正義
せいぎ
justice
正義は、古代ギリシア・ローマ時代以来、「各人に各人の分を」suumcuiqueという簡潔な標語で一般に言い表されてきた。つまり、その人に相応するものをその人に帰属させることが正義であるとされるが、その人の当然の取り分をその人に与えるという「分配の正義」である場合もあれば、その人のなしたことに対して当然の報いを受けるという「応報の正義」である場合もある。古代ギリシアのソフィスト派に属するトラシマコスが、正義を「強者の利益」と規定したのに対して、プラトンは「権力」と「権利」との区別を明確にして、「正義」を国家の備えるべき至高の徳とした。アリストテレスは正義を「配分的正義」と「応報的正義」に分け、後の正義論に大きな影響を与えた。
正義というラテン語、およびそれと関連する西欧語には、「法」あるいは「権利」jus Rechtという語が含まれている。したがって正義の問題は、法の問題と深い関係をもつものと考えられてきた。しかもこの場合の「法」は、現実の実定法(成文法、不文法)に限らず、神法、自然法にも関係するから、正義の問題は、倫理学、法哲学、法学、政治哲学などにおいて従来広く論ぜられてきた。正義は国家や社会制度の基準とされ、法において体現される場合もあれば、逆に悪法を批判する原理ともなりうるのである。
ところで、正義に関する議論は、具体的には平等の問題としていろいろと論ぜられてきた。また法律上は、とくに「衡平(法)」equityの問題としてコモン・ロー(慣習法)の不備を補う原則として用いられている。
最近では正義の問題は、とくに「社会正義」social justiceという形で、現代世界における貧富の格差と社会経済的搾取や不平等、差別や人権侵害、政治的抑圧や軍事的暴力的対立と抗争などの諸問題を告発し、その解決を求める人道的人類的課題を呈示するものとして注目されている。
[飯坂良明]
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正義
せいぎ
justice
人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値。善と同義に用いられることもあるが,善が主として人間の個人的態度にかかわる道徳的な価値をさすのに対して,正義は人間の対他的関係の規律にかかわる法的な価値をさす。正義とは何かという問題については古来さまざまな解答が示されてきたが,一般的な価値ないし価値判断に関する見解と同様に,正義を客観的な実在と考える客観主義的,絶対主義的正義論と,正義を主観的な確信と考える主観主義的,相対主義的正義論とに大別できよう。法思想の領域では,だいたいにおいて自然法論が前者に,法実証主義が後者に属する。従来の正義論のうちではアリストテレスやキケロの見解が名高く,与えた影響も大きい。アリストテレスは,道徳とは区別される正義 (特殊的正義) について,配分的正義と交換的正義 (平均的正義,調整的正義とも訳される) とを区別し,前者は公民としての各人の価値,功績に応じて名誉や財貨を配分することにおいて成立し,後者は私人としての各人の相互交渉から生じる利害を平均,調整することにおいて成立するとした。キケロは,この配分的正義と同様な内容を「各人に彼のものを」という公式で表現した。
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せい‐ぎ【正義】
〘名〙
① 正しい道理。正しいすじみち。人として行なうべき正しい道義。しょうぎ。
※
愚管抄(1220)六「わが御心には是を正義とのみ思召けるなるべし」
※御成敗式目(1232)四四条「未定之処為望件所領欲申沈其人之条所為之旨敢非正義」 〔
荀子‐
正名〕
※貴嶺問答(1185‐90頃)閏一〇月三日「省二彼迂説一取二此正義一」
※
仙覚抄(1269)二「ちはやと云はみちはやしといふことば也。ふるといふはあまくだり紿ふことばなり。是正義なるべし」 〔漢書‐律暦志上〕
③ プラトン哲学で、国家の各部分がそれぞれに割り当てられたふさわしい役割を果たすこと。アリストテレスでは、
広義には合法的であること、狭義には公平であることをいう。
しょう‐ぎ シャウ‥【正義】
〘名〙 正しい道理。正しい意義。
せいぎ。〔教行信証(1224)〕
※評判記・色道大鏡(1678)九「正義
(シャウギ)をしらぬはことはりなれど、公界ものなれば、
片言なからぬやうにこそせまほしき物なれ」
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デジタル大辞泉
「正義」の意味・読み・例文・類語
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せいぎ【正義】
[意義]
人間の行為を,正しい,正しくないというように判断するための基準が正義である。正義の古典的定義として有名なのは,ローマ法学者ウルピアヌスの〈各人に彼のものを与えんとする恒常的意思〉という定義であるが,さらにその源をたどればアリストテレスの正義概念にさかのぼる。アリストテレスは,正義とは均等的,〈価値に相応の〉ということであり,不正とは不均等的,〈過多をむさぼる〉ことであるとした。そしてそのうえで二つの均等があるとし,配分的正義と矯正的正義とを区別する。
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普及版 字通
「正義」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典内の正義の言及
【衡平】より
…衡平は法および正義と密接な関係をもつ価値理念である。法の理念である正義は〈等しきものを等しく〉扱うことを求める。…
【古典派経済学】より
…スミスによれば,人間は利己心のほかに〈同感の原理〉をもつ。その同感の原理による是認という営みがいろいろな徳性を自立させる根源であり,〈正義〉もそのような徳性の一つとして自立するが,それは社会存立の不可欠の条件である。近代社会の市民政府は,この正義の確保,つまり人々の生命・身体と財産の保全を任務とする。…
【注疏】より
…しかし,一つの経書にも数種の異なるテキストが存在し,それぞれが異なった解釈をしたため,漢代では対立と論争が繰り広げられた。唐の太宗は勅命により,640年(貞観14)それまで不統一であった《周易》《尚書》《毛詩》《礼記(らいき)》《春秋左氏伝》の五経を校定させ,それに基づいて《五経正義》を作らせた。ここに五経の解釈は定着し,注を敷衍してさらに注釈した〈正義〉が生まれたのである。…
【はかり(秤)】より
…新しいはかりの出現は1875年の〈度量衡取締条例〉によって秤座が解体した後に始まった。【林 英夫】
【象徴】
はかりは古代より〈裁き〉と〈正義〉の象徴とされ,また犯した悪業に見合う罰を定める機能により〈復讐〉の意味をも含む。したがってこれらをつかさどる神々,たとえばエジプトのオシリス,トート,マアト,ギリシアのテミス等は,はかりを持物とする。…
【法哲学】より
…現代法哲学は次の三つの主要部門から成っている。(1)正義の理論,(2)法および法学の諸問題に関する論理分析,(3)法の歴史哲学(なお,ソ連および東欧諸国においては,〈法と国家の理論〉と呼ばれる学問分野が西側諸国でいうところの法哲学を包含している)。
【正義の理論】
この部門においては,すでに古代からインド,中国,バビロニア,イスラエルなどにおいて,哲学的な思索が行われた。…
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