河岸問屋(読み)かしどんや

世界大百科事典(旧版)内の河岸問屋の言及

【河岸】より

…【保立 道久】 河岸は江戸初期に年貢米や領主荷物輸送のために,大名,旗本,幕府代官等によって新設された場合が多いが,中世の〈津〉の系譜をもつもの,寺社参詣の旅人の乗降によってできたもの,後には通船の利益を目的に商人等によって設けられたものもある。領主階級によって設けられた河岸でも,商品流通が発展してくると,河岸問屋ができて一般商荷物輸送も扱うようになり,輸送量は増大する。関東の場合,幕府は1689‐90年(元禄2‐3)に各地の代官を動員して支配領域を越えた河岸の調査を行ったが,そのときの対象河岸は80余に及んだ。…

【水運】より

…関東では,年貢米輸送を最大の契機として開発された水運路と輸送機構である河岸は,1690年(元禄3)に幕府の統一的な吟味を受けて一応の完成をみるが,同時に水運は年貢米輸送ばかりでなく一般商荷物輸送等も担当するようになり,既成の河岸以外の所に新河岸が発生する。既成の河岸,とくにその中心である河岸問屋は,水運の独占を望んで幕府・領主権力と結び,運上金上納を代償に新河岸・新問屋禁止の特権を獲得する。明和・安永期(1764‐81)幕府による関東全域にわたる河岸問屋株の設定公認は,既成河岸独占体制の完成を示すものであった。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」