海岸保全(読み)かいがんほぜん

改訂新版 世界大百科事典 「海岸保全」の意味・わかりやすい解説

海岸保全 (かいがんほぜん)

津波高潮,波浪,海岸浸食などの被害から海岸を防護すること。

 海岸保全の重要性は,国によって差異があるが,周囲を海に囲まれた日本の場合,その重要性は非常に大きいといえる。海岸線を介して水産物を享受し,運輸の場として海洋を利用してきたばかりでなく,国土の70%が山地に覆われていることから沿岸農地として利用するために古くより干拓を行ってきたし,明治以降,とくに昭和30年代からは,臨海工業地帯造成や,都市の開発を目的として,大規模な埋立てを行ってきた。このように地域は高度に利用され,そこには莫大な資産が蓄積されているとともに,多数の住民の生活の場ともなっている。一方,日本の地理的な環境を見ると,赤道地域に発生する台風の常襲地帯となっており,さらには地震の頻発地域でもあり,高潮,高波,津波によって沿岸が災害を受ける可能性も非常に大きい。海岸保全の重要性を位置づけるものに上記のほか海岸浸食の問題がある。海岸を大別すれば,岩石海岸と砂れき海岸からなるが,前者は波や流れの作用によって変形されにくいが,後者は比較的容易に変形される。1995年度の海岸統計によれば,日本の海岸線延長約3万4600kmの40%以上には保全のために何らかの施設を必要とするとされている。砂れきの海岸は,その周辺に流入する河川によって流送されてきた土砂を主要な供給源として形成されていることが多い。海岸を形成する土砂は,波の作用や,波によって誘起される海浜の流れによって輸送され,また飛砂として風によって運ばれる。そこで,当該の海岸に供給される土砂量とそこから運び去られる土砂量との大小関係によって,海浜の土砂が増加(すなわち堆積)するか,減少(すなわち浸食)するかが決められる。このように考えれば,海岸での堆積や浸食はいつの時代でも起こっていたことになる。しかしながら,かつては,河川からの供給土砂量が豊富であったために,海岸線の前進する個所が多かったと考えられる。明治時代以降,治水や利水の目的で,河川改修が大規模に行われ,上流にはダムが築造された。ダムによって流量は制御され,洪水のピーク流量は平滑化され,災害は軽減されるとともに,灌漑,給水,発電に多大の効用を発揮した。しかし,近年ダムの堆砂が問題にされていることからも明らかなように,河川の流送土砂はダムによってためられ,海岸への供給土砂量は著しく減少した。このことは海岸での土砂収支の均衡を破る結果となったのである。もう一つ見のがせない問題は,海岸に防波堤をはじめとして,多くの構造物が築造されたことである。これらの構造物は,それぞれの機能を果たすのに有効ではあるが,一方では沿岸を移動する漂砂に対しても大きな障害物となり,海浜土砂の移動量の分布に変化を生じさせた。このような人為的な要因で海浜変形の生じた事例は多い。

 第2次世界大戦後,各地で海岸浸食が問題となり,調査研究が行われたが,海岸保全の重要性が公的に確認されたのは,1953年9月の台風第13号による伊勢湾沿岸の高潮災害によってであり,56年に〈海岸法〉が制定され,海岸保全区域の設定がなされた。また58年には共通の技術基準として海岸保全施設築造基準が制定された。日本の海岸は都道府県知事によって管理されているが,その上級監督官庁としては,建設省,運輸省,農林水産省,水産庁があり,それぞれ所管の海岸を管轄している。
海岸浸食

海岸を保全するためには,その問題となる原因を除去することが最善ではあるが,多くの場合にそれは不可能であり,海岸保全事業は波などの外力の効果を軽減する形で実施されている。海岸保全事業は,高潮対策事業と海岸浸食対策事業とに大別される。前者は高潮や津波による災害を防御するためのものであり,海岸周辺に構造物を築造するばかりでなく,都市計画,道路計画などにも及ぶものである。一方後者は,海岸浸食により海岸線が後退し,国土が失われるのを防ぐための事業である。海岸保全は,従来,災害防御対策の観点のみから考慮されてきたが,近年自然海浜が急速に失われつつある現状を考え,積極的に自然海浜を保全し,さらには造成することの重要性が認識されるようになった。

上記の海岸保全事業を行うために,種々の海岸保全施設が築造される。これらの構造物を大別すれば,(1)海岸堤防および海岸護岸,(2)突堤および導流堤,(3)離岸堤になる。海岸堤防と海岸護岸は陸岸を防御するために,海岸線に並行して作られる構造物で,高潮対策のために用いられる場合には防潮堤と呼ばれることがある。導流堤および突堤はいずれも海岸から沖に向かって突出して築造された構造物である。前者は河川の流れを速やかに流出させ,背後地が浸水しないようにするための構造物で河口の片側あるいは両側に設けられる。河口港などにおいては防波堤や航路水深を維持する目的を兼ねさせる場合もある。突堤には,沿岸漂砂を捕捉(ほそく)して海岸の後退するのを防ぐために適当な間隔に櫛(くし)状に設けられるものと,港内に漂砂が回り込むのを防ぐために設けられる防砂突堤とがある。離岸堤は海岸線にほぼ並行して設けられた,比較的簡単な防波堤の一種である。その背後に静穏な水域を作り,そこに沿岸漂砂を沈殿させて,海岸浸食を防御しようとするもので,多くの場合には,あまり深くないところに適当な間隔で設けられる。

 以上のような海岸構造物によって,直接的に海岸を保全しようとするのに対して,自然海浜は波のエネルギーをもっとも有効に消耗させる場であるという考え方に立ち,養浜工が採用されるようになってきた。これは,他の場所(沖の場合もありうる)から土砂を運び,海浜を造成する工法であり,海浜から土砂が流出するのを防ぐために,突堤や頂部が静水面以下にある潜堤を併用する場合が多い。
護岸 →堤防
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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