消化器疾患患者のみかた

内科学 第10版 「消化器疾患患者のみかた」の解説

消化器疾患患者のみかた(消化管・膵・腹膜の疾患)

(1)消化器症状の評価
 近年の内視鏡,CT,MRIなどの画像診断の進歩はめざましく,消化器疾患の診断には欠くことができない診断法となっている.しかしながら,詳細な病歴聴取と身体所見の評価が,消化器疾患患者の診断には重要である.画像診断は,不完全な病歴聴取や身体診察の埋め合わせをするものではない.さらに機能性疾患では,検査所見に異常がない場合が多く,詳細な症状と病歴の把握がより重要である.
a.現病歴
 症状発現の仕方は,特定の疾患を示唆している.発症から現在に至るまでの症状の聴取は正確な診断に有用である.年齢層によって疾患のしぼりこみも可能であるため,疾患の好発年齢を考慮して鑑別を行う.たとえば,下部消化管の出血は,高齢者では結腸癌,憩室炎,虚血性腸炎などが疑われるが,若年者では炎症性腸疾患や先天的疾患が鑑別にあげられる.
 消化器疾患における典型的な症状は腹痛であるが,発症の状況,誘引,疼痛の性状,部位および疼痛の放散,発症のタイミングを聴取する(表8-1-1).症状が複数あるときには発症した順番が重要である.通常,虫垂炎の症状の発症順序は,①疼痛(心窩部や臍部),②悪心,嘔吐,③圧痛,④発熱,⑤白血球増加で進む (Silen,2005).短時間の発症は,感染性疾患,中毒,および虚血性疾患が示唆される.一方,長期間続く症状は,慢性の炎症性疾患,腫瘍性疾患や機能性疾患などが鑑別にあげられる.さらに,悪心,嘔吐,便通,月経,排尿に伴う疾患の有無などの確認が必要である.
b.身体診察
 患者の表情や体位に注意を払う.汎発性腹膜炎では患者は,腹部の緊張を和らげるために,膝を曲げている.血圧,脈拍数,呼吸数,体温をチェックして循環不全がないことを確認する.バイタルサインは,診断だけでなく緊急のインターベンション必要性の判断に必須である.発熱は炎症性疾患,腫瘍で認められる.消化管出血,脱水,敗血症などでは,起立性低血圧の有無を確認することが重要である.呼吸・循環器疾患で腹痛や悪心を呈することがみられるので胸部の診察も必ず実施する.全身疾患の可能性を考え,紅斑や黄疸の有無を確認する.
 ⅱ)腹部の診察
 腹部の診察を始める前に患者から痛みが始まった正確な部位と最も痛い部位を確認する.視診により局所的または全体の膨満の有無をみる.ヘルニアの有無はルーチンに確認する.ついで,呼吸による腹部の動きを観察する.潰瘍の穿孔では,呼吸による腹部の動きは認められない.視診で,腹部膨満,腫瘤,腹水,血管の異常を観察する.聴診では,血管雑音,腸管蠕動音を聴取する.触診では,痛みの最強点から最も遠い部位から開始する.触診は穏やかに行うことが肝要である.打診により膨満の有無,肝濁音界を確認するとともに,やさしく打診することにより反跳痛の存在を調べる.反跳痛を引き出すために深く触診している手を離すことは,患者に著明な痛みを誘発して筋の攣縮を引き起こし,以後の触診による情報が得られなくなる.
 腹痛は体性痛と内臓痛に分けられるが,内臓痛は全身的な不快感を呈し,体性痛では不随意の筋性防御,反跳痛を呈することがある.腸管の虚血は強い疼痛のわりに圧痛は乏しい.腹水は,波動,shifting dullnessの有無で確認する.さらに直腸指診は,腹痛患者において骨盤内炎症,腫瘍,血便などの診断に必須である.特に,骨盤部に位置する虫垂炎の場合には,腹部に圧痛を認めず,直腸指診で疼痛を認めることがある.
(2)消化器疾患に用いられる各種検査
 消化器疾患では,病歴,身体所見に続き一般検査(尿,糞便),血液・生化学検査が行われ,ついで画像診断を行う.腹部単純X線撮影,消化管造影検査,CT,MRI,核医学検査,超音波検査および内視鏡検査が消化器疾患の診断に用いられている.近年では内視鏡検査が消化管疾患の診断,特に生検組織による病理診断とインターベンションに広く用いられている.
a.一般検査・血液生化学的検査
 白血球増加と血沈の亢進は,炎症性疾患で認められ,白血球減少はウイルス感染を示唆する.鉄欠乏性貧血は消化管出血が原因となり,ビタミンB12欠乏は胃,小腸,膵臓疾患によって引き起こされることがある.嘔吐と下痢は電解質異常や酸塩基平衡の障害を引き起こす.内分泌疾患の除外には甲状腺ホルモンやコルチゾール,カルシウムなどの測定が必要である.
 便潜血反応には,グアヤック法などの化学法と抗ヒトヘモグロビン抗体による免疫法の2種類がある.上部消化管出血では酸性環境下でHbはペプシンによりヘムとグロビンに分解され,十二指腸で膵酵素によりグロビンが消化されてHbの抗原性が失われ免疫法では検出されない.一方,大腸からの出血は免疫法で検出される.大腸癌のスクリーニングに潜血検査が用いられ,40歳以上の検診で感度は60~90%,特異度は93%と報告されている.脂肪吸収障害では,便中SudanⅢ染色によって,脂肪便を定性的に検出する.膵疾患には血清・尿アミラーゼ,血清リパーゼ,エラスターゼなどが測定される.
b.細菌学的検査
 腸管の炎症性疾患では,まず腸管感染症を念頭におく必要がある.腸管感染症の原因にはウイルス,細菌,原虫などがあり,症状のみでは診断を確定できない.疾患の頻度からカンピロバクターサルモネラ,腸管出血性大腸菌,ロタウイルスがおもな対象になる.診断には便培養が用いられるが,迅速診断として,Escherichia coli O157抗原とベロ毒素,ロタウイルス・アデノウイルス抗原,抗生物質起因性大腸炎または院内腸炎の原因菌のClostridium difficileのCD毒素がある.ノロウイルスの集団発生が疑われるときは,保健所に連絡し遺伝子増幅法検査を依頼する(迅速検査キットもある).
 上部消化管疾患のなかで最も一般的な胃潰瘍,十二指腸潰瘍に関連するHelicobacter pyloriの非侵襲的診断には,尿素呼気試験,血清,尿中H. pylori抗体測定,および便中抗原測定が用いられている.近年の海外旅行ブームを背景に寄生虫疾患が増加しているため,海外帰国者については注意が必要である.
c.超音波検査
 急性腹症の患者では,超音波検査が有用である.X線検査が十分に行えない環境では重要性が高い.急性虫垂炎が疑われる疾患に対して子宮外妊娠などの婦人科疾患の除外にも有用とされている.腫瘍の存在やリンパ節腫脹の有無も診断可能であり,イレウスは腸管の拡張,腸内容物の貯留で診断され,積極的に活用されるべき検査である.
d.X線検査
 腸閉塞や消化管穿孔,中毒性巨大結腸症などの急性腹症で,特に有用である.しかしながら初期の小腸の絞扼性閉塞は異常を認めないことがあることに留意すべきである.
 ⅱ)消化管造影検査
 造影剤を経口的に投与して消化管の形態を精査する検査であり,食道,胃,十二指腸疾患が適応となる.上部消化管造影検査は,内視鏡検査がスクリーニングに用いられるようになり,むしろ癌の浸潤範囲や深達度診断などの精査目的に用いられているが,食道蠕動運動障害などの機能の評価にも重要である.小腸造影は小腸腫瘍やCrohn病の診断や小腸の通過状態の診断に用いられる.注腸検査は,腫瘍性疾患と炎症性疾患の診断を中心に用いられる.
 ⅲ)CTおよびMRI
 CTは空間,時間分解能ともすぐれていて,撮像時間が短いので腹部骨盤の広い範囲を短時間に撮影することができる.多列検出器(multi-detector row CT :MDCT)の普及により撮影時間が短縮し造影ダイナミック撮影が可能である.また冠状断や矢状断などの任意断面での評価が可能となっている.MDCTでは消化管悪性腫瘍の他臓器浸潤や転移の評価だけでなく,データ再構築による血管との重ね合わせ像での観察などにより手術のシミュレーションができる画像やバーチャルエンドスコープ(立体視)が可能となっている.MRIは得られる組織コントラストが高く,病変の検出にすぐれる.胆道系のMRIのメリットは,MR cholangiopancreatography (MRCP)である.MRCPはERCPに比べ空間分解能に劣るが,膵管に閉塞がある場合に閉塞部位よりも上流の膵管の描出が可能である点が有利である.結石の描出にも有用であり,90%が描出可能である.消化管においては,腹部の拡散強調像による癌の播種や転移病変の検出が注目されている.
 ⅳ)血管造影
 出血性病変(潰瘍出血,腫瘍よりの出血,憩室出血,血管性病変)などによる消化管出血,腫瘍の栄養血管の同定,血管浸潤の把握などに適応になる.出血血管の同定は,血管外漏出像によるが,毎分0.5 mL以上の出血で認められる.出血源が確認されたら,血管カテーテルからのマイクロコイルによるinterventionalradiology(IVR)が行われる.急性腸間膜動脈閉塞症については,腹痛の出現から6~8時間以内で,腸管壊死の認めない症例が経カテーテル的血栓溶解療法の適応となる.
 ⅴ)シンチグラフィ
 出血部位が不明の消化管出血に対して99mTc-コロイドまたは99mTc-標識赤血球による診断がなされる.0.1 mL/分以下の出血も検出可能とされている.カプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡の進歩でその役割は限定的になりつつある.
e.内視鏡検査
 内視鏡検査では,電子スコープが主流となりデジタル情報で記録され,微細な粘膜形態の観察が可能となっている.上部内視鏡検査は,食道,胃,十二指腸の診断に用いられる(表8-1-2).特に上部消化管出血,食道炎,消化性潰瘍,悪性潰瘍の診断に有用である.一方,大腸内視鏡検査は結腸と回腸末端の疾患の診断に用いられる.内視鏡検査は生検下の病理組織診断が行うことができることが大きな利点であるが,癌の深達度診断には超音波内視鏡検査が用いられる.粘膜下腫瘍に対しては超音波内視鏡下のfine needle aspiration(FNA)が有用である.小腸疾患は診断が困難であったが,カプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡の臨床応用がされている.従来では困難であった出血源不明の消化管出血のスクリーニングには,カプセル内視鏡またはダブルバルーン内視鏡が有用とされ(Liuら,2011).バルーン内視鏡は,血管病変の止血やCrohn病の狭窄拡張などにも応用されている.さらにダブルバルーン内視鏡は,大腸内視鏡の挿入困難な症例にも有効である.近年では,内視鏡は,診断だけでなく,食道静脈瘤の硬化療法や内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligation:EVL),止血術,内視鏡粘膜切除,ステント留置術などの治療に応用され,その適応は拡大している.内視鏡的膵胆管造影(ERCP)は膵臓,胆道疾患の診断と治療に用いられてきた.内視鏡的膵胆管造影の位置付けとしては,十二指腸乳頭切開,排石,閉塞胆管へのカヌレ挿入などの治療が中心となっている.
f.消化管機能検査
 消化管の機能検査は,消化管分泌,消化管運動,消化管吸収などに対してなされる.従来,胃酸分泌は胃管を挿入して測定がなされていたが,侵襲的であることとガストリンの販売が中止されたために用いられなくなった.現在では,24時間pHモニタリング法が用いられ,特に内視鏡で逆流性食道炎の所見がない胃食道逆流症の証明に用いられている.食道内圧検査は,アカラシア,びまん性食道痙攣などの食道運動障害の診断に有用である.消化吸収は,3大栄養素の吸収を測定する.脂肪吸収障害は便中SudanⅢ染色による脂肪便の証明により,糖質吸収障害はd-キシロース吸収試験が用いられる.蛋白漏出はα1-アンチトリプシンクリアランスにより測定される.[高木敦司]
■文献
Liu K, Kaffes AJ: Review article: the diagnosis and investigation of obscure gastrointestinal bleeding. Aliment Pharmacol Ther, 34:416-423, 2011.
Silen W: appendicitis. In: Cope’s Early Diagnosis of the Acute Abdomen (Silen W ed) p67-83, Oxford University Press, New York, 2005.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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