機織淵(読み)はたおりぶち

改訂新版 世界大百科事典 「機織淵」の意味・わかりやすい解説

機織淵 (はたおりぶち)

淵の底に機を織る女性がいる,または,機織の音が聞こえてくるという伝説。広く各地に分布している。岩手県二戸市では,みかみという長者の妻が若い僧に懸想して果たせず,蛇身になって淵に入り,水底で機を織っていると伝える。深夜その淵の側を通ると白い布が干してあるとか,淵に潜って機を織っている姿を見た者がいるという。古く祭りの時には,人里離れた神聖な淵の傍らに棚を設け,選ばれた村の乙女がそこで神衣を織り,訪れ来る神を迎える習俗があったと想定されている。のちに,この習俗が水底で機を織る女の伝承と結びついたものと考えられている。土地によっては,この伝説が特定の日に機織を忌む習慣と結びついていて,伝説と信仰の関係を考える上で興味深い問題を提起している。しかし,現在伝えられる伝承地のすべてがこうした信仰的背景を持った場所というのではなく,神秘的な淵にこの伝説が付着した結果であろう。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「機織淵」の意味・わかりやすい解説

機織淵
はたおりぶち

淵の底に機を織る女が住んでいる、または、そこから機を織る音が聞こえてくるという伝説。全国的に広く分布している。福島県耶麻(やま)郡西会津町では、源平合戦のころ、以仁王(もちひとおう)の後を追って会津入りした機織姫が、その死を知って沼に身を沈めた。以来、御前沼とよばれ、水底から機を織る音が聞こえるようになったと伝えている。地元では毎年5月5日に沼のほとりで姫の供養をしたという。岩手県二戸(にのへ)市では、長者の妻が蛇身になって淵に入り機を織っていると伝える。深夜、淵の傍らに白布を干してあるとか、潜って機を織る姿を見た者もいるという。古代においては、祭りのおりに人里離れた神聖な水上に架けた桟敷(さじき)で、選ばれた村の乙女が神のために御衣(おんぞ)を織った習俗があったといわれる。こうした習俗がのちに、水底で機を織る女の伝承を生む基盤となったのであろう。長野県や高知県からは、機具もろとも入水(じゅすい)したと伝える例も報告されており、筬(おさ)を売り歩いた人々との関与も想定される。ただ、現在の伝説の地が直接こうした信仰的背景をもっているわけではない。むしろ、この伝説が神秘感の漂う淵や沼に付着しやすい性質を有している結果であろう。

野村純一

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「機織淵」の意味・わかりやすい解説

機織淵
はたおりぶち

ところにより機織池ともいう。梅雨期などの静かな雨の日,池や淵の底から機を織る音が聞えてくるという伝説。機織りの下手な嫁が姑に責められて淵に投身したという話や,機織りの上手であった娘が水神に誘われて淵に入り,いまも水底で機を織っているなど,多くの話がある。また竜宮の乙姫や山姥が機を織っているのだという話もあるが,このような伝説のもととなっているのは,古い時代に,祭りのとき処女が水辺の忌機屋で神のために機を織った習俗であろうと思われる。

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百科事典マイペディア 「機織淵」の意味・わかりやすい解説

機織淵【はたおりぶち】

池や淵の底に機を織る女がいて,その音が大晦日(おおみそか)の夜や雨の日に聞こえるという伝説。機織の上手な美しい娘が水神に誘われたとか,下手な女が姑(しゅうとめ)に責められて入水したという。水の神の奉仕者に処女が選ばれた古俗の説話化か。
→関連項目伝説

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