日本大百科全書(ニッポニカ) 「浮力」の意味・わかりやすい解説
浮力
ふりょく
buoyancy
重力場に置かれた流体内に物質を置いたときに、流体から物質にかかる力のこと。
地球表面の静止流体中に置かれた箱を考えてみよう。箱の高さをhとすると、箱の上面での流体の圧力pは、下面の圧力p0とp=p0-ρghの関係にある。ここにρは流体の密度、gは地球の重力加速度である。この関係は、流速をゼロとしたベルヌーイの定理から得られる。箱の上下面の面積をSとすると、箱には全体として、上向きにF↑=Sp0(圧力は単位面積当りの力である)、下向きにF↓=Spの力が働くことになり、差し引きΔF=S(p0-p)=ρghSだけ上向きの力が大きく、箱を浮かせようとする。これが浮力である。この浮力の大きさは、箱の体積がV=hSであることから、ΔF=ρgVとなり、ちょうど箱の中に流体をいっぱいに満たしたときの重さに等しいことがわかる。浮力は重力と反対方向に働く力であり、物体の重心に作用する。これを浮力の中心という。したがって、真空中で質量Mの物体を流体中に置くと、重心にf=Mgの重力とΔF=mgの浮力(mは、物体が押しのけた流体の質量)が働き、結局、f-ΔF=(M-m)gの力しか受けないことになる。「水の中の物体は、それが押しのけた水の量だけ軽くなる」というアルキメデスの原理は、このようにして理解できる。昔、鉄の船が浮かぶことに人々は驚いたが、中空にして船が押しのける水の質量mを、鉄の全質量M以上になるよう設計すればよいわけである。しかし、船が傾いて、押しのける水の量が減ったとき、浮力は減るが船の重量は変わらないため沈み、浸水がおこって沈没することがある。
温められた空気が上昇気流になったり、やかんの底から湯が対流で上昇するのも、浮力のためである。このとき、空気や湯の温められた部分では膨張し密度が小さくなる。したがって、周りの温められていない部分と同じ体積で比べると、温められた部分の空気や水の分子の数は少ないため軽くなっているのである。これは、ヘリウムガスの風船が浮くのは、風船中のヘリウムガス(と風船)の重さが押しのけた空気の重さより小さいのと同じ理由である。最近では、高価なヘリウムガスの風船より、手近なバーナーで空気を熱して浮かせる熱気球がレジャーによく使われている。
[池内 了]
動物の浮力調節
水生動物には、体の比重を調節して自分が生活する深度を一定に保ったり、また垂直に移動したりするものが多い。浮遊生物(プランクトン)は一般に小形のものが多く、体表に複雑な突起があって沈降速度が遅くなっているものや、体内に気体、油滴などを蓄える浮遊への適応がみられる。ヤコウチュウは液胞にアンモニウム塩が多く、また放散虫でも外肉中に多数の液胞があり、それらが浮力調節に役だっているといわれている。海産渦鞭毛(うずべんもう)虫類には、外界と通じた液胞(水嚢(すいのう))があり、その体積変化により比重が変化する。魚卵には、油滴によって浮力を得て水面近くに浮遊するものが多い。クダクラゲ類(カツオノエボシ、カツオノカンムリ)の群体には、気泡体といわれるガスの袋があって水面に浮遊する。多くの魚類には、うきぶくろが発達している。うきぶくろの体積は赤腺(せきせん)から酸素を主とするガスが分泌されて大きくなり、そのガスが卵円腺から吸収されて小さくなる。また、うきぶくろの体積は魚のいる深さによって変化するので、魚が卵円腺からのガスの吸収にまにあわないほど急激に浮上すると、うきぶくろが膨張しすぎて浮力の調節能力を失う。チョウザメ、サケ、コイなどの魚は、成体になってもうきぶくろは外界に通じているので、浮力の調節は空気の出入によって行われる。また円口類、サメ・エイの類にはうきぶくろはない。コウイカの甲やオウムガイの殻は、中の体液の浸透圧濃度を下げることによって水を抜き、気体で占められる部分の体積を調節する浮力調節器官である。
[村上 彰]