武智光秀(読み)たけちみつひで

世界大百科事典(旧版)内の武智光秀の言及

【明智光秀】より

…【岩沢 愿彦】
[伝承と作品化]
 光秀のイメージは,江戸時代の文学や芸能における一連の〈太閤記物〉を通じて形成される。その場合,実名を使用するのをはばかって,光秀は武智光秀の名で登場する。ちなみに織田信長を尾田春永,羽柴秀吉は真柴久吉といいかえられるのが約束であった。…

【絵本太功記】より

…そこで人気を取り戻そうと,入場料などをおさえて,この趣向の新作を上演して好評を得た。(1)発端 武智光秀は,蘇鉄を安土城に移植した尾田春長をいさめるが,逆に怒りにふれる。(2)六月一日の段 光秀は,春長と森蘭丸になお侮辱される。…

【織田信長】より

…信長は茶の湯の愛好者として知られるが,茶会を通じて堺や博多の豪商と接し,家臣には茶器を与え,茶の湯興行の特権を付与して褒賞するなど,茶道を商業資本家や家臣団の統制に利用している。【岩沢 愿彦】
[信長の人間像]
 織田信長の人間像は,同時代の武将たちとともに,いわゆる〈太閤記の世界〉のなかでは,必ず顔をだすが,徹底して善良な人間像を獲得し,それゆえに活躍の場の多い豊臣秀吉(真柴久吉),あるいは屈折した悪役を割りふられ,独自の個性を作りあげた明智光秀(武智光秀)などに比べると,信長の場合は小(尾)田春永という名の単純な赤面(あかつつら)の暴君以上のものではなく,おもしろみに欠ける印象を否めない。また多くが脇役にとどまり,信長を主人公に扱う作品はみられない。…

【時桔梗出世請状】より

…1808年(文化5)7月江戸市村座初演。先行の浄瑠璃《祇園祭礼信仰記》《三日太平記》《絵本太功記》などに拠りながら武智光秀(明智光秀)が主君小田春永(織田信長)を本能寺で討つまでの経緯を主軸に脚色した作品(太閤記物)。序幕は祇園社拝殿から饗応仮御殿までの5場で,光秀が蜘蛛の振舞いを見て怪しむくだりは饗応仮屋の木戸前の場,春永が蘭丸に鉄扇で光秀の眉間を割らせるのが饗応仮御殿の場。…

※「武智光秀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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