漁業労働(読み)ぎょぎょうろうどう

改訂新版 世界大百科事典 「漁業労働」の意味・わかりやすい解説

漁業労働 (ぎょぎょうろうどう)

水産動植物を対象にして行われる労働で,大別すると三つに分けられる。(1)遠洋漁業では,大型漁船を使用し,機械を導入している。その労働は,運航労働,魚群探索労働,漁労労働,漁獲物処理労働等から構成され,分業化が進んでいる。雇用も,ほぼ年間雇用が確立している。(2)沖合漁業では,分業の程度が低く,年間雇用が多くなったとはいえ,まだ漁期間雇用がかなりの部分を占めている。(3)沿岸漁業を営む漁家労働は,農業労働と同じような性格をもつ養殖労働と,小型漁船を使用する労働とがあり,どちらも家族労働力によって行われている。

 漁業労働は,季節性が強く,夜間労働が多いうえに,1漁期間内あるいは1日の労働においても労働時間は変動し,不規則である等の特有な性格をもっている。さらに労働の場が海上であること,加えて船上という限られた場所であることによって,多大な困難,危険を伴いながら労働しなければならない。遠洋・沖合漁業では,漁場が遠方へ拡大するにともなって航海が長期化し,とくにマグロはえなわ漁業では1航海が1年半に及んでいる。操業日の労働時間は11~12時間と長く,単調な繰返し作業の連続,労働と生活の未分離,離家庭性が問題になっている。漁船の海難事故が多く,労働災害の発生率も陸上産業に比較して高い。このような漁業労働の特質と,経営者の監督が行き届かない海上で生産効率を最大限に上げる必要から,従来,〈船頭(漁労長)〉に依存した雇用関係が強かった。船頭制のもとでは,船主と船頭の間は請負契約で結ばれているとともに,船頭が漁業労働者の採用・解雇・配置・評価等を決定する人事管理機能を握っている。そのことが近代的労使関係の成立を阻害してきたが,労働法規の整備(1947年船員法改正,49年船員職業安定法制定),適用拡大措置とともに,労働組合運動の活発化,あるいは労働力の不足という労働事情を背景に,高度成長期以降,雇用関係をはじめとして,労働環境,賃金水準等が改善されてきた。

 賃金の支払は,漁獲量や魚価の変動があるため,歩合制度がとられている。歩合制度には代分け(しろわけ)制と歩合制がある。代分け制は,漁夫1人分を1代(しろ)とし,それを基準にして,船頭,機関長の取得分,および漁具,漁船についても代に換算して分配する方法である。漁業が発達するにつれて,漁具,漁船の代換算が不可能になり,現在では代分け制は,沿岸漁業の一部にみられるにすぎない。歩合制は当初,水揚金額を経営者と労働者で直接分割する単純歩合制であった。漁業経費が大きくなるにつれて,水揚金額から市場手数料や燃料油,氷,餌料,食糧等の経費を差し引き,残りを経営者と労働者で一定比率で分配する大仲歩合制をとるようになった。このやり方は,経営者にとって経営上の危険を労働者に転嫁させうる性格を強くもっている。一方,労働者は,水揚金額が経費以下のときには,賃金が支払われず,生活が維持できない。こうしたことから近年は,歩合制をとりながらも,一定額を保障する最低保障給制をとったり,固定給歩合給を併用する形態が多くなった。しかし,石油危機をへて漁業経費が増大するにつれて,再び歩合制に戻るところもあるなど,労働条件の実質的な切下げが問題になっている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「漁業労働」の意味・わかりやすい解説

漁業労働
ぎょぎょうろうどう

水界の動植物を採捕、栽培、増・養殖するための生産活動をいう。大型漁船で高度の装備を備え、遠洋漁場まで出漁する大規模漁船漁業では、船長、漁労長(船頭)、航海士、機関長、機関士、通信士、甲板員(漁夫)などの職種に分かれるが、小型漁船で沿岸漁業や養殖漁業を営む場合には、家族経営が主であって、航行から漁獲までのすべての労働が少数の従事者によって行われる。

 漁業労働は漁業種やその規模によって、労働内容、労働時間、労働強度が異なるが、一般的に次の特徴がある。

(1)労働の季節性。漁業は、水界に生息し、季節的に回遊・移動する魚類や、季節にしたがって成長する海藻・貝類を採捕する産業であるから、それら魚貝藻類の自然的・生態的特性に制約される。また魚貝藻類の産卵、繁殖の時期には水産資源保護を目的とした禁漁期間が設定されるために、これによっても制約を受ける。また海洋の気象条件によっても漁期が制限される。季節的な制約を克服して、漁場をかえながら、同一の漁法で周年操業する業種は、遠洋のマグロ延縄(はえなわ)漁業、遠洋トロール漁業など少数である。

(2)労働の不規則性。漁業労働は、移動する魚群を捕獲するために、魚群の発見にしたがって作業を開始するので、1日の漁労作業を計画的に設定することができない。同一漁場で同一時間作業しても資源状況によって漁獲量が異なることが多く、労働は時間的にも強度からいっても不規則となる。もちろん天候によっても左右される。

(3)労働・生活環境の閉鎖性。遠洋漁業の場合には、航海期間が1年を超す場合があり、社会的に隔離された狭い船内という労働・生活環境に置かれ、個人的生活と欲望は制約を受ける。このことから、乗組員間の人間関係の管理・統制が、漁労能率を高めるためにも、漁労長の大きな役割となる。

(4)高災害発生率・高疾病率。水上で動揺する漁船での労働は危険性が高く、海中転落や海難事故による死亡・傷害が多い。また狭い船内における長期間の生活と労働から、消化器系・筋骨格系の疾患が多い。1982年度(昭和57)のわが国の漁船船員の災害発生率は漁船以外の汽船の1.6倍、陸上全産業労働の平均の4倍である。

(5)労働収益の不安定性。漁業生産は、水産資源の自然的変動、濫獲などの人為的影響によって生産量が大きく変動し、また、豊凶によって漁獲物の市場価格も変動することから、労働収益も不安定・不確定となる。企業的漁業では漁獲量によって賃金が変動する出来高払いの歩合制がとられている。

[高山隆三]

『高山隆三他編著『現代水産経済論』(1982・北斗書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「漁業労働」の意味・わかりやすい解説

漁業労働
ぎょぎょうろうどう

漁業における人間労働。その特質は生産力の発展の度合い,とりわけ漁労技術の体系と,生産関係の発展の程度との両面によって大きく規定される。前者は,(1) 原始的生産手段である海洋ないし一定の漁場によって,(2) それと有機的一体であり不可欠な要素である労働手段,具体的には漁船,漁具等の技術体系によって,(3) 採捕される生物的水産資源が他のそれと異なった更新性の特徴をもつことによって,大きく規定されることになる。後者は資本主義経済の発展の不均等を受けて,漁業の共同体的,同族的社会関係が,労働の社会的性格を特徴づける。これらの観点からみるとき,漁業労働は海上労働であることによって自然条件に大きく支配され,ときに生命の危険を伴う過酷な性格をもち,繁閑の差が激しく,不規則で,しかも採捕の危急時には濃密的な集中労働を必要とする。また漁労技術との関連では母船式捕鯨,トロールなどの機械体系を別とすれば,沖合漁業の多くは,カツオ,マグロ,以東底引き,イカ釣りのいずれも最近まで手労働体系に依存する度合いが大きかったし,沿岸の圧倒的な漁種 (定置,船引その他の漁船漁業) はなお手労働・技能体系を必要とする。資源特性との関連では資源枯渇=乱獲に墮する傾向にあるから,漁場の探索,移動などの航海期間,操業日数が長くなり,漁夫の拘束時間も長期化して,実働時間と準備に要する時間との区別が不明確で流動的である。労働の社会関係については,雇用形態とも関係するが,血縁・地縁的な労働市場によって成立する部分が大きい。 1990年の統計によると,漁業労働者は約 37万人,その約8割は沿岸漁業で他は大規模・中小漁業 (沖合,遠洋漁業) 従事者である。若年齢層を中心に減少傾向で,漁業労働者人口中,40歳以上が8割近くを占めており (65歳以上は全体の 20%近くを占める) ,高年齢化が強まってきているため,労働力の確保,作業合理化など漁業生産構造の再編整備が急務とされる。なお,遠洋漁業の一部では,外国の漁業専管水域での操業に際し,沿岸国の自国民の雇用要請などにより,一定制限により外国人漁船員の受入れが行われている。

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