泉(湧泉)(読み)いずみ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「泉(湧泉)」の意味・わかりやすい解説

泉(湧泉)
いずみ

地下水が、地下水流動系の流出域の抵抗の弱い部分で自然に地表へ湧(わ)き出しているところ。湧泉(ゆうせん)ともいう。ヨーロッパでは16、17世紀まで、泉や地下水の起源は、地下の岩石に隠れている巨大な貯水池で、海から地下を通ってきて塩分の抜けた水がたまったものであると信じられていた。このような考えを水の逆循環説という。現在では泉の降水起源説が定説となっている。

[榧根 勇]

地形や地質による分類

泉は水文地質状態によって次のように分類できる。

(1)不圧帯水層の露頭から出る泉 地下水面と地表面との切り合いに生じる泉で、地下水面下に切り込んでいる河川の河畔にできる沿河泉(えんかせん)、谷の側壁に発達する谷壁泉(こくへきせん)、崖(がけ)の下に発達する崖下泉(がいかせん)、地下水面まで達している小窪地(くぼち)にある凹地泉(おうちせん)、扇状地の傾斜が緩くなる扇端(せんたん)部にみられる扇端泉などがある。一般にこの型の泉の規模は小さい。

(2)透水層と不透水層が互層をなしている所から出る泉 不透水層が侵食されて被圧帯水層が地表に露出し、被圧地下水が湧出する泉で、地質構造によって単斜泉、向斜泉、背斜泉および不整合泉に分類できる。

(3)溶食洞から出る泉 カルスト地形の地域に多くみられる泉で、地下水は岩石の節理系統や割れ目に沿ってできた管や洞窟(どうくつ)の中を流れる。この種の泉には巨大なものがあり、南フランスの石灰洞から出るボークリューズの泉は豪雨後には湧出量を増し毎秒120立方メートルに達するが、乾期には毎秒6立方メートルに減じる。秋吉台(あきよしだい)の秋芳洞(あきよしどう)の湧水は200ヘクタールの水田を灌漑(かんがい)していた。

(4)溶岩中から出る泉 溶岩の割れ目や透水性の火山砂礫岩(かざんされきがん)などから出る泉で、火山山麓(さんろく)や溶岩台地の末端部にみられ、大湧泉が多い。富士山の三島溶岩から湧き出す静岡県三島市や柿田川の湧水の湧出量は、合計して毎秒15立方メートルで日本一と称せられた。

(5)岩石の割れ目から出る泉 岩石の割れ目系統を雨水が満たし、水が低い地点まで流下して湧出するものと、断層などで地下に不連続が生じ割れ目から地下水が自噴するものとがある。

[榧根 勇]

湧出状態による分類

富士山の白糸ノ滝(しらいとのたき)のように、岩の割れ目からほとばしり出る泉を逬出泉(へいしゅつせん)という。昔の人はこれを走井(はしりい)とよんだ。盆状のくぼんだ底から湧出し池のようになっている泉を池状泉(ちじょうせん)という。山中湖北西の忍野八海(おしのはっかい)は深さ2メートルに達する有名な池状泉である。また、どことなく水が湧出して沼沢状をなすものを湿池泉というが、これは河岸の葦原(あしはら)のように、相対的に低地帯である所でよくみられる。湖底や海底など水中へ流出する湧水もある。琵琶湖(びわこ)の西岸には湖底湧水が、海に面する富山県黒部川扇状地の沖合には海底湧水が、それぞれ多数ある。大規模な海底湧水はフロリダ半島など石灰岩地帯に多い。

 湧出量が周期的に変化する間欠泉(かんけつせん)はカルスト地形の地域に多く、岩石中の空洞のサイフォン作用によるものと思われる。広島県帝釈峡(たいしゃくきょう)の「一杯水(いっぱいみず)」はこの種の泉として有名である。熱水と水蒸気の混合物を周期的に噴出する間欠沸騰泉は温泉の一種で、アイスランドのガイサー、アメリカのイエローストーン国立公園のものが有名である。日本にも熱海大湯(あたみおおゆ)や宮城県鬼首(おにこうべ)に間欠泉があったが、いまは噴出していない。1983年(昭和58)6月に長野県の諏訪湖(すわこ)東岸で大規模な間欠泉が掘り当てられた。

[榧根 勇]

水温

浅層地下水の湧出している泉の水温は年変化するが、恒温層以下の地下水では年変化しない。徳島県吉野川右岸の江川(えがわ)湧泉の水温は7~8月に9℃、12~1月に22℃になり、その原因は、河川水が地下に伏流し湧出するまでに遅れが出るためといわれている。日本の温泉法では25℃以上は温泉になる。

[榧根 勇]

水利用

カルスト地形の地域には河川がなく、泉が唯一の水源である。乾燥地域では集落はオアシスに立地する。また崖錐(がいすい)(崖下に堆積(たいせき)した岩屑(がんせつ))や扇状地に横井戸を掘って人工的な泉をつくり灌漑(かんがい)などに利用している。これらの横井戸には地方によって異なった呼称があり、イランではカナートqanat、アフガニスタンではカレーズkarez、北アフリカではフォガラfoggaraなどとよばれており、日本の鈴鹿(すずか)山麓にも「マンボ」とよばれる同種のものがある。日本の火山山麓や扇状地末端の泉は、水量が豊富で、水温の年変化が少ないため、マス類やアユ類の養殖に適しており、岩手山麓、那須(なす)山系、日本アルプス山系、富士山麓、伊吹山麓、阿蘇(あそ)山麓、霧島山系などで大規模な養殖が行われている。山間部には湧水を利用したワサビ田も多い。1985年(昭和60)に環境庁(現、環境省)が選定した「昭和の名水百選」の約8割が湧水であり、その後20年以上が経過して新たに選定した「平成の名水百選」も、その6割以上が湧水である。日本の湧水量は降水量の減少、地下水揚水量の増加、減反(げんたん)政策による水田からの浸透量の減少などにより減少傾向にある。環境省は2010年(平成22)に「湧水保全・復活ガイドライン」を作成し、先進的な取り組み事例を紹介している。

[榧根 勇]

日本の民俗

大都市や離島を別にすると、日本は水の豊かな国である。人口が少なくて、自由に住居を選ぶことのできた時代には、まずきれいな水が手近にある所に家を建てて住み着いたであろう。泉は出水(いずみ)の意である。各地の方言にも同類のことばが多く、「でみず」「ですい」を基本形として、「でみ」「です」「ねみず」などがある。「しょうず」「しゅうず」などは「そうず」(添水)の転で、また「すず」というのは、泉の湧き出る音からきた名称と思われる。また「ひぐち」「ふね」は水を受ける設備の名の転用であり、「かま」「がま」「ほら」は地形からきている。「しみずいど」「ぼくぼくみず」などの表現もある。長崎県の平戸島(ひらどしま)や五島列島(ごとうれっとう)では、臨終の病人が「望み水」ということをする。これは、泉や井戸のなかでとくに冷たくて水質のよいものを指定して、死ぬ前にその水を飲みたいと希望するものである。飲み慣れた故郷の水を思う存分飲んでから、静かに息を引き取るのである。

 掘抜き井戸の技術の発達しなかったころは、飲料水源としての泉の必要は切実で、神の恩恵とも考えていたから、傍らに水神を祀(まつ)り、旱天(かんてん)にも干上がることのない泉は、霊泉と崇(あが)められた。また、たとえば長野県戸隠(とがくし)神社の霊泉は、日照りが続いても水量の豊かなことで知られており、旱天が続くと近在から雨乞い(あまごい)にくる。おのおの容器を持って参拝し、霊泉の水を頂いて帰る。それを田に少しずつ振りまくと、雨が降るというのである。

 泉にまつわる伝説も多い。とくに弘法水(こうぼうすい)の伝説は全国に広く分布している。弘法大師が諸国を巡るうち、水がなくて困っている所で、杖(つえ)をついて教えたとか、水を求めたら遠くへ行って汲(く)んできたので、お礼に杖をついて水が出るようにしたとか、不親切にしたため水が出なくなったとか、種々の語り方がある。

 あるいは、歴史上の著名人がその水を硯(すずり)水に使ったという「硯水」や「筆清水」、武将が矢を射た所から湧いたという「矢の根清水」、著名人が産湯に使ったという「誕生水」や「産湯水(うぶゆみず)」、孝行息子が酒好きの父親のために清水をくんで与えたら、その水が酒になったという「子は清水」、高貴な姫や長者の娘が化粧に使ったという「化粧清水」、白粉(おしろい)を溶いて旅の化粧くずれを直したという「白粉水」、自分の姿を映したという「姿見の井」など、泉の伝説が数多く伝承されているのは泉のほとりで神を祀り霊泉を神に捧(ささ)げた名残(なごり)であろう。

[井之口章次]

世界の民俗

泉は、英語の場合に井戸と同じくwellとよばれるように、井戸と共通する民俗をもち、しばしばともに崇拝の対象となる。セム系諸民族の世界観では、乳状の液体をたたえる楽園の泉が存在する。その液体は、生命の樹(き)から滴り、あるいは流れ落ちる神秘的物質であり、生命を養う働きをもつといわれる。この観念は、北・中央アジアに伝わり、ヒンドゥー教やイスラム教のなかにも受け継がれ、ヨーロッパ世界にも広まっている。エデンの園の泉は、「青春の泉」の伝説を生み、またロマネスクやゴシックの僧院建築において、中庭の中心に噴水をもつ様式は、この観念を表している。生命力を象徴する泉は、それゆえ、病気を治したり、予防するのに効果があるとされる。南フランスの一地方では、夏至(げし)のときに若者たちが特定の泉で水浴をする。そうすることにより、その年に熱病にかからないといわれる。イギリスのウェールズ北部の聖ウィニフリードSt. Winifrideの泉は、不妊症などに効くと伝えられている。同じイギリスのドーセットには聖オーガスティンSt. Augustineの泉があり、この聖者が伝道の途中で水を欲して杖を突き刺したところ、水がわいたという伝説をもつ。このようにヨーロッパの泉崇拝は多くキリスト教の聖者伝説に結び付いている。それは、異教の風習がキリスト教に取り入れられたものである。ローマのトレビの泉のように願いをかける泉が各地に存在することや、19世紀なかばに一人の少女が聖母の姿を見て以来さまざまな奇跡をもたらす南フランスのルルドLourdesの泉が、現在も有名な巡礼地であることは、泉をめぐる宗教的観念の根強さを示している。

 古代ギリシアの風習では、泉が雨乞いにも用いられた。ゼウスの祭司がカシの枝を山頂の泉に浸して雨の呪術(じゅじゅつ)を行った。また特定の聖なる泉や井戸の水を一杯飲むと、預言する力を与えられたと伝わる。さらに、ギリシア人が贖罪(しょくざい)の供え物をしたあとで、川や泉で体を洗ったといわれるように、泉の水は清めの力ももつとされた。

[田村克己]

『水みち研究会編『水みちを探る――井戸と湧水と地下水の保全のために』(1992・立川けやき出版)』『南正時著『湧水百選 おいしい水ガイド』(1994・自由国民社)』『日本地下水学会編『名水を科学する』(1994・技報堂出版)』『竹下節子著『奇跡の泉ルルドへ』(1996・NTT出版)』『日本地下水学会編『続名水を科学する』(1999・技報堂出版)』『佐藤邦明・岩佐義朗編著『地下水理学』(2002・丸善)』


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