比較政治学(読み)ひかくせいじがく(英語表記)comparative politics

改訂新版 世界大百科事典 「比較政治学」の意味・わかりやすい解説

比較政治学 (ひかくせいじがく)
comparative politics

すべての政治社会の様態を,科学的・客観的・理論的に,比較の視角から理解しようとする研究の総称。比較政治学が成立したのは,1954年にアメリカ社会科学研究評議会に比較政治委員会が設置され,アーモンドGabriel A.Almond(1911-2002)が委員長に就任し,若手研究者がその下に結集したことを画期とする。従来の政治学にあっては,主として西欧諸国を対象とし,そこでの政治制度や機構と自国のそれとの異同を,法律的・歴史的に記述する比較政治機構(制度)が一分野として成立していた。アーモンドらは,この分野の限定性を打破し,全世界,とりわけアジアアフリカラテン・アメリカに研究対象を拡大すること,そして法律的・歴史的・記述的な方法を克服し,あらゆる政治社会に適用しうる比較分析の枠組みを理論的につくりあげることで,分析的な研究を目標にした。

 アーモンドが提出した枠組みは,社会学・心理学・人類学から抽出した諸概念を合成した〈政治体系political system〉である。その目的は,〈規模・分化度・文化にかかわりなく,あらゆる社会において政治機能を遂行する構造を分析的に抽出すること〉にあった。つまり,政治社会が成立するためには,その成員が相互作用によって維持している集合体としての社会が,成員個々人に意味があると認知されていることを必要条件とする。この〈意味のある相互作用の集合体〉を,アーモンドは〈政治体系〉とよび,いかなる政治体系も,入力機能(政治的社会化と政治的補充・利益表出・利益集合・政治的コミュニケーション)と出力機能(ルール作成・適用・執行)を共有するものと規定した。こうした機能の担い手(構造)は,システムによって異なることが予想される。すなわち,この構造の差異を分析的に明らかにすることで,〈比較〉的理解は推進されると考えたのである。この方法は構造-機能論とよばれ,戦後政治学の科学化に最も重大な基礎を与えた。

 現行政治社会にたいする分析枠組みの形成を果たした比較政治学は,官僚制・政党・利益集団・コミュニケーションなどの概念を併用することで分析を深化させながら,社会発展の価値目標としての〈近代化〉の批判的検討を通じて,国民形成の問題に突き当たる。そこで提示されたのは西欧優位の世界観の放棄であり,多元的文化の存在を前提とする世界観の再編の問題である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「比較政治学」の意味・わかりやすい解説

比較政治学
ひかくせいじがく
comparative politics

今日における比較政治学とは、比較という手法によって政治現象本質を分析し、普遍的理論の構築を目ざすものである。他の社会科学と同様に実験室をもたない政治学にとって、比較はある現象要因を析出するための貴重な手段となる。

 比較には、時間的(歴史的)比較と空間的比較の両方が含まれる。比較という視点古くからあったが、20世紀前半までの比較研究は、制度論的視角から他国の政治制度を記述的に理解するものであった。すなわち、従来の研究は、より民主的と思われる制度をモデルとして採用するため、あるいは採用すべきことを主張するためのものであり、比較政治制度論的色彩が濃かった。

 第二次世界大戦に至るまでの世界は欧米諸国によって国際関係が形成されており、研究対象も欧米諸国に限定されていた。しかし、戦後、新興諸国が国際舞台に登場してきたため、国際社会において無視しえない存在となった新興諸国は、必然的に研究対象ともなってきた。ことに、冷戦期におけるアメリカでは、自陣営の維持拡大のために新興国社会の分析が国策上の重要課題となった。しかし、従来の制度論的アプローチでは、西欧社会とはまったく異質な社会を扱うことはできなかった。そこで、制度にとらわれない分析的な枠組みが必要となり、比較政治制度論を脱して比較政治学としての形が整えられていった。このような発展過程のゆえに当初の比較政治学は政治的近代化論や発展論の意味をもっていたが、その後それぞれの社会の独自性を尊重する風潮が生まれ、比較政治学の方向も転換してきた。現在は、政治理論を精緻(せいち)化するための検証の契機として考えられ、比較政治学という固有の分野が存在するのではなく、政治学そのものと一体化している。

 著名な比較政治学者であるG・アーモンドは、構造機能分析による政治体系論を比較政治学に導入し、この分野の発展に大いに貢献した。彼の分析図式では、いかなる社会においても基本的な政治機能は遂行されているという前提にたち、それがいかなる構造によって担われているのかという視点から比較する。原始的社会であっても、民主主義国と同様に、社会統合、価値の配分などの機能は遂行されているが、その機能が分化されていなかったり、一つの構造が多機能を遂行していたり、遂行方法が制度化されていなかったりするだけである。そこで、機能と構造の両側面に着目し、実体的な比較をするのである。

[大谷博愛]

『G・K・ロバーツ著、岡沢憲英他訳『比較政治学』(『現代政治学入門講座1』1974・早稲田大学出版部)』『R・T・ホルト、J・E・ターナー著、内山秀夫他訳『比較政治の方法』(1976・勁草書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「比較政治学」の意味・わかりやすい解説

比較政治学
ひかくせいじがく

各国の政治を,広く社会的・経済的,文化的,国際的な諸条件との相互作用過程においてとらえていく政治学の一分科。比較政治学が脚光を浴びるようになったのは,西ヨーロッパ列強の植民地が新興独立国として国際政治の場に登場してからであった。すなわち西欧的カテゴリーとは異質の研究対象領域の出現を前にして,欧米の政治学者たちはみずからの価値意識や思考枠組みの再検討を行わざるをえなくなった。その結果それまで自明の規準とされてきた,先進と後進,欧米的民主主義と非欧米的不完全民主主義といった種々の概念枠組みが問題視されるにいたった。こうして政治体系理論および構造機能論を中心的分析用具として,比較政治学は急速な発展をみることとなった。

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