水利慣行(読み)すいりかんこう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「水利慣行」の意味・わかりやすい解説

水利慣行
すいりかんこう

農業用水利用の具体的方法(取水配水・排水の量・方法・時期など)が、近代社会以前に成立した古くからの慣習を保って存続している実態をいう。したがって、この用語には、農業用水の利用方法が、長期にわたって固定化され、不合理な点が多いという意味が含まれている。

 水利慣行の内容は、気象・地形・土質ごとに異なり、きわめて多様だが、それらをもっとも強く規定するのは、灌漑(かんがい)施設の形態である。配水慣行を例にとれば、河川灌漑では、用水はつねに流水として供給されるので、上流下流との地域的対立の調整に用水配分の基本が置かれる。また、溜池(ためいけ)灌漑では、一定の量的限界をもつ溜池の貯留水を、いかに持続的にかつ公平・平等に配分するかが配水慣行の基本となる。

 日本の水田開発は古くから行われているが、大河川流域の沖積平野の開発が活発になるのは、鉱山技術・築城技術などと結び付いた土木技術の発達によって大河川の制御が可能になる16世紀後半から18世紀初めにかけてである。今日の水利慣行の原型はこの時期にまずつくられ、その後、たとえば上流と下流、古田新田との間の水利紛争(水論)を通じて修正されながら、およそ18世紀後半から19世紀初めにかけて、それぞれの地域の社会的承認を受けた農業用水利用のルールとして成立した。

 水利慣行に基づく水利用の権利は、1896年(明治29)制定の旧河川法によって許可を受けたとみなされ、慣行水利権として今日まで存続している。ただし、1964年(昭和39)制定の新河川法では、これらの慣行水利権の届け出を義務づけている。1970年の建設省(現国土交通省)調査によれば、都府県河川の慣行水利権は、水利慣行の成立時期を反映して、旧河川法以前に取水を開始したものが全体の80%を占めている。

[永田恵十郎]

『喜多村俊夫著『日本灌漑水利慣行の史的研究』全2巻(総論篇1950/各論篇1973・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「水利慣行」の意味・わかりやすい解説

水利慣行【すいりかんこう】

水の共同利用についての旧来の慣習で,民法など法律で定められていないもの。農業用水に多く残る。用水源に近い上流地域,政治的に力の強い村落,古田などに水利用の優先権が与えられている場合が多い。なお,戦前水利組合,戦後は土地改良区が水利の管理主体である。→水論水利権

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世界大百科事典(旧版)内の水利慣行の言及

【水利権】より

…河川法上の水利権としては,許可水利権のほかに慣行水利権がある。慣行水利権は,江戸時代に成立した水利慣行に根拠を置いている。日本の水田農業の水利慣行の多くは,江戸時代に入って大河川下流部の平野に大規模な灌漑施設が造成されていく過程で,限られた水資源を同一水系内で利用する方法(水利秩序)として,まずつくられた。…

※「水利慣行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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