日本大百科全書(ニッポニカ) 「滝」の意味・わかりやすい解説
滝
たき
water fall
fall
川の水がほぼ垂直に落下する状態をいう。瀑布(ばくふ)ともいう。流水が河床を離れて落下するものから、河床からは離れないがきわめて急傾斜な河床を白い泡をたてて流下するもの、一段から数段に分かれて落下するものなどさまざまである。いずれにしても、河床が著しく急激に中断されている結果として滝ができる。滝の落下点は相当の広さと深さを有し、これを滝壺(たきつぼ)という。そこでは流水が渦流となり、転動する小石や渦流とともに巻き上げられる砂によって周辺の岩石が削られ、また中に落下している巨大な角礫(かくれき)が円礫に変わる。
[市川正巳]
成因
滝の地形学的成因をみると次のとおりである。
(1)河床を横切る硬い岩石がある場合は、その部分で河道が侵食に抵抗して急な崖(がけ)となり、流水は滝となる。たとえば、アメリカとカナダの国境にあるナイアガラ滝、南米ガイアナのカイエトゥール滝やアメリカのイエローストーン国立公園のギボン滝などがその例である。
(2)高原の急な縁辺部を流れる場合。たとえば、ナミビアのアフリカ高原を横切るオレンジ川がオーグラビース滝となる。
(3)流路が断層崖(がい)を下る場合。アフリカのモザンビークのザンベジ滝はその好例で、日本でも各地にみられる。
(4)氷河地域で、本流の谷氷河が強大な侵食力で深いU字谷をつくり、支流の小さい谷氷河は浅いU字谷を形成するため、その合流点は懸谷となり滝をつくる。アメリカのカリフォルニア州にあるヨセミテ滝、スイスのラウテルブルンネン谷の懸谷はその好例である。
(5)海食崖の縁辺部にできる場合で、イギリスの南西コーンウォール半島中北部ハートランドのリッター・オーターにあるデボン海岸にみられる。
(6)火山の溶岩流や山崩れ物質によってせき止められてできる場合で、日本の日光の華厳滝(けごんのたき)など各地にその例がある。
[市川正巳]
滝の消失
一般に滝は幼年期の河川の特徴であるが、侵食が進んで壮年期の平衡河川の状態に近づくと、滝は消失して平滑な河床となる。このように滝は後退してやがては消失するのであるが、その後退速度は、造滝層の硬さの度合いや水量、滝の落差などによって異なる。ナイアガラ滝では、現在まで11キロメートル後退し、年平均0.7~1.4メートルの割合で後退している。華厳滝の最初の位置は「いろは坂」のすぐ下流地点と思われるが、それが現在までに約2キロメートル後退している。その後退していった証拠は華厳渓谷の中の随所でみることができる。
[市川正巳]
世界の滝
世界的な観点からみると、次の三つの地域に大規模な滝がかかっている。すなわち、(1)高原の縁辺部にかかる滝、もしくはその高原を開析する地点にかかる滝。(2)大陸内部の抵抗性の岩石である結晶質岩と海岸地域の軟らかい堆積(たいせき)岩の境界地点にできる。(3)主として最後の氷期の氷食によって削られた高山地域にできる、などである。
[市川正巳]
文化史
滝に特定の意味を与えた文化は少ない。居住人口の多い地域では、降水、地形条件から大きな滝がないか、あっても長期間の植生破壊、流量減少により消滅したかのいずれかで、大きな滝は人間の近づきがたい危険な場所に限られて、周辺住民に知られることが少なく、人間の目に触れやすい滝は舟運・漁業の危険な障害にすぎないことが多かった。乾燥した平野部に立地した多くの高度文化でも、小さな滝を珍しい景観として観賞するにとどまり、特別な意味を考えて滝を美術的表現の一要素にまで高めた東アジアの絵画的伝統は例外的存在だろう。盛唐絵画の数少ない残存例の一つである正倉院の『騎象奏楽図(きぞうそうがくず)』に描かれた滝をもっとも早い例の一つとして、それ以降の東アジア絵画(とくに山水図)では、滝が無視できない要素であった。その背景には、滝の多い東アジアの地学的条件に加え、5世紀に北西インドで成立し、7世紀中葉に漢訳されて東アジア仏教哲学の基本文献の一つとなった『阿毘達磨倶舎(あびだるまぐしゃ)論』で人間を押し流す煩悩の渦を「暴流(ぼる)」と訳し、滝(瀑流(ばくりゅう))との連想が生じ、滝および滝での肉体的経験に特別な宗教的意味を付するに至ったことがあったと考えられる。
[佐々木明]
民俗・伝説
日本には渓谷が多いので大小の滝が各地にみられる。名勝地として著名なものに日光の華厳滝、熊野の那智(なち)滝、神戸の布引(ぬのびき)滝などがある。滝には社寺の信仰と結び付いたものがあり、信仰心から滝に打たれて行(ぎょう)を積む者がある。滝についてはいろいろの伝説がある。静岡県駿東(すんとう)郡長泉(ながいずみ)町に鮎壺滝(あゆつぼのたき)というのがある。昔その地の長者に亀鶴という娘があった。源頼朝(よりとも)が富士の巻狩を行ったときこの娘を見そめて所望したが、娘はこれを拒み鮎壺滝に身を投げてしまったという。滝に身を投げる話は全国的に類例が多い。また青森県中津軽郡西目屋(にしめや)村長面(ながおもて)集落に新穂ヶ滝(におがたき)というのがある。寒中にはこの滝が氷結するので、昔は藩主が使臣を遣わして、その結氷の大小・形状などを視察させて報告させた。それによってその年の豊凶を卜(ぼく)したので、この滝を世の中滝ともいったという。奈良県吉野郡の大淀(おおよど)川の流れに安産の滝というのがある。昔から難産に苦しむ者がこの滝に打たれると安産になるといわれている。
滝に雨乞(ご)いをする例がある。和歌山県有田(ありだ)郡糸川村(現、湯浅町)の糸川滝では、潔斎した人が滝壺に入って雨乞いをする。そのとき白魚をみれば降雨があり、黒魚ならば降らないという。同県那賀(なが)郡神田村(現、紀の川市)の秘文(ひもん)滝は、昔から雨乞いをする場所として知られている。雨乞いのなかには、滝壺に石や汚物を投入して滝の神を怒らせて雨を降らすというものもある。
[大藤時彦]
『北中康文写真・文『日本の滝1 東日本661滝』(2004・山と渓谷社)』▽『木田薫写真・解説『日本滝名鑑4000』(2005・東方出版)』▽『北中康文著『滝王国ニッポン』(2007・枻出版社)』