水上勉(みずかみつとむ)(読み)みずかみつとむ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

水上勉(みずかみつとむ)
みずかみつとむ
(1919―2004)

小説家。大正8年3月8日福井県生まれ。小学校5年のとき、臨済宗寺院での徒弟生活に入る。中学(旧制)卒業を機に修行を放棄したが、この寺院生活の体験は骨肉化され、のちの文学にさまざまな形でかかわっていく。1937年(昭和12)立命館大学国文科夜間課程に入りまもなく中退。20歳のころから文学に手をそめるが、作家としての地歩を固めたのは1959年(昭和34)の『霧と影』によってであるから、寺を離れてから20余年もの歳月が流れている。途中には、私小説『フライパンの歌』(1948)がベストセラーとなるということもあったが、そのできばえには失望、かえって文学から離れた。20年余の時間に経た職業は、配達、小学校助教、行商、編集など30にも及ぶといわれる。復活作となった『霧と影』は、実際にあった繊維業界の取込み詐欺(さぎ)事件に材をとった社会派推理小説。続いて、水俣(みなまた)病を扱った『海の牙(きば)』(1960)、かつての寺院体験に基づく『雁(がん)の寺』(1961)を発表。直木賞を受けた後者は、主人公の悲惨な生育、その母性思慕とエロス、僧侶(そうりょ)の実生活の腐敗などが、推理小説仕立てのなかに織り込まれている。青函(せいかん)連絡船の海難事故に材を得た『飢餓(きが)海峡』(1962)は、台風の混乱のなかで強盗殺人を犯し、のちに名を変えて社会的立場を得た男と、事件直後に触れ合った女の生を通して、貧困という罪と、人間のなかの真実の心に目を当てている。『越後(えちご)つついし親不知(おやしらず)』『五番町夕霧楼』(ともに1962)、『越前竹人形』(1963)など、北陸、京都を舞台に、宿命に翻弄(ほんろう)される女と、劣等感にとらわれた男のあやなす物語も次々と生んだ。水上は第二次世界大戦後まもなくのころから宇野浩二(こうじ)を師と仰いだが、『宇野浩二伝』上下(1971。菊池寛賞)は、その師の文学と生きざまを描いた力作評伝である。その伝記的手法は、水上の仏教へのあくなき関心とかみあって『一休』(1975。谷崎潤一郎賞)、『良寛』(1984。毎日出版芸術賞)、『才市』(1989)などの佳作を次々と生んだ。また、金閣寺放火事件に材をとり、犯人の生い立ち、環境、家族関係などを、精密な調査を軸に、慈愛の目で追ったドキュメントタッチの小説『金閣炎上』を1979年に完成させた。『寺泊(てらどまり)』(1976。川端康成文学賞)などに示されるように短編の名手でもあった。総じて水上の文学は、虐げられた者、宿命にあやつられる者への共感がもとをなし、それが救いの文学とでもいうものに昇華している。日本芸術院会員。1998年(平成10)文化功労者。平成16年9月8日没。

[高橋広満]

『『水上勉全集』全26巻(1976~1978・中央公論社)』『『新編水上勉全集』第1~16巻(1995~1997・中央公論社)』『『故郷』(1997・集英社)』『『仰臥と青空――「老・病・死を超えて」』(2000・河出書房新社)』『『虚竹の笛――尺八私考』(2001・集英社)』『『フライパンの歌』(角川文庫)』『『霧と影』『雁の寺』『飢餓海峡』『越後つついし親不知』『五番町夕霧楼』『寺泊・わが風車』『金閣炎上』(新潮文庫)』『『越前竹人形』『宇野浩二伝』『一休』『良寛』『沢庵』(中公文庫)』『『父と子』(朝日文庫)』『『精進百撰』(岩波現代文庫)』『『竹紙を漉く』(文春文庫)』『村上義雄著『浮遊人間 水上勉――女性の視線が描くモザイク絵』(1997・朝日ソノラマ)』『水上勉著、佐高信監修『海の牙――戦後ニッポンを読む』(1997・読売新聞社)』『水上勉著、国松昭編・解説『人間図書館 水上勉――冬日の道/わが六道の闇夜』(1998・日本図書センター)』『藤本明男著『回り道の人生――水上勉さんと私』(2001・清流出版)』

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