浸透圧調節(読み)しんとうあつちょうせつ(英語表記)osmoregulation

翻訳|osmoregulation

改訂新版 世界大百科事典 「浸透圧調節」の意味・わかりやすい解説

浸透圧調節 (しんとうあつちょうせつ)
osmoregulation

動物が体液の浸透圧を一定に保つように調節すること。動物の細胞を,その浸透圧より低い浸透圧の液(低張液)につけると,細胞内に水が浸透してくる一方,塩類が外に出て細胞の容積は増加し,浸透圧は低下する。反対に浸透圧の高い液(高張液)につけると,脱水と塩類の浸入のため細胞の容積は減少し,浸透圧は高まる。細胞が正常に機能するためには,細胞の環境(内部環境)の浸透圧が最適のレベルに保たれる必要がある。水生動物の場合,体液の浸透圧を調節する能力をもつ動物(浸透圧調節動物)では,組織細胞は外部環境の浸透圧の影響を直接受けることがない。すなわち,高張環境では脱水と塩類の浸入に対応して,調節機構が体内の水分を保持し,余分の塩類を能動的に体外に出すようにはたらくからである。低張環境では水の浸透と塩類の損失にたいして,水の排除と塩類の取り込みが行われる。このように浸透圧調節動物は,外環境の浸透圧の変化にかかわらず体液の浸透圧を一定に保つことができるのである(定浸透圧動物)。川口や海岸にすむ動物の多くはこの型である。これにたいして浸透圧調節機構の発達していない動物は変浸透圧動物である。海底や外洋など海水濃度の変動のない場所にすむ無脊椎動物はほとんどがこれに属する。一方,外界の浸透圧(塩分濃度)の変化にたいする耐性の面から,広い範囲の塩分濃度に耐えるものを広塩性euryhaline,範囲の狭いものを狭塩性stenohalineという。広塩性動物の多くは浸透圧調節能力をもっている。

淡水にすむすべての動物の体液は環境よりも浸透圧が高い(高張)。これらの動物は体内への水の浸透と体外への塩類の損失によって生じる体液の浸透圧の低下を防ぐ必要がある。その手段は,(1)細胞および体液の塩類をできるだけ低濃度に抑えて外界との差を少なくすることである。たとえばドブガイ一種の体液は0.1%NaCl液と等張である(ヒトでは0.9%)。(2)多くの動物の体表は不透過性になっていて水はひじょうにゆっくりとしか入らないので調節が容易である。水生の爬虫類,鳥類,哺乳類,ある種の水生昆虫の幼虫のように完全に不透過性のものもある。(3)水の浸入は内部の水圧を高める。このとき容積増加をともなう。この水圧増加がとくに腎臓などのろ過量の増加をもたらし,多量の尿をつくり出す。これによって薄い尿を多量に体外に出し,それとともに容積はもとに戻ることになる。原生動物では収縮胞がこのような排水ポンプのはたらきをする。(4)失った塩類を能動的に外界から取り入れることによって補う。たとえば,硬骨魚ではえらから塩類を吸収することがわかっている。カエルは皮膚の外から内方向にのみ塩類を選択的に吸収する。

海生の無脊椎動物の体液は海水と浸透圧が等しい(等張)。魚類のなかでも軟骨魚は体液中に多量の尿素をもっており,体液は海水とほぼ等張であるので,とくに浸透圧調節の必要はないが,硬骨魚や哺乳類の体液は海水よりはるかに低張である。したがってこれらの海産動物は脱水と塩分濃度の増加に対抗する能力を必要とする。(1)硬骨魚は海水を飲んで腸管から水分を吸収する。そして血液よりは低張であるが比較的濃い尿を出す。余分の塩類はえらにある塩類細胞chloride cellを通じて分泌される。(2)海生の哺乳類では体の水分はおもに排尿と呼吸によって失われる。魚を常食とするアザラシなどでは食物が海水より低張なので調節は比較的容易であるが,小型の甲殻類を食べるヒゲクジラなどでは条件はさらに厳しい。このような動物では肺からの水分損失が極度に抑えられるとともに,腎臓の機能が発達し,海水よりも濃い尿を出すことができる。(3)海生の鳥類(カモメペリカンなど)や爬虫類(イグアナ)には鼻腔に開口する鼻腺から,またカメ類では涙腺から余剰の塩類を分泌する。これらは塩腺または塩類腺とよばれる。(4)海水よりもはるかに塩分濃度の高い塩湖にすむ甲殻類のアルテミアは口および肛門から水を取り入れ,過剰の塩類を10対のえらから体外に分泌する。

陸生動物は海生の硬骨魚と同じように,体表からの水分蒸発によって体液が濃縮される危険にたえずさらされている。そこで水が透過しにくいような外被を備えることが陸上生活の前提となる。また呼吸上皮を乾燥より守ることも必須条件であって体表の突出部であるえらにかわって陥入した形の肺ができた。それでもなお呼吸や排尿によって,さらに哺乳類の多くでは発汗によって水が失われる。それを補うために水を飲む。また代謝によって生じた水も利用する。腎臓での水の再吸収を高め,なるべく濃い尿を出して水を節約する。以上が陸生動物の一般的な水分調節の方法であるが,とくに水の少ない環境にすむ砂漠の動物には乾燥にたいする高度な適応がみられる。
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ヒトの場合は,浸透圧濃度で290±5(標準偏差)mOsm/kg・H2O(ミリ重量オスモル濃度)の範囲に調節されている。体内には,細胞外液の浸透圧変化を感受し,水分の保持または排出を促進させる調節系が存在している。これには現在二つの系が知られている。第1は抗利尿ホルモンを介するものである。視床下部には浸透圧の変化に反応する浸透圧受容器とよばれる特殊な神経細胞群が存在しており,細胞外液の浸透圧の上昇,とくにナトリウム濃度の上昇によってその細胞が興奮し,その神経細胞の突起の末端から抗利尿ホルモン(ADH,バソプレシン)を放出する。この神経細胞は,視床下部の特殊な神経核から突起(軸索)をのばし,その先端は下垂体後葉に達している。したがって,抗利尿ホルモンは下垂体後葉で放出されて血中に入る。抗利尿ホルモンは,血行を介して腎臓に達し,腎集合管の水の透過性を高めるようにはたらき,腎髄質における特殊な機構を介して水の再吸収を増加させる。その結果,尿は濃くなり尿量は減少する(これを抗利尿作用という)。この作用により,腎臓からは水より溶質のほうが多く排出され,初期の濃縮した細胞外液はうすめられることになる。逆に水を過剰にとり細胞外液の浸透圧が低下した場合は,ホルモンの分泌は減少または停止し,水の再吸収が低下して過剰な水分が尿中に排出される。この場合は,尿はうすくなり,尿量は増加する(これを水利尿という)。抗利尿ホルモンを介する機構と関連して体液の浸透圧調節に重要なのは,毎日の水摂取量に直接関係する渇-飲水調節機構である。視床下部には前述の浸透圧受容器とは別の部位に渇中枢(飲水中枢ともいう)とよばれる神経細胞群が存在しており,高浸透圧刺激で水を飲みたいという意識的な行動をおこさせる。なお,このような口渇感は,水を飲んだ直後,消化管から水が吸収される前に一時的にいやされる。これは食道や胃内腔をバルーンなどで機械的にひろげた場合でも同様である。このメカニズムは過剰な水摂取をさけるのに役立っている。
間質液
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百科事典マイペディア 「浸透圧調節」の意味・わかりやすい解説

浸透圧調節【しんとうあつちょうせつ】

浸透調節とも。生体において体液の浸透圧を一定に保つ機構。浸透圧調節はすべて生体にとって大きな問題だが,海水より低浸透圧の体液をもつ海水魚,淡水より高浸透圧の体液をもつ淡水魚などでは生存上必須となる。まわりの浸透圧が高いときには,水分を吸収,塩類を排出,逆に低いときには水分を排出し,塩類を吸収する機構が働く。一般に,排出器官である腎臓や,呼吸器官の鰓などがその担い手である。
→関連項目ホメオスタシス

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世界大百科事典(旧版)内の浸透圧調節の言及

【水分平衡】より

…そのために,体液よりも薄い尿を多量に排出し,それとともに失う塩類をえら(淡水魚)や皮膚(両生類)などから吸収する。浸透圧調節【佃 弘子】
[ヒト]
 成人の1日の標準的な水分出納を表に示す。食物や飲物による水分摂取はかなり変動し,それに応じて尿・大便中への水分排出は減ることがある。…

※「浸透圧調節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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