満仲(読み)まんぢゅう

改訂新版 世界大百科事典 「満仲」の意味・わかりやすい解説

満仲 (まんぢゅう)

(1)幸若舞の曲名。上演記録の初出は1498年(明応7)。作者不明。多田満仲源満仲(みつなか))は子の美女御前(びじよごぜん)を中山寺(摂津国川辺郡)に登らせたが,早業,相撲,力業などのまねごとをし,乱暴ばかり働いて,いっこうに経典学問に心を向けなかった。数年たって,満仲は藤原仲光という郎等を使いに立て,美女御前を呼び下ろして経文を読ませるが少しも読めない。怒った満仲は仲光に美女御前を手討ちにするよう厳命する。仲光は主命に背けず,美女御前と同じ15歳のわが子幸寿丸(こうじゆまる)を身代りに殺し,美女御前を叡山に登らせる。美女御前は心を改めて恵心(えしん)僧都源信について仏教を修め,19歳で剃髪して恵心院の円覚と称する。25歳で天台の奥義を究め,恵心の供をして郷里に下る。円覚の母は子を失った悲しみから盲目となっていたが,円覚は法力で開眼させる。これまでの事実を知った満仲は美女御前を許し,仲光の忠義に感じて,所領の半分を与えて幸寿丸の菩提をとむらわせる。

 多田満仲の発心譚は《今昔物語集》巻十九に見えるが,殺生をこととする父を悲しんだ子の源賢が,恵心僧都に頼んで出家させる話で,本曲とは子の名前も物語も異なっている。本曲と同内容の物語は鎌倉時代の説教僧の手控と考えられる《多田満中》(京都大学)にあり,後の《摂州中山寺縁記》も同内容である。能の《仲光》は本曲と同材で,これら2曲は仲光父子の献身重点が置かれているが,御伽草子《多田満中》は満仲の得道往生に重点が置かれ,やや性格の異なった作品となっている。古浄瑠璃にも《多田満中》があり,近松の存疑作の《忠臣身替物語》(1689)は,公平(きんぴら)節《公平法門諍(ほうもんあらそい)》の改作だが,本曲の翻案である。
執筆者:(2)能の曲名。観世流は《仲光(なかみつ)》と称する。四番目物。現在物。作者不明。宮増(みやます)作ともいう。シテは藤原仲光。多田満仲(ツレ)の家臣の藤原仲光は,主人の子の美女御前(子方)とわが子の幸寿(子方)を伴って主君の館に行く。2人の少年は学問のために寺に入っていたのである。久しぶりに対面した満仲は美女に学問の進度を尋ねるが,答えははかばかしくない。怒った満仲は仲光に美女の首を討つように命じる。それを知って美女は進んで討たれようとし,幸寿は身代りになろうとする。仲光はわが子を討ち,満仲には美女を討ったと偽って報告する。そこへ比叡山の恵心僧都(ワキ)が訪れ,満仲に事の次第を話し,かくまっていた美女をさし出す。満仲も美女を許すので,仲光は喜びの杯を勧め,悲しみをこらえて舞を舞い(〈男舞〉),寺に帰る美女を見送るが,供に幸寿がいないので涙を流す。

 この能は壮快に力強く舞う男舞を,暗い気持で演ずるところにその特色がある。身代り物戯曲の源流といえる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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