気分障害(躁うつ病)(読み)きぶんしょうがいそううつびょう(英語表記)Mood Disorder

家庭医学館 「気分障害(躁うつ病)」の解説

きぶんしょうがいそううつびょう【気分障害(躁うつ病) Mood Disorder】

◎感情の極端な変動が現われる
[どんな病気か]
◎環境の変化が大きく関係する
[原因]
薬物療法が効果的
[治療]

[どんな病気か]
 気分障害とは感情(気分)の病気で、感情や意欲の面で極端な上昇や落ち込みが現われるものです。気分がひどく落ち込み、何事もおっくうになる状態をうつ(抑うつ)状態といいます。極端に気分が高まり、活動的になりすぎるのを躁(そう)状態と呼びます。
 もちろん、誰でも悲しいことがあったときに落ち込みます。正常な憂うつでは、楽しいことがあれば気分転換できますし、好きなことならしようという気になります。しかし、うつ状態では、ふだんなら楽しく感じられることも楽しめませんし、やる気になりません。うつ状態は、健康な人が感じる正常の憂うつとちがって、ただ気分が沈むだけでなく、ほかに自分を責めたり、おっくうさがあり、病的なものです。
 ノイローゼも、くよくよ思い悩むものですが、ノイローゼはうつ状態とちがって、くよくよ悩むだけで、極端にやる気がなくなったり、頭がはたらかなくなったりはしません。
 このようなうつ状態や躁状態をくり返す病気を、気分障害と呼びます。以前は躁(そう)うつ病(びょう)といわれていたのですが、最近の新しい国際的な診断基準では、躁うつ病ということばが使われなくなり、かわって気分障害(感情障害(かんじょうしょうがい)ともいう)と呼ばれるようになっています。
 そして、感情の極端な上昇や落ち込みのある期間を病相(びょうそう)といい、うつ状態の時期をうつ病相(びょうそう)、躁状態の時期を躁病相(そうびょうそう)と呼んでいます。
 気分障害の特徴で、たいせつなことは、うつ病相や躁病相が終わると、まったく健康なもとの精神状態にもどることです。
●種類
 気分障害のほとんどは、うつ病相のみをくり返すタイプと、躁病相とうつ病相の両方を交互にくり返すタイプの2つに分けられます。
 前者のうつ病相のみをくり返すタイプを大(だい)うつ病(びょう)といいます。大うつ病とは耳慣れないことばですが、以前は単極性(たんきょくせい)うつ病、あるいはうつ病と呼ばれていたものを、最近の分類では大うつ病というようになりました。
 そして躁病相とうつ病相の両方があるタイプを双極性障害(そうきょくせいしょうがい)(以前は躁うつ病、双極性うつ病とも呼んでいました)といいます。躁病相だけをくり返すことはまれですが、この場合は双極性障害に含まれます。
 つまり気分障害のなかには、大うつ病(うつ病)と双極性障害(躁うつ病)があることになります。気分障害のほとんどは大うつ病で、その割合は、約75%が大うつ病、約25%が双極性障害です。
 また最近、日照時間が短くなる秋や冬にかぎってうつ状態になるタイプがわかり、季節性感情障害(きせつせいかんじょうしょうがい)と呼ばれています。季節性感情障害の治療として、高照度の光を浴びる光療法が行なわれています。
 そのほかに、慢性的な軽いうつ病を気分変調症(きぶんへんちょうしょう)と呼び、これは、大うつ病よりうつ状態が軽いものです。以前は抑(よく)うつ神経症(しんけいしょう)(神経症的な性格があり、葛藤(かっとう)をひきおこすようなきっかけがあって現われるうつ状態)と呼んでいたものにほぼあたります。憂うつ、不活発、何をしても楽しくないなどのうつの症状がありますが、典型的な大うつ病と異なり、朝早く目覚めることや日内変動(にちないへんどう)(午前中は調子が悪く、午後から夕方にかけて調子がよくなること)は目立ちません。
 うつは軽く、日常生活は困難ながらできるのですが、慢性的にうつ状態が続きます。
●経過
 うつ病相は、約3か月から6か月くらい続きます。躁病相は、より短く約1か月から4か月くらいです。早い時期に治療を始めると、病相を短くできます。病相が終わると、以前の健康な状態になることが特徴です。
 気分障害は、一生に一度のこともありますが、くり返すことがよくあります。大うつ病はおおむね2人に1人が再発し、双極性障害の再発率は約70%程度です。再発は、きっかけがあって再発する場合と、特別のきっかけがなく再発する場合があります。
 気分障害は、精神的に発達してから出てくるものなので、小さい子どもがうつ状態や躁状態になることは、まれです。

[原因]
 脳細胞の活動に関係しているノルアドレナリンセロトニンなどのはたらきの障害が指摘されています。
 一般の人が、この病気にかかる危険率はだいたい0.44%程度ですが、両親のどちらかが気分障害になったとき、その子どもが発病する危険率は約24.4%、また、血のつながったきょうだいの誰かが気分障害になった場合、そのほかのきょうだいが発病する危険率は約12.7%です。
 遺伝的素因が発病に関係していることがわかっていますが、血縁者に気分障害の人がいない場合でも、気分障害になることも多いのです。
 性格や環境が、発病に関係していることもあります。気分障害になりやすい性格(コラム「気分障害になりやすい性格」)があります。
 また、環境の変化をきっかけとして躁状態やうつ状態になることも多いのです。気分障害のきっかけとなる環境には、たとえば、親しい人との別れや死別、試験や事業の失敗、失恋などのような失敗と、転勤、昇進、退職、転居、からだの病気などの環境の変化があげられます。失敗が大うつ病のきっかけになるのはわかるのですが、新築や昇進など本人が希望していた、おめでたい出来事でも大うつ病になることがあります。つまり、環境の変化がよくないのです。
 引っ越しの際に大うつ病になることが多く、それを引っ越しうつ病といいます。これは、主婦に多くみられます。引っ越しは、過労になるだけでなく、新しい環境に変わり、いままで慣れ親しんだ秩序を失ってしまうからです。
 目標を達成し、ほっとしたときにおこる大うつ病もあります。荷(に)おろしうつ病と呼ばれ、長いストレスが続いた生活から、急に緊張のとれた生活に入っておこるものです。
 気分障害の本当の原因は、まだわかっていませんが、遺伝的素因と環境が相互に作用し発病すると考えられています。
●うつ状態の症状
 うつ状態は、つぎに説明する症状がいくつか現われて、初めてうつ状態といえます。気持ちが沈み、憂うつで、むなしく、さびしくなります。何事も悲観的に考え、取り越し苦労が多くなります。気分が沈むだけでなく、喜びや楽しさが感じられず、何もやりたくなくなります。おっくうになり、ふだんと比べるとテレビや新聞、服装、化粧に関心がなくなります。
 思考がとどこおりがちで、頭の回転が悪くなったように感じます。新聞やテレビをみても、ふだんと比べて内容がすらすら入ってきません。いつもよりも献立などが考えられなくなります。何事にも迷って、物事を決めることができなくなります。以前覚えていたことを思い出すことができず、新しいことは覚えられず、本人は自分がぼけてしまったように感じることもあります。とくに老人のうつは、物忘れから認知症が始まったように思われることがあります。
 そして、自分に自信を失い、自分を責め、申し訳ないことをしてしまったという気持ちが強くなります。
 また、事実と異なる思い込みが強くなります。その内容は、悲観したり自分を責めたり、過小評価するものです。たとえば、お金が払えない、病気がもう治らない、取り返しのつかない罪を犯したなどと話したりします。このような思い込みは強く、周囲の人がそんなことはないと説明しても、本人に受け入れてもらえません。
 うつ状態では、絶望感から死にたくなること(希死念慮(きしねんりょ)、自殺念慮)があり、実際に自殺することもあります。
 表情は暗く、声も小さく、口数も少なくなり、簡単な会話となり、ときには、まったく答えないこともあります。典型的なうつ状態では、日内変動や食欲不振があり、眠れなくなります。
 このような精神の症状のほかに、からだの症状として頭痛、頭が重い感じ(頭重(ずじゅう))、口の渇き、便秘(べんぴ)、下痢(げり)、おなかが張る、吐(は)き気(け)、しびれ、肩こり、動悸(どうき)などがあり、内科の病気と思われることもまれではありません。
●躁状態の症状
 躁状態は、気分が高ぶり、エネルギーに満ちあふれ、何事にも意欲的で活動しすぎるのが特徴です。何をみても楽しく感じ「人生はバラ色だ」と思います。一方、いらいらしやすく、自分の考えが通らないと怒ったりします。考えが次々と湧(わ)きだします。気持ちが大きくなり、自信過剰となります。そして自分の能力、財産、身分について過大評価し、自慢話が多くなります。万能感から「自分は特別な人間」と自慢することもあります。
 ふだんとちがってしゃべりっぱなしで、動作も落ち着きがなくなり、絶えず動き回り、外出していることが多くなります。
 ことばづかいが乱暴になることもあります。身なりや化粧も派手(はで)になります。考えがどんどん浮かぶため、話題がころころとかわり、話がまとまりません。注意や関心が次々とかわり、あれもこれもしようとし、まとまったことができません。
 また、思いつきや考えをすぐ実行しようとします。むやみに電話をかけたり、人に会ったり、歌ったり、他人におせっかいをやいたり、気持ちが大きくなり、たくさん買い物をして借金をつくったり、会社をつくったりします。性的な面でも抑制がなくなっています。家族や周囲の人がこれらの行動を注意すると怒り出すこともあります。
 睡眠時間は短くても足りているように感じ、食欲も性欲も亢進(こうしん)します。

[治療]
 気分障害の治療は、着実に進歩しています。
 うつ状態の治療は、休養と抗うつ薬による薬物療法が最優先します。まず休養することが必要です。
 医師は、本人の悩みをよく聞き、気持ちを楽にしてくれます。そして適切なアドバイスをし、患者さんと協力してよい方向にもっていきます。
 抗うつ薬は、神経伝達物質の調節をし、うつ状態を解消させるものです。抗うつ薬を飲み始めて、数日は倦怠感(けんたいかん)や眠け、口の渇きがありますが、しだいにそれらはとれてきます。薬を飲み始めてから約10日から2週間で効果が出てきます。また、うつ状態は回復後しばらくは、再び悪化することが多いので、よくなってから約4~6か月は、抗うつ薬の服薬が必要です。うつ状態は、治療を受けることで治ります。
 躁状態の治療は、抗躁作用(こうそうさよう)のあるリチウム製剤や抗精神病薬などの薬物療法を行ないます。リチウム製剤が発見されてから、躁状態の治療は画期的に進歩しました。リチウム製剤は、躁を取り除くよう自然な形で治します。抗精神病薬は、考えが次々と湧(わ)いてくるのを抑え、いらいらしやすい不安定な気分を安定させます。
 また、カルバマゼピン製剤やバルプロ酸ナトリウム製剤も躁状態を消失させる効果があります。
●入院か通院か
 うつ状態は必ず治るものですが、自殺の危険もあります。死にたい気持ちが強いときは入院が必要です。また入院の利点は、ゆっくり休養できることです。主婦など家ではゆっくり休めない場合や、責任感から無理して仕事をしてしまう場合は入院が適しています。
 躁状態の程度が強く、借金をつくってしまうなど、社会的逸脱行為(いつだつこうい)があるときや、行きすぎた言動のため社会的な信用を失う場合や、事故がおこりそうなときは入院が必要です。
●家族の対応
 本人がうつ状態のときに、周囲の人は病気と思わないことがあります。うつ状態は、気のせいとか、怠(なま)けていると誤解されやすいものです。しかし、うつ状態の落ち込みやおっくうさの度合いは、健康な人の経験する落ち込みとはちがいます。
 家族は、本人が病気であると十分に認識することがたいせつです。そして早めに病院を受診させるようにしてください。気の持ち方をかえるようにと説得したり、がんばれ、しっかりしなさいと励(はげ)ますのは、よくありません。うつ状態では、かえって本人の劣等感、自責感を強くしたり、励ましを受けて「わかってもらえない」と絶望してしまうからです。同様に批判、説教や、気晴らしに人ごみに連れ出すことも逆効果です。また、うつ状態の最盛期に過去の葛藤(かっとう)を思い出させるような話もしないように気をつけます。
 とにかく、聞き役に徹するようにします。周りの人はあせらず、ゆっくり本人を見守ることがたいせつです。
 うつ状態では、休養することがとてもたいせつです。患者さんの心身の負担を取り除き、気長に療養できるように休養を勧めてください。
 つぎに、薬を正しく飲ませることです。十分な量の抗うつ薬を十分な期間、飲むことがうつ状態の治療でたいせつです。治療や再発予防のための服薬の必要性を、家族全員が理解し、協力することも重要です。
 うつ状態では、自殺を防ぐことが大事です。うつが強いときは自殺する元気もないのですが、大うつ病の始まりの時期と回復期は、からだが動くようになって自殺することがあります。それらしいことをほのめかしたときは、本人から目を離さないようにし、細心の注意をします。
 また、うつ状態のときは、自信を失っているので、「会社をやめる」「学校をやめる」と本人がいっても、重要な決定はせずに、うつ状態の回復後まで延ばしましょう。
 躁状態のときは、「いままで抑えていたことがいえる。本来の自分に戻った」といい、本人は自分が病気にかかっていると思わないことがあります。睡眠時間が短いことや、いらいらしていることから、ふだんのようすとはちがうことを話し、病院を受診するよう勧めてください。また躁状態では、怒りっぽいので、周囲の人は本人に無用な刺激を与えないよう注意します。
●再発予防
 気分障害は、くり返すことが多い病気です。ですから再発を防ぐことがたいせつです。一般に、大うつ病は仕事熱心、几帳面(きちょうめん)、完全主義、理想が高い傾向の人に多いのです。そのような人ががんばり続け、疲れきったり、環境の変化に柔軟に対応できず、大うつ病になることがあります。余裕のある生活を送ること、早めに休むことが重要です。
 回復期には「自分は物事をやりすぎてしまう」「新しいことにあせってしまう」など、発病しやすい状況を自覚するようにし、物事の受けとめ方をかえ、周囲の状況にうまく対応することも必要です。
 再発を防ぐために、リチウム製剤やカルバマゼピン製剤、バルプロ酸ナトリウム製剤などの感情調節薬や抗うつ薬を飲み続けることもあります。
 早期に治療を受けると病期を短くできます。再発の兆(きざ)しを早く発見し、早めに精神科を受診することがたいせつです。また、眠れないことが続くと再発しやすいので、そういうときは病院を受診するようにしましょう。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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