構造的暴力(読み)コウゾウテキボウリョク(英語表記)structural violence

デジタル大辞泉 「構造的暴力」の意味・読み・例文・類語

こうぞうてき‐ぼうりょく〔コウザウテキ‐〕【構造的暴力】

貧困飢餓差別抑圧などの不公正な状況を生み出す社会構造によってもたらされる、行為主体が明確ではない暴力ノルウェーの平和学者ヨハン=ガルトゥングが1970年代に提唱。間接的暴力。→積極的平和

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百科事典マイペディア 「構造的暴力」の意味・わかりやすい解説

構造的暴力【こうぞうてきぼうりょく】

ノルウェーのガルトゥングJohan Galtungによって用いられた概念発展途上国農民や労働者の置かれている貧困や抑圧的状況を,内部的な要因よりも国際経済構造に求め,そうした外部要因が社会の構造的な歪みをもたらし,その結果として不当な権力発動による生活や権利の剥奪が生み出されているとして,そのような構造的な剥奪状況のことをさす。第三世界低迷に対して,従来の近代化論は教育水準や資本形成の遅れなどの内部的要因で説明してきた。これに対してガルトゥングは外部の中心経済と,周辺経済である国内の特権的富裕層が癒着(ゆちゃく)して,〈周辺の周辺〉が生み出され,貧困と抑圧が構造化しているのであって,必ずしも内部的な要因ではない,と分析した。また,彼は構造的暴力が存在する状態を社会的不正義とし,戦争がない状態(消極的平和)だけでなく,国際および国内の社会構造に起因する貧困,飢餓,抑圧,疎外,差別がない状態(積極的平和)こそ目指さなければならないとし,1959年オスロ国際平和研究所を創設平和研究のあらたな地平を開いた。
→関連項目帝国主義

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知恵蔵 「構造的暴力」の解説

構造的暴力

貧困、飢餓、抑圧、教育機会の喪失などは社会制度や国際システムの所産だと考え、人間が本来持っているはずの寿命、可能性、活動領域などが、社会構造や南北格差の中で損なわれ制限されている状態を「構造が暴力をふるう」と比喩的にとらえた概念。J.ガルトゥング(1930〜)は、暴力とは「人間が潜在的に持つ可能性の実現の障害であり、取り除きうるにもかかわらず存続しているもの」と、概念の拡張を試みた。彼は通常の暴力を直接的暴力(direct violence)と呼び、それのない状態を消極的平和と規定した。これに対し、例えば工業国で牛肉の消費が増え、途上国から大量の飼料を輸入するようになり、そのため途上国の作付けが、自国民の消費用穀物から輸出用飼料に切り替えられ、子供たちの食糧が失われて飢餓に苦しむという場合には、結果は直接的暴力と同じだが、因果関係は複雑で暴力行使の主体は特定できず、しかも他者から食物を奪ったはずの人々はその自覚を持たない。このように、社会関係の非対称性を介して間接的に生命や人間の可能性を奪い去るような行為をガルトゥングは構造的暴力と呼び、制度や構造に内在した暴力の解消を積極的平和と定義して広範な論議を呼んだ。◇Johan Galtung(1930〜)オスロ生まれ。平和研究創始者の1人。59年オスロ国際平和研究所創立。著書『構造的暴力と平和』(1991年、中央大学出版部)など。

(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2008年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「構造的暴力」の意味・わかりやすい解説

構造的暴力
こうぞうてきぼうりょく
structural violence

1969年に J.ガルトゥングによって提示された暴力についての概念。社会システムのなかで構造化されている不平等 (資源配分に関する決定権の不平等) を,構造的・間接的な暴力と規定し,その発現である搾取,浸透,分断および辺境化を通して,第三世界における貧困,飢餓,抑圧,疎外などの社会的不正義が繰返し生み出されているとしたもの。この概念は,社会的不正義の国際的・国内的な構造の連鎖を明らかにして除去することこそが,戦争の不在という「消極的平和」以上に「積極的平和」実現の本質的課題であるとする平和研究の新方向を確立させた。

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世界大百科事典(旧版)内の構造的暴力の言及

【平和】より

…第2次大戦後その原因がなんであれおびただしい数の戦争が世界の周辺部,すなわち第三世界で起こっているが,核抑止はそれらの勃発を防ぐことはできなかったことに注意すべきである。 一方,パクス・エコノミカは,ある意味で構造的暴力,すなわち極度の貧困,非衛生的状態,政治的抑圧,文化的疎外,人種差別など社会構造そのものによって与えられる人間の身体・精神に対する侵害などの〈平和ならざる状態〉から民衆を守るものとして考えられよう。経済生活上の水準を高めることは,多少ともそれらの状態を克服するのに役立つからである。…

【平和研究】より

…とりわけ,ガルトゥングの学問的営為は平和研究の新地平を切り開き,平和研究の発展に大きな影響力を与えた。彼は戦争という直接的暴力の不在という意味での平和を消極的平和と呼び,むしろより重要なこととして,極度の貧困,政治的抑圧,人種差別,飢餓など基本的な人間性実現の機会を妨げる第三世界の状況に着目し,それが構造的暴力の所産だとし,その不在をもって積極的平和とするという画期的な平和概念を提起した。この文脈においてオスロ学派は,構造的暴力をつくりだす現代的形態での帝国主義や北と南の支配―従属の構造などを精力的に研究した。…

【暴力】より

…これは,暴力に対して政治の復権を求めることを意味しているといえよう。 さらに現代では,南北問題に触発されて,第三世界における極度の貧困,飢餓,政治的抑圧などに注目し,これらを〈構造的暴力〉の所産ととらえる考え方がJ.ガルトゥングらオスロ学派によって提唱されている。現代的形態の帝国主義や北による南の支配などによってつくり出される構造的暴力を視野に入れなければ,直接的暴力の発現たる戦争の原因も解明できないし,また直接的暴力の不在を消極的平和とすれば,構造的暴力の不在を積極的平和と考えるべきであると主張されている。…

※「構造的暴力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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