武蔵丸光洋(読み)ムサシマルコウヨウ

デジタル大辞泉 「武蔵丸光洋」の意味・読み・例文・類語

むさしまる‐こうよう〔‐クワウヤウ〕【武蔵丸光洋】

[1971~ ]力士。第67代横綱。米国ハワイ州出身。生まれは米国領サモア。英語名、フィヤマル=ペニタニ。平成8年(1996)日本国籍を取得。平成11年(1999)横綱に昇進優勝12回。平成15年(2003)引退。→第66代横綱若乃花 →第68代横綱朝青龍あさしょうりゅう

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「武蔵丸光洋」の意味・わかりやすい解説

武蔵丸光洋
むさしまるこうよう
(1971― )

第67代横綱。アメリカ・ハワイ州オアフ島生まれ。アメリカ国籍時の名はフィアマル・ペニタニFiamalu Penitani(日本に帰化しており本名も武蔵丸光洋)。1989年(平成1)武蔵川(むさしがわ)部屋に入門。1994年大関昇進。1999年、曙(あけぼの)に次いで外国人力士2人目の横綱に昇進した。東京・上野の西郷隆盛(さいごうたかもり)像を思わせる風貌(ふうぼう)で人気をよんだ。身長192センチメートル、体重237キログラム。バランスのとれた堅太りの体形で、突き、押しに威力があり、組んでも太いかいなを返すと相手の上体はすぐ浮き上がった。連続勝ち越し55場所を記録。横綱時代の2001年(平成13)、大けがをした貴乃花(たかのはな)に優勝決定戦で敗れたが、その翌年に優勝のかかった直接対決で雪辱を果たし、最後となる12回目の優勝を飾った。幕内通算成績706勝267敗115休。2003年引退。師匠の元横綱三重ノ海(1948― )の武蔵川親方の定年後に武蔵川を襲名。新しく武蔵川部屋をおこした(旧武蔵川部屋は2010年に藤島部屋と改称)。

[徳増信哉 2019年12月13日]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「武蔵丸光洋」の解説

武蔵丸光洋 むさしまる-こうよう

1971- 平成時代の力士。
1971年5月2日米領サモア生まれ。武蔵川部屋に入門し,平成元年初土俵。3年入幕。巨体からの突き,押しを得意とし,6年大関。大関在位32場所をへて11年67代横綱になる。12年初場所を途中休場するまで55場所連続勝ち越しを記録。同年秋場所で8回目の優勝。8年日本国籍を取得。年寄名は武蔵丸光洋から振分光洋。25年年寄名跡「武蔵川」を取得し,武蔵川部屋を新設旧名はフィアマル・ペニタニ(Fiamalu Penitani)。

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