消化管・膵・腹膜疾患における新しい展開

内科学 第10版 の解説

消化管・膵・腹膜疾患における新しい展開

 わが国の消化管疾患の疾病構造は大きく変化している.酸関連の代表的な疾患である消化性潰瘍は,ガイドラインによるHelicobacter pylori (H. pylori) 除菌治療の推奨,除菌治療の保険認可により,患者数,医療費支出も大幅に減少し,毎年約1000億円以上の医療費削減が達成されている.2013年には,H. pylori胃炎に対する除菌治療も保険認可されH. pylori感染者の減少によって,近い将来胃癌患者の大幅な減少が期待される.消化性潰瘍のもう1つの重要な原因である非ステロイド性抗炎症薬や低用量アスピリンによる潰瘍の防止でも,プロトンポンプ阻害薬(PPI) 継続投与による潰瘍再発抑制が保険適用となり,潰瘍や出血などの合併症の抑制が可能となった.逆流性食道炎は欧米では最も重要な酸関連疾患であるが,わが国でも増加傾向にある.しかし,その大半はPPIが有効で,治療に難渋する例は少ない.通常のPPIで難治重度の逆流性食道炎に対しては,臨床治験中のH,K-ATPase抑制薬(potassium competitive acid blocker:P-CAB)が短期間治療で高い治癒率を示すので,ほぼすべての逆流性食道炎は内科的に制御可能となると考えられる.
 下部消化管疾患では,炎症性腸疾患(IBD)が激増してきている.特にCrohn病は,成分栄養食摂取などの生活制限が長期にわたるうえに高価で,生物学的製剤や免疫抑制薬の使用による感染症の発生の懸念もある.また,瘻孔形成,狭窄,癌化などにより外科治療を繰り返す例もまれではない.IBDの発症には多くの遺伝的素因が関与していることが知られているが,わが国で近年急速に患者が増加している原因は,食事などの後天的要因が大きいと考えられている.食事の欧米化は腸内細菌叢マイクロバイオーム)の変化をもたらし,粘膜局所の免疫制御機構やバリア機能を障害して,IBDを誘発させると考えられている.このように多因子が関与しているIBDに対する治療には,従来から使用されている抗炎症薬(ステロイドなど)に加え,免疫抑制薬(アザチオプリン,シクロスポリン,タクロリムス)や生物学的製剤(抗TNF-α抗体など)が導入されているが,いずれも根治療法ではなく,高額な医療費を要する.これらの疾患に対しては,食育教育を広め,予防をはかっていくことが有効ではないかと考えられる. 大腸癌は増加し続け,女性での癌死因の第1位となっている.その要因としては,食事のほかに,身体運動の不足,肥満などがリスク因子とされ,食事習慣の改善は大腸癌の予防にも有効であると考えられる.すなわち,大腸癌も生活習慣病の1つと考えられる.生活習慣病の重要な病因は内臓肥満であり,最近大きく脚光を浴びているのが腸内細菌叢の変化である.内臓肥満は腹膜における脂肪蓄積であり,腸内細菌叢も大腸内のバイオリアクターとしての機能を有していることを考えると,これらは消化器病学の主要な研究領域に属する.内臓脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインが神経性食事摂取機構,炎症や腫瘍性疾患に関与していることなど,魅力的な研究が最近相次いでいる.一方,腸内細菌叢が生体メタボロームや疾患発生機構との関係は,最近最も熱気のある研究領域となっている.わが国のこの分野の研究は,米国や中国などとの激烈な国際競争に立ち遅れており,国家レベルでの研究支援が必要と考えられる.[菅野健太郎]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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