(読み)いけ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「池」の意味・わかりやすい解説


いけ

池とは、湖と同じく窪地(くぼち)にたまった水をさすが、水域の規模が小さい場合に多く使われる。湖沼学では、水深5メートル以下のとき、沼または池とよぶことにしているが、この区分は厳密なものではない。池は自然湖沼にも使われるが、人工の水域、すなわち貯水池や溜池(ためいけ)に使われる場合が多い。

 日本には21万か所に近い農業用溜池があり、なかには水深10メートル以上の大きな溜池も多いが、その多くが池の名でよばれている。庭園の人工的な水域も池の名でよばれる。小さな自然湖も池というが、例外的に鹿児島県の鰻池(うなぎいけ)(水深56メートル、面積1.15平方キロメートルの火山湖)などの中規模の湖でも池の名でよばれることがあり、湖沼学上の定義と実際の呼び名は一致していない。

[新井 正]

池と庭園

日本庭園の池の古い例は、推古(すいこ)天皇の時代の蘇我馬子(そがのうまこ)の庭園のそれである。池と島の景によって、馬子は島の大臣(おとど)とよばれ、その邸(やしき)の跡につくられた離宮は島宮(しまのみや)とよばれた。奈良時代の池は、平城京左京三条二坊から発掘されている。平安時代には寝殿造の住宅の南部に池が設けられ、庭園に関する書『作庭記』も著された。平安時代には、宇治の平等院、平泉の毛越寺(もうつうじ)のように、浄土教寺院にも池がつくられている。同様の系統に浄瑠璃寺(じょうるりじ)、円成寺(えんじょうじ)の庭園がある。室町時代には、禅宗寺院の三門前の放生池(ほうじょうち)や永保寺(えいほうじ)の庭園のほか、鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺)、慈照寺(じしょうじ)(銀閣寺)の庭園などがある。主殿造の住宅にも池を中心とする観賞用庭園がつくられたことが屏風絵(びょうぶえ)などから知られる。近世には、郊外の別邸に、池を中心とする大規模な庭園がつくられた。京都の桂離宮(かつらりきゅう)、修学院(しゅがくいん)離宮などのほか、東京の六義園(りくぎえん)、岡山後楽園(こうらくえん)、金沢の兼六園、熊本の水前寺(すいぜんじ)公園、高松の栗林(りつりん)公園など、池を巡って景色を楽しむ回遊式庭園がよく知られている。近代の公園内の池は、西洋庭園の形式でつくられたものが多い。

 西洋庭園は、ローマ時代の中庭の池や別邸の池に始まり、ルネサンス・バロック時代には、ローマの噴水を中心とする池、ベルサイユ宮殿の庭に設けられた幾何学的形態のきわめて人工的な巨大な池などがよく知られている。

 東洋においても、中国における自然の風景を模した明(みん)・清(しん)代の園林の池があり、その規模も広大なものから、住宅前庭の奇岩をあしらった小さなものまでさまざまである。

[平井 聖]

池と人間生活

水田耕作地の広がるアジア地域では、日本と同様に池と農村生活は切り離すことのできない密接な関係にあり、これに関するさまざまな宗教儀礼、伝説を有している。朝鮮半島の池の起源も灌漑(かんがい)耕作と結び付いているようで、遠く『三国史記』にも百済(くだら)、新羅(しらぎ)の国々で利用されていた記録が残っている。したがって、日本古代の池の築造に際し、その技術、知識が少なからず影響を与えたという推測もなされている。このほか朝鮮の池には、支配者の王宮に付き物の宮苑池(きゅうえんち)、仏教寺院の蓮池(れんち)が見受けられ、日本と類似している。中国では、前記の池のほか、戦国時代から防護、飲料を目的とした軍事施設、養魚場といった多目的な池の姿をみいだすことができる。またカンボジアでは、仏教寺院建立、維持のための盛り土を採取したあとの窪地が池になったという例が多く、これらは同時に貯水、排水の機能も兼ねている点で、伝統的な知恵の結晶といえる。また寺院の境内には沐浴(もくよく)のための池が設けられる一方、有名なアンコール・トム遺跡にみられるように、王宮には大池がかならずつくられ、王権の神聖化の道具として利用された。中米グアテマラにあるマヤ文明の大遺跡ティカルでは、採石場の跡が池になり、マヤ人がここから飲料水を得ている。またメキシコ、ユカタン半島のチチェン・イツァー遺跡には、「いけにえの池」とよばれ、人身供犠(じんしんくぎ)(人身御供(ひとみごくう))の伝説が語り伝えられている池がある。

[関 雄二]

池の伝説

湖沼を含めた池の伝説は、水面の音の変化によって神意を尋ねようとするもの、主人公の入水(じゅすい)によって水が霊を宿すという類がほとんどである。念仏を称(とな)えると反応が現れるという前者の類では、池底から泡や砂の湧(わ)くもの(山形県酒田市東部の旧平田町地域、千葉県君津(きみつ)市など)があり、念仏池とよばれる。中近世の非僧非俗の聖(ひじり)たちの唱導から生まれた伝説であろう。姥ヶ池(うばがいけ)は老女投身によりその池が返事をするという類。主人公が行者であれば念仏池と同型となる。水に縁のある巫女(みこ)や憑坐(よりまし)が姥神に変わってこの型の伝承が伝えられたと考える。これは昔話「金(こがね)の鉈(なた)」「竜宮童子(りゅうぐうどうじ)」にも共通し、母子神信仰とも関係がある。『沙石(しゃせき)集』巻8「阿曽(あそ)沼の鴛鴦(えんおう)」など、断片を含めて説話文学に登場する真菰池(まこもいけ)の伝説は、オシドリの雌雄どちらかが射(う)たれて無事なほうも死ぬという類。長野県伊那(いな)市東光寺の縁起であるそれは、発心譚(ほっしんたん)になっている。そのほかに、機織淵(はたおりぶち)に同じく水底に機を織る音が聞こえるという類は、若い女性の投身と結び付いている場合が多い。

 池の主を蛇とするもの、または蛇が土地の娘と結ばれてその娘の入水に発展する伝説も、水の神とそれを祀(まつ)る巫女の伝承から生まれたものと考えられる。また、鞍池(くらいけ)、馬取池(うまとりいけ)などと称して、馬の入水によりある特定の日に水底に鞍が見えるという伝説も、水の神が馬に乗って臨幸する伝承から脚色されたものであろう。

 深いよどみをたたえた水の神秘性と、生活に欠かせなかった水には、古代からさまざまな伝承が付帯し屈折を経てきた。池に限らず、清水、井、淵などには、霊異を感得した伝承が多い。それらがさまざまの入水譚を創作し、またはそこにすむ主の怪異譚を生んだのであろう。そしてこれらの伝説は、水の霊を鎮める人々の手によって管理され、伝播(でんぱ)してきたものと考えられる。

[渡邊昭五]


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精選版 日本国語大辞典 「池」の意味・読み・例文・類語

いけ【池】

〘名〙
① くぼ地に水が自然にたまった所。または、地面を掘ったり土手を築いたりして水をためた所。ふつう、湖沼より小さいものをいう。
※古事記(712)中・歌謡「水たまる 依網(よさみ)の伊気(イケ)の 堰杙(ゐぐひ)打ちが 刺しける知らに」
(すずり)の、水をためておくくぼみ。海。
※玉塵抄(1563)一三「その硯の池の中に黄なちいさいつぶせに打ほどな石があったぞ」

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デジタル大辞泉 「池」の意味・読み・例文・類語

ち【池】[漢字項目]

[音](漢) [いけ
学習漢字]2年
〈チ〉
いけ。ほり。「池魚池沼池畔園池金城湯池貯水池
水などをためるもの。「硯池けんち電池墨池
〈いけ〉「古池

いけ【池】[絵画]

朝鮮出身の画家山口長男による油絵。昭和11年(1936)制作白地に黒や黄、、ピンク色の直線曲線、不定形のの線を配置した抽象画東京国立近代美術館蔵。

いけ【池】

くぼ地に自然に水がたまった所。また、地面を掘って水をためた所。ふつう湖沼より小さいものをいう。
すずりの水をためるところ。海。
[補説]作品名別項。→
[類語]沼沢湖沼泥沼古池溜め池貯水池人工池遊水池用水池水瓶ダム湖水淡水湖鹹水湖塩湖河跡湖三日月湖火口原湖火口湖陥没湖人造湖

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世界大百科事典 第2版 「池」の意味・わかりやすい解説

いけ【池】

池のもつ意義にはそのおもなものとして,灌漑(かんがい)のことがまず取りあげられなければならない。つぎに文学に現れる池,また庭園の池を考えなければならない。庭園の池は最初から鑑賞もしくは造園上の風趣をそえることに目的があるが,文学の中に取り入れられた池は,むしろ灌漑池として築造された池のすぐれた景観が,人工池ではあるが自然を背景とした美しさによって,人の心をゆすぶるものである。 平安時代の文学者たちは京都,奈良の各地に,いわゆる名池なるものをつくっている。

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世界大百科事典内のの言及

【湖沼】より

…また海と湖の区別がつきがたい水塊もある。 自然の湖沼は,深さと大きさの差から,湖,沼,沼沢,池などに分けられている。湖は湖底までの水深が5m以上あり,湖岸寄りの浅い所に,植物の全体が水中にあるクロモ,フサモなどの沈水植物が生育しているものをいう。…

【溜池】より

…降雨を農地の灌漑用水として貯水するための人工の池。降雨量や河水が少ない地域,または地下水位が低かったり河水を引きがたい地域に多く見られる。…

※「池」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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