殺される場合があります。

 これは西洋薬同士についてもいえることなので、西洋薬だろうと漢方薬だろうと、複数の医師から薬が処方される場合、両者にあらかじめお話しになっておくことをすすめます。もし忘れた時は、調剤する薬剤師に相談するとよいでしょう。

 漢方薬の飲み方には直接関係ありませんが、ひとつ覚えておくとよいことは、飲みはじめた漢方薬の(せん)じ液の「味」です。

 漢方処方は患者さんのその時点の体内バランスの乱れ、すなわち「証」に合わせて設計されますが、仮にそれが合っていないと、味が苦かったりまずかったり、ひどい時は吐き気がします。

 「証」は患者さん本人の訴えや記憶をもとに推考していくので、本人の主観などで変化しやすく、ずれることがあります。したがってそのような時はすぐに、薬剤師か主治医に相談してみてください。何かを“加減”して味がおいしくなれば「証」に合ったということになります。

 “漢方薬は食事”と考えられるようになると、煎じる手間を感じなくなります。

 「医食同源」という言葉がありますが、これは薬も食べ物も源は同じなので、たくさんの種類の食べ物を少しずつ食べることがよい、という意味です。本来は「薬食同源」というほうがわかりやすいでしょう。

 適度なストレスのもとにバランスのとれた食事を摂って健康が保たれていれば、本来、薬はいらないわけです。植物も動物も生薬ですから、それをいろいろ組み合わせた料理は漢方薬そのものといえます。そう考えることによって、漢方薬を身近に感じることができます。

●漢方薬の服用を中止する時のポイント

 西洋薬と違い、漢方薬は飲むのをやめても問題はありません。ただ、「証」に合っている場合は途中でやめる必要がないわけですから、中止する時は体が元の元気な状態にもどっていることを、「証」の状態を診てもらって確認されたほうがよいでしょう。

 しかし元気になると同じものを続けて飲みたくなるのが人情ですが、実はそうはなりません。なぜなら、元にもどす処方と、またそうならないように予防する処方とでは同じにはならないからです。

 元気な状態を維持するには食事でコントロールするようアドバイスしますが、希望すれば漢方薬を処方することもできます。

 昔の中国の皇帝にはいわゆる侍医(じい)、おかかえの医師が何人もいましたが、その中でいちばん位が高かったのは「食医(しょくい)」で、その次が内科医、外科医、獣医の順だったのです。食医とは、薬を使わず食べ物だけで皇帝の健康を維持し続ける、最高レベルの医師であり、内科医は薬を与えてよくする医師です。

 そういった歴史からもわかるように、食事で健康状態をコントロールできるのが本来の医師、薬剤師の本領といえます。そしてその考え方が、漢方の基本となる考え方なのです。

●漢方薬の副作用

 かつて小柴胡湯(しょうさいことう)による肝炎が副作用だとして大きな話題になりましたが、漢方薬の専門家の間では、副作用ではないとされています。では何かといいますと、誤投薬、誤処方であるということです。本来、小柴胡湯を服用してはいけない人に処方した結果であるというわけです。

 これだけたくさん飲まれているなかであの程度の件数というのは、西洋薬の副作用に比べて発生率は非常に低いといえます。この例に限らず、漢方薬の効能書を読んで当てはまる症状を探して処方する、という西洋薬的な使い方をすることで、このような結果となることがあります。

 また、漢方薬を服用しはじめた時に、一時的に症状が悪化することがあります。これを漢方では「瞑眩(めんげん)」といいますが、これは薬が効きはじめている時に体が反応している証拠で、よくなる時のひとつの症状です。「瞑眩」は出る人と出ない人がいます。薬に対する反応の激しい人は出ますが、しばらくすると引いていきます。西洋薬に関しても同じことが起こることもあります。

 漢方における「副作用」の考え方ですが、本来、処方がその人の「証」にマッチしていれば、理論的には副作用はまったくあり得ないのです。もし副作用が出たとしたら、それは使用法によるものであって、漢方薬そのものによるものではありません。すなわち、「証」と処方がマッチしていないということになります。

 その原因は2つ考えられます。ひとつは患者さんからの情報が不足しているか主観(症状のとらえ方)の誤差であり、2つ目は、医師または薬剤師が「証」の判定を誤った場合です。

 しかし現実には、客観的な判断には限界があり、問診で得られる内容は主観に左右されやすいので、「副作用はない」と言い切ることはできません。

 副作用とみなされるものの原因でほかに考えられるのは、生薬そのものの品質が劣っていたり、間違ったものが混入していたりする場合です。たとえば海外から入ってくると、実際は違う植物、つまり同名異物だったりしますが、その場合は、そのなかに含まれる成分が腎炎を起こしたりすることがあります。これは、生薬がきちんと選品できる薬剤師でないと防ぐことができません。

 このように「副作用」というのは、定義によってとらえ方が違ってきます。もし本来の作用でないものを全部、副作用というのであれば、その原因としては「証」と処方のずれ、誤診、粗悪品、同名異物、異なる生薬の混入などとなります。

●漢方薬と医療保険制度

 近年、漢方が見直されてはきましたが、漢方治療を健康保険(社会保険)を利用して受けようとしても、難しい面があります。なぜなら、確かに漢方薬のエキス製剤の146種類は保険適用となっていますが、それでは「証」の綿密な判定を基に処方することができず、漢方薬の本領発揮とはいきません。また、漢方薬を西洋薬的に使うと副作用の心配も拭いきれません。

 なぜそのようになったのかは、漢方薬の解説のところでその制度上の理由を述べましたが、ほかにも漢方治療を利用しづらくしている理由があります。

 そのひとつは、仮に本来の漢方薬を全額自費で払うとしても、漢方医の診察時間に対応する保険点数(初診料や再診料、管理料)が設定されていないことです。つまり1日に数人の診察料では、経営が成り立ちません。

 2つ目の理由は明治時代以降、西洋医学が重視された結果、漢方専門医や漢方薬を専門に学んだ薬剤師が非常に少ない、ということです。つまり活躍の場がないのです。逆の見方をすると、漢方治療を受けたり漢方薬局に相談に行ったりしようにも、どこに行ったらよいかわからない、という状況です。

 したがって現在、医師の7割が漢方薬を使用しているといっても、それは治療上の副作用を和らげる目的で使われるケースが多いといえます。たとえば産婦人科やがんの治療などで、一般の内科ではそれほど多くはありません。

 産婦人科領域では、副作用がなるべく少ないもの、ということで漢方薬が使われ、外科では、がんの手術後の体力低下防止に十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)が使われたりします。したがって漢方薬本来の使われ方はあまりされていません。

 ただしすべてがそうではなく、あとはやはり西洋薬が苦手とする症例に保険が認められている漢方薬を出してみる、といった使われ方がされていると考えられます。

 保険が適用されている漢方薬は薬価(保険点数)が低いので、うまく使用できれば医療費の削減につながります。最近はそういった試みをしようという動きが見受けられるようになりました。

 最近になって、保険制度上の新たな問題が起きています。それは、処方日数の規制緩和です。かつて処方日数は厳しく制約を受けていましたが、一部の薬を除いて無制限に出すことが可能になりました。その目的は医療費削減にあり、医師にかかる回数をできるだけ少なくしようということです。

 しかし漢方薬に長期処方はナンセンスです。漢方薬は変化する「証」に合わせて小刻みに変更されるべきで、その観点から、漢方薬の長期処方は逆に、無駄な医療費につながりかねません。

 これらの状況を考えると日本では現在のところ、漢方医療あるいは漢方薬を求めるには自由診療のほうがむしろ、コストパフォーマンス(費用対効果)は高いと考えられます。

 実際、自由診療のほうがよくなるケースは多いようです。

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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