海洋生物(読み)カイヨウセイブツ

デジタル大辞泉 「海洋生物」の意味・読み・例文・類語

かいよう‐せいぶつ〔カイヤウ‐〕【海洋生物】

海に生息する生物の総称。植物は藻類が多く、高等植物はみられないが、動物では有孔虫などの原生動物からクジラなどの脊椎動物まで、ほとんどのが生息する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「海洋生物」の意味・わかりやすい解説

海洋生物
かいようせいぶつ

海洋に生息する生物の総称。約30億年前に暖かくて浅い海底の堆積(たいせき)物中で地球最初の生物が生まれたといわれている。そのころの地球の大気と海水中には遊離酸素がほとんどない状態であった。初期の生物は単細胞の細菌のような原核微生物であって、周囲の有機物を栄養源としていたが、そのうち光合成能力をもつ藍藻(らんそう)(らん色細菌)が出現し、大気や海水に酸素を供給し始めた。酸素は大気の上層でオゾンとなり、オゾン層は生物に有害な紫外線を吸収し生命を守る傘となった。それ以後、生物は水中や陸上に生活圏を広げ始め、環境に適応しながら進化して現在に至っている。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

海洋生物の種の数と分類

現在、海洋に生息している動物は約18万種、植物は約2万種である。分類学上の原生動物から脊椎(せきつい)動物までのほとんどの門の動物が海洋で生活している。その多くが底生生物である。海にだけすむ、または海が分布の中心である動物群はきわめて多い。原生動物門の放散虫・有孔虫類、海綿動物門、腔腸(こうちょう)動物門のクラゲ・サンゴ・イソギンチャク類、前肛(ぜんこう)動物門、毛顎(もうがく)動物門、環形動物門のゴカイ・ユムシ類、節足動物門のエビ・カニ・ミジンコ類、軟体動物門の二枚貝・巻き貝・イカ・タコ類、棘皮(きょくひ)動物門のウニ・ナマコ・ヒトデ類、原索動物門、脊椎動物門のクジラ類などである。植物も海洋にしか生息しない、あるいはほとんどが海洋に生息する門が多い。海洋の植物は藍藻植物門、珪藻(けいそう)植物門、渦鞭毛(うずべんもう)植物門などの単細胞植物が種の数と量の両方で圧倒的に多く、緑藻植物門、褐藻植物門、紅藻植物門もやや多い。陸上にみられるような高等植物の繁栄は海洋にはなく、浅海のアマモやマングローブ程度である。

 海洋生物を生活様式(生活形)によって、プランクトン浮遊生物)、ネクトン遊泳生物)、ベントス(底生生物)の3生物群に大まかに区分することができる。この3群のほかにニューストン(浮表生物)といって、カツオノエボシウミアメンボのように海の表面で生活している生物群もいるが、生活圏が小さいことと生活様式がプランクトンに近いためプランクトンに含めてもよい。この3区分は種・系統とは別の概念でなされるもので、たとえばネクトンである魚類や多くのベントスは卵・幼期にプランクトン生活をする。しかし、海洋の生産や生態を調査・研究する場合には都合のよい区分方法である。

 海洋生物を栄養の取り方から分けると独立栄養生物と従属栄養生物に分けることができる。独立栄養生物は太陽の光エネルギーを利用して光合成を行うクロロフィルをもった緑色植物と、硝化(しょうか)細菌や鉄細菌などのように無機物を酸化してその際生じる化学エネルギーを利用する化学合成細菌が含まれる。従属栄養生物は自分で有機物をつくることのできないもので、生物やそれらの死骸(しがい)、排出物などを餌(えさ)とする動物と光合成を行うことのできない大部分の細菌や菌類が含まれる。独立栄養生物を生産者、従属栄養生物を消費者ともいう。消費者のなかで細菌や菌類などは有機物を無機物にまで分解するので分解者(還元者)ともいう。海洋のなかでは生産者、消費者、分解者が共存して物質の循環を維持する調和のとれた生態系を維持している。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

海洋生物の分布

海洋生物は極海から熱帯海、海面から深海まで世界のあらゆる海に分布し、その場所の諸環境に適応した形態・生態の種がみられる。たとえば、寒帯と熱帯の海では環境が異なるので、表層の生物種はまったく異なっている。海洋生物の分布に影響を与えるおもな条件には次のようなものがある。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

到達光量

光は光合成を行う植物にとって必要なものであるが、太陽光は海中に入射するとすぐに水分子や微小浮遊物に吸収・散乱されるのであまり深くまでは届かない。光合成が可能な水層(真光層。日本では有光層とよばれてきたが、生物の感光限界までを含むので、正しい表現とはいえない)は、透明度が高い外洋域では海面から約200メートルまで、沿岸域では数十メートルまで、汚れた内湾域では数メートルまでである。植物プランクトンは世界中の海の光量の多い表層で生活しているが、それより深い水層では光量が不足しているので増殖できず、動物に捕食されたり、バクテリアによって分解されるのみである。底生植物の生活圏は光が届く真光層内の浅い海底すなわち沿岸域に限られ、分布面積は全海洋からみればきわめて狭い。極海の夏は光が十分なので植物がよく増殖するが、冬は不足するので減少する。植物が必要な光の強さと波長は種によって異なり、海洋植物に生息深度差が生じる。海洋の表層には赤色光が多く、それに適応した緑藻植物が繁茂し、紅藻植物が好む水深はやや深い青色光の世界である。海洋動物の形態・生態にも光の影響がある。ハダカイワシやある種の動物プランクトンは、昼間は光が微弱なやや深い海にいるが、夜になると表層に浮上して餌をとる。深海魚の目は種によって著しく発達したり退化していたりする。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

水温

海水は熱容量が空気よりも非常に大きいので温度の変動は比較的少ない。このため海洋生物が適応できる温度範囲は陸上生物よりも一般に狭い。その範囲は種によってさまざまであり、海洋生物の分布や生態は水温に影響されることが多い。サンゴ礁の形成には20℃以上の水温が必要で、熱帯・亜熱帯の海でよく発達する。スケトウダラの適水温は2~4℃、ニシンは4~7℃、日本付近のカツオは20~23℃である。生息している水温をもとに海洋生物を暖水性・冷水性、または寒帯性・温帯性・熱帯性に区分することができる。とくにプランクトンは水の動きに受動的であるから、海流や水塊を判別する指標として利用されている。海洋の1000メートルより深い深層の水温は10℃以下の低温で場所が異なっても1年中ほとんど変動しないので、深海生物の種や量は季節的にも地理的にも変動が少ない。しかし、表層の水温は吸収した太陽光や気温などの影響を受けて昇降する。顕著な例は季節的な変動で、そのときの水温に適応した種の活動が活発となり、表層の生物相は四季折々の様相となる。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

塩分

海水中の塩分(海水中に溶けている塩類の総量で1キログラム中35グラム前後)は生物細胞膜の浸透圧に影響する。海洋生物には種によってそれぞれ好適塩分範囲があり、その範囲を越えると、移動力があるネクトンなどは逃避し、プランクトンやベントスのように移動力が弱いものは死滅する。大雨のあと沿岸の海藻や魚卵が被害を受けることがある。サケやウナギのように海洋から陸水に生活環境を移す生物は、そのときに生理機能を変化させている。一般に熱帯や亜熱帯の外洋水は塩分が高く、寒帯や沿岸水は低く、それぞれに適応した生物が生活している。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

栄養塩類

海水に溶けているリン酸塩や硝酸塩などの栄養塩類は海洋植物の増殖に欠かせない物質である。植物の種ごとに必要な栄養物質の種類や量はそれぞれ異なる。植物の種と量は、それを餌とする動物の種と量にも関係する。栄養塩類の豊富な海域は一般に生物の生産が豊かである。沿岸域の光合成が可能な水層は栄養塩類が豊富であり、そこを分布の中心としている生物を沿岸種とし、栄養塩類の少ない外洋域の生物を外洋種として水塊の判別に利用している。しかし、外洋域でも赤道付近の湧昇(ゆうしょう)域のように、豊富な栄養塩類が下層から供給されるところでは、生物生産が盛んであり、生物相も沿岸域に似ている。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

海底の状態

主としてベントスの生態・形態に影響する。海底の状態が岩礁、石、砂、泥によって、それぞれに適応した生物がすみつき、それらを餌とする生物の分布にも関係している。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

海水の比重

海水の比重(一定容量の海水の重さで、1ccの海水の重さは1.01~1.05グラム)は、水温が高いと軽く、塩分が濃いと重くなり、おおむね海面がもっとも軽く、深くなるにつれ重くなる。この海水の比重のために、海では10メートルの深さごとにおよそ1気圧の圧力が加わる。移動力が弱いプランクトンが好適水深でつねに浮遊するためには、周囲の海水と生物体がほぼ同比重であることが必要である。これを浮遊適応といい、体積や体形を変化させたり、粘液、油粒、ガスを発生・保持して比重を調節している。海水と生物体の比重がほぼ同程度であることは、体重保持のためのエネルギー節約につながる。もしクジラが陸にすむとすれば、巨体を支える頑丈な足と骨格が必要となり、運動エネルギーが大きくなるので、必要餌量(じりょう)は海洋で生活する場合より多くなる。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

垂直分布

海洋は1万メートル以上の深度をもっている。深海は圧力が高いために(1000メートルで100気圧)生物は生存できないと考えられていた時代もあったが、現在ではその考えは誤りであり、1万メートルの超深海帯からも生物の存在が記録されている。一般に深度によって特有の生物種が生息しており、深度が増すにしたがって生物は種や量が減少する。海は干満により海面が上下し、この部分を潮間帯という。潮間帯は干出、降雨、太陽の直射光にさらされ、海洋のなかではもっとも生活環境が厳しい。海面から深度200メートルまでは浅海帯で、クロロフィルをもった植物は浮遊性のものも定着性のものもすべてここで生活する。沿岸域では定着性のコンブなど大形海藻類や種子植物のアマモ群落などが発達し、それらを餌とする動物も多い。また、このような藻場(もば)は稚魚(ちぎょ)の成育場としても重要である。200メートル以深がいわゆる深海で、そのなかをさらに200~3000メートルを漸深海帯、3000~6000メートルを深海帯、6000メートル以深を超深海帯といい、ここに生活する生物を深海生物とよぶ。生物といっても、光がまったくないので独立栄養を営む植物はなく、細菌などを除いては動物のみの世界である。

 大部分の動物プランクトンは日中は深層におり、夜間に表層に浮上してくる。これを日周鉛直移動という。昼間は視覚によって餌をとる魚などから逃れるために暗い深層におり、夜間餌をとるために表層に移動するといわれるが、理由はまだ十分に解明されていない。移動の距離は種により、また成長段階によって異なるが、20~30メートルから300~400メートルにも達する。この移動の結果、植物プランクトンが表層で生産した有機物は短時日のうちに深層に運ばれて深海動物に供給され、海洋の生物生産や物質循環に大きな影響を与えている。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

食物連鎖

海水中の無機物が植物プランクトンの光合成で有機物となり、植物プランクトン量は増加する。これを動物プランクトンや幼魚などの植食動物が餌とする。植食動物はイワシやサバなどの小形肉食動物の餌となり、さらに小形肉食動物はマグロなどの大形肉食動物に捕食される。このつながりを食物連鎖という。摂餌(せつじ)量の約10%が捕食動物の増肉になるので、マグロを1キログラム太らせるためには約1000キログラムの植物プランクトンが必要である。

 この食物連鎖の概念は海洋の生産を把握するために有効であるが、実際にはこれほど単純ではない。たとえば中形肉食魚には餌として小形肉食魚だけではなく、植食動物や植物プランクトンを対象とする場合がある。同一段階の間でも捕食・被食関係が複雑である。また、すべての段階の排泄(はいせつ)物は細菌が分解して有機物とし、これを植物プランクトンが利用する。

 このように食物の循環にはその海域のすべての生物が複雑に網目のように絡み合っているので、食物網とよんだほうがよい。この食物網は内湾・沿岸・外洋、浅海・深海、藻場、サンゴ礁、マングローブ域などの環境に応じてそれぞれ異なっている。これらの諸要因を考慮して海洋生物の年間生産量を生重量で見積もると、植物プランクトンの純生産量は炭素の重量として約2000億トン(生重量では約4000億トン)、魚類は生重量で約2億4000万トンである。近年(2006~2010)の世界の海の年間漁獲量は約9000万トンである。

[佐野 昭・高橋正征・村野正昭]

『山本護太郎著『海の生態系』(1977・海洋出版)』『清水潮著『海の微生物たち』(1982・大月書店)』『日本海洋学会編『海と地球環境』(1991・東京大学出版会)』


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