板金プレス加工(読み)ばんきんプレスかこう(英語表記)sheet metal press forming

改訂新版 世界大百科事典 「板金プレス加工」の意味・わかりやすい解説

板金プレス加工 (ばんきんプレスかこう)
sheet metal press forming

プレスを用いて板材を板面方向に変位させて成形する加工法。もっとも単純なのは曲げである。ダイスの穴の中にポンチで板を押し込んで容器をつくる方法を深絞り加工deep drawing,板材に面圧をかけて曲面状に成形する方法を張出し成形stretch-expand formingという。板材から製品用の原料板(ブランク)を切り取るには剪断(せんだん)が用いられる。またカップ状にした後にそれにつばを付ける過程のフランジ成形flanging,カップを押し抜いて,より薄肉の深いカップに成形するしごき加工ironingなども板金プレス成形の一つである。板材またはあらかじめ張出しや深絞りでつくった容器を回転させながら,へらを押し付けてふくらませていく加工法はへら絞りまたはスピニングspinningと呼ばれている。

 日用品として多用されている家庭電器の金属製の外殻,金属製の建具などはほとんど板金プレス加工により製造されるといえる。なべ,かま,やかんなどは製造過程でプレス加工が行われ,その後,主としてスピニングで製造される。近年,大量生産されているのが自動車の車体および部品で,フェンダールーフなどの外板,ドアインナーパネル,床,計器の支持板など,薄鋼板をプレス加工したものである。これらの成形,穴開けの工程は,連続して並ぶ数台のプレス機械を通過しつつ順次製品に仕上がっていく。

第2次大戦以後,自動車用鋼板の品質は,大量生産とデザイン面からの要求による厳しい加工条件に耐えられるように格段の進歩を遂げた。1948年にUSスチール社の技術者ランクフォードW.T.Lankfordは,自社の鋼板の引張試験をしていたとき,破断部の板幅が著しく減少しているグループとそれほど減少しないグループの二つに鋼板が分けられることに気づいた。その後50年に,USスチール社にトラクターの製造会社インターナショナル・ハーベスター社から,納入された鋼板がプレスの中で破断することが多いというクレームが届いた。通常の材料試験で比較するかぎり,クレームを受けたグループと受けなかったグループとの間になんらの差異を認められなかったが,ランクフォードは板を引張変形させたときの板幅方向の幅減少率に注目し,これら二つのグループの間に有意差が存在することがわかった。すなわち,幅の減少率の大きい材料はよく成形することができ,幅の減少率の小さい材料は成形することができなかったのである。そこで彼は成形しやすい材料を示す特性値として,板材をおよそ20%伸長したときの幅方向の幅減少率を厚さ減少率で除した,いわゆるひずみ化を用いることを提案した。爾来この比の値はランクフォードのr値として材料のプレス成形性の指標として重用されている。そのほか,材料の成形のしやすさを示すものとしては,引張試験の際,材料が均一に伸長しうる限度の伸びひずみをn値として用いている。材料がプレス成形に向いているか否かはこのr値とn値の大きさによって,まず判定することができる。実際に製造されている製品は自動車の各パネル類などにみられるように,かなり複雑な変形の組合せによって成形が行われている。したがって,r値とn値だけですべてを判断することは不可能で,実際にはモデル試験など実体に近いテストを行って試行錯誤の繰返しによって,適切な材料やデザインを実現する段取りの決定を行わなければならない。

比較的厚みが小さく,広がりが大きい板のような物体は,一般にばねのように弾性的に変位する量が大きい。したがって,プレスの中の型においても,板材を押し込んで型になじませた後,除荷すると型どおりの製品ができることはほとんどありえない。型によって決定される形状と実際に加工された製品の形状との差をスプリングバックspring-back量といい,慣行的に各プロセスにおいて代表的な点での変位量の大きさで表している。この値は板が薄く,かつ硬いほど大きい。したがってこの対策をうまく立てないと製品をつくることはできない。対策としては,(1)製品の強度の面で許されるかぎり材料の硬さを小さくすること,(2)成形の際の材料の引張変形量が大きいとスプリングバック量の小さいことに着目して,デザインと材料の伸びの許すかぎり引張変形量が大きくなるようなプロセスを選ぶこと,の二つが考えられる。このような初歩的な対策によっても形状が望むようなものとならない場合は,型そのものの形状をあらかじめスプリングバック量を計算に入れたものにすることが必要である。これは熟練した型設計者によるか,スプリングバック量を所与の条件(使用材料の強度とr値,幾何学的諸元,その他)に関して十分な精度で計算しうるシステムのバックアップによるCAD/CAMシステムによる型設計によるしかない。現在の大量生産工程においては,流れる材料の性質はほぼ一定しており,製造される部品の形も大きく変化することはあまりないので,たとえモデルチェンジがあっても,コストにひびくほどの試行錯誤をすることなく適切な製造条件に到達しうる。また,少量生産においては逆に注文者のほうが生産性の低いための余分なコストを覚悟しているので,生産者としても試行錯誤のコストは負担せず注文者に任せることができる。しかしコンピューターの発達とそれによるデータ集積とによって,将来はCAD/CAMによりデザインに即応した型設計を行うことが普通になるであろうと思われる。材料の選定は先に述べたr値とn値とが基本になるが,実際のプレス加工において材料の受ける変形はそれぞれの場所によって異なるので,r値とn値というパラメーターのみで材料の選定を行うことには問題がある。これは,r値とn値とが材料のプレス加工への適性を判断する情報として不十分であるというのではなく,実際のプレス加工で材料の受ける変形の実態について十分な調査と研究とがなされていないというところに問題があるといえるであろう。

 ランクフォードのr値が提唱され,またプレス加工への材料の適性としてn値が大きいことがよいということが明らかにされるようになって以来,プレス加工に適する材料を製造する技術はとくに薄鋼板の製造技術を中心にして長足の進歩を遂げた。とくにr値は板の中の個々の結晶粒の方位の並び方によって決定されるということが明らかにされて以来,たとえば薄鋼板の場合には,成分,熱間圧延条件,ホットストリップの巻取温度,冷間圧延における圧下率,コールドストリップの焼きなまし条件などの結晶方位のそろい方への影響が詳しく調査されてきた。その結果,r値に関しては鉄の結晶において考えられる最高の値に近いものも実現されるようになった。n値は,材料の降伏強度が低く,比較的結晶粒の大きいほど大きい値となることが知られている。しかし,過大な結晶粒は肌荒れにつながり,製品の強度の面から材料の降伏強度の最低限は定まってくるという事情のあることを忘れてはならない。

 板金プレス加工における問題としては,型かじりの発生,肌荒れ,しわの発生,破断,ひずみ(張りのある曲面に仕上がるべき面に生じるわずかなたるみ)の発生,スプリングバックなどがある。型かじりの対策としては,型表面の硬化対策(クロムめっき,TiCコーティング,VCコーティングなど)や型自体を軟らかいアンプコ合金(銅合金の一種)にするなどの対策がある。しわ,破断,ひずみ,スプリングバックなどは,加工プロセスに関しての再検討と材料の適否検討が必要である。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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