沖縄人民党(読み)おきなわじんみんとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「沖縄人民党」の意味・わかりやすい解説

沖縄人民党
おきなわじんみんとう

沖縄の政党。第2次世界大戦後にアメリカ合衆国統治下に置かれた沖縄(→沖縄県)で,1947年7月に結党ポツダム宣言趣旨にそって,沖縄に民主主義を実現することを目標に掲げて結成された。アメリカによる統治とアメリカ軍基地に強く反対し,対日講和条約第3条の撤廃と日本への即時無条件全面復帰の実現などをスローガンに掲げた(→沖縄返還)。1956年書記長瀬長亀次郎を那覇市長に当選させたが,アメリカ当局によって 1年足らずで解職された。1970年11月の国政参加選挙で瀬長が衆議院議員に当選(→衆議院議員総選挙)。沖縄の日本復帰後の 1973年10月,日本共産党に組織的合流を決定し,日本共産党沖縄県委員会として発足した。

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百科事典マイペディア 「沖縄人民党」の意味・わかりやすい解説

沖縄人民党【おきなわじんみんとう】

瀬長亀次郎,兼次(かねし)佐一らが,1947年に結成した左翼政党。日本共産党友党として米国の沖縄統治に反対し,本土復帰を最も強く主張した。1973年共産党と合併

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「沖縄人民党」の意味・わかりやすい解説

沖縄人民党
おきなわじんみんとう

人民党

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世界大百科事典(旧版)内の沖縄人民党の言及

【沖縄[県]】より

… 対日講和の構想が明らかにされるころから,沖縄では日本復帰運動の組織的活動が開始される。1951年4月,沖縄社会大衆党(社大党,1950年10月結党),沖縄人民党(人民党,1947年7月結党)を中心に〈日本復帰促進期成会〉が初の超党派的復帰運動体として結成された。50年代の沖縄の民衆運動は軍用地問題をめぐる島ぐるみ闘争に象徴されるが,その爆発的契機となったのは,56年6月のプライス勧告である。…

【瀬長亀次郎】より

…40年除隊し,《毎日新聞》沖縄支局記者,46年《うるま新報》社長となる。47年沖縄人民党を結成し,書記長となり,52年琉球立法院に当選,就任式では1人アメリカへの宣誓を拒否した。54年10月人民党はアメリカの反共政策で弾圧され,他の党員とともに検挙される(人民党事件)。…

※「沖縄人民党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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