日本大百科全書(ニッポニカ) 「歌曲」の意味・わかりやすい解説
歌曲
かきょく
song 英語
Gesang ドイツ語
chant フランス語
canto イタリア語
詩の内容を音楽によってより強く表現するために、芸術作品として作曲された歌。狭義には、シューベルトの『魔王』、ブラームスの『子守歌』、山田耕筰(こうさく)の『からたちの花』などピアノ伴奏付き独唱歌曲をさす。類義語に「歌」「声楽曲」「リート」などがあるが、これらとは以下のように区別しなければならない。「歌」は詞に節をつけて歌われるもので、人間の「歌う」という本能的営みが生み出したあらゆるものを含む。すなわち、未開民族の明確な意味をもたない歌、日本の和歌、子供の童唄(わらべうた)、民謡、歌謡曲、西洋のグレゴリオ聖歌やオペラのアリアなどきわめて広い範囲を包括し、歌曲も当然これに含まれる。「声楽曲」は器楽曲の対語で、歌のうち、西洋クラシック音楽の歌唱声部に主眼を置いて作曲された作品を示す。したがって、グレゴリオ聖歌、ミサ曲、オラトリオなど歌曲の範疇(はんちゅう)に入らない大規模な作品をも含む。「リート」Liedは邦訳に「歌曲」が用いられる場合があるが、ドイツでは本来歌うことのできる叙情的な有節形式の小品を示したのであって、歌曲よりも意味範囲ははるかに狭い。物語歌曲(バラードBallade)は歌曲ではあるが、リートではない。
[石多正男]
歌曲の種類
歌曲は、これに付加語を添えることにより、多くの種類に分けることができる。
〔1〕歌詞の内容による分類
(a)宗教歌曲 神やイエスに対する信仰心を歌ったものが多い。J・S・バッハに通奏低音の伴奏による独唱歌曲がある。
(b)世俗歌曲 宗教歌曲の対語で、バロック時代に盛んに作曲された。恋愛詩や騎士道精神を歌った12、13世紀の、南フランスのトルーバドゥール、北フランスのトルーベール、ドイツのミンネゼンガーなど、吟遊詩人の歌もこれに属する。
(c)叙情歌曲 世俗歌曲のうち叙情詩に作曲されたもの。リートと同義で、シューベルトの『菩提樹(ぼだいじゅ)』など日本で一般に知られている歌曲の大半はこれに属する。
(d)物語歌曲(バラード) 19世紀前半に活躍したレーベに代表作がみられる。シューベルトの『魔王』やシューマンの『ふたりの擲弾兵(てきだんへい)』はバラードである。
(e)日本歌曲 滝廉太郎(たきれんたろう)以後の日本人による創作歌曲に対し、近年この名が使われている。
〔2〕音楽形式による分類
(a)有節歌曲 詩の各節を同じ旋律で歌うもの。山田耕筰の『赤とんぼ』はこの例で、詩の第1節は「ゆうやけこやけの……」、第2節は「やまのはたけの……」と歌い出される。
(b)通作歌曲 詩の各節にそのつど新しい旋律が付されるもの。前出のバラードはこの形式で作曲されている。
(c)変奏有節歌曲 前二者の融合したもの。
(d)連作歌曲 一貫した内容、曲想をもつ一連の歌曲。シューベルトの『冬の旅』は24曲から、シューマンの『詩人の恋』は16曲からなる連作歌曲である。
〔3〕歌唱声部の数による分類
(a)独唱(単声)歌曲 歌われる声部が一つのもの。先に例としてあげたシューベルト、シューマン、山田耕筰の歌曲はすべてこれに属する。
(b)重唱(多声)歌曲 歌唱声部が複数あるもの。4声部のものがもっとも多い。ルネサンス時代のジョスカン・デ・プレなどのシャンソン、ハインリヒ・イザークの『インスブルックよ、さようなら』などのほか、19世紀のシューマンに代表されるパート・ソングpart-songもこれに属する。
〔4〕伴奏の種類による分類
(a)ピアノ伴奏歌曲 もっとも一般的なもの。
(b)オーケストラ伴奏歌曲 マーラーの『大地の歌』やシェーンベルクの『月に憑(つ)かれたピエロ』など。
(c)無伴奏歌曲 多声で書かれるのが普通で、ドイツ・ロマン派の作曲家には男声、女声、混声による3声、4声の作品が数多くある。
[石多正男]
歌曲の作曲と演奏
歌曲は詩と音楽が結び付いたものであるために、音楽の他のジャンルにはみられない独自の問題、すなわち「ことばと音の関係」の問題が生じる。西洋音楽の場合は、詩そのものが一定の詩脚、脚韻をもち、したがって詩そのものに一定のリズムや抑揚がある。作曲家はこれらを音楽のもつリズムや拍子と適合させねばならない。たとえば、ゲーテ作詩の『野ばら』はSāh en Knāb e
n R
sle
n stēhn(ドイツ語。わらべは見たり〔野なかの〕ばら……)ということばで始まる。ことばの上に記した ̄は強く発音する音節、
は弱く発音する音節を示すが、強拍と弱拍が繰り返されている。これを作曲する場合、当然のことながら詩の強拍に音楽の強拍があてられる。同じ詩によるシューベルトとウェルナーの『野ばら』は、それぞれ独自の美しさをもっているが、ことばと音の基本的な関係は守られている。
また、作曲家は特定のことばを印象づけるために、そこにリズムや和声のくふうをするほか、たとえば詩が水や夜を表現している場合に、伴奏楽器で水の流れや夜のしじまを描くことが一般になされる。歌曲を歌う歌手も当然のことながら、詩や曲のこのような性格を十分に理解して演奏しなければならない。
[石多正男]