松虫(読み)まつむし

精選版 日本国語大辞典 「松虫」の意味・読み・例文・類語

まつ‐むし【松虫】

[1] 〘名〙
昆虫すずむし(鈴虫)」の古名。《季・秋》
古今(905‐914)秋上・二〇〇「君しのぶ草にやつるるふるさとは松虫のねぞかなしかりける〈よみ人しらず〉」
バッタ(直翅)目マツムシ科の昆虫。体長二五ミリメートル内外。体形コオロギに似、体は扁平で、後肢が長い。淡褐色。八月ごろ現われ、雄は美しい澄んだ声でチンチロリンと鳴く。河原や土手の松林に多い。昔から秋の鳴虫として飼われる。本州以南の各地に分布。国外では台湾、シンガポールに分布する。《季・秋》
※連珠合璧集(1476頃)上「松虫とあらば〈略〉嵐山、音羽山 秋風 あらし 露の床なる」
※俳諧・鯰橋(1718)「松虫のなくや夜食の茶碗五器〈菊阿〉」
歌舞伎で、下に伏せてたたく鉦(かね)。または、それを撞木(しゅもく)でたたく手法。六部や巡礼の役の出端に、普通二個並べて同時にたたく。また、さびしさを添える音として、念仏場面や墓場・寺院などの立回りなどにも用いる。松虫鉦。松虫の鉦。
浄瑠璃・摂州渡辺橋供養(1748)四「七墓廻りの修行者が松虫ちんちん打ならし」
[2] 謡曲。四番目物。各流。作者不詳。摂津国阿倍野の男が市に出て酒を売っているといつも訪れる若い男がいる。若い男は友が松虫の声にひかれて行き草の中で死んだことを語り、自分は亡霊であると打ち明けて消える。男が回向をすると、若い男の亡霊が現われ、友と酒宴を楽しんだ昔の思い出を語り、虫の音に興じて舞を舞う。
[補注]平安時代には鈴虫と松虫は現在とは逆に呼ばれていたというが、はっきりわかる例はまれである。初期俳諧に現われる松虫も、現在の鈴虫と解せる例と松虫と解せる例と両様ある。

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デジタル大辞泉 「松虫」の意味・読み・例文・類語

まつ‐むし【松虫】

直翅ちょくし目マツムシ科の昆虫。コオロギ類の一種。体長2センチくらい、淡褐色で、触角が長い。雌はきり状の長い産卵管をもつ。雄は発音器のある幅広いはねをもち、ススキなどの根際で夜にチンチロリンと鳴く。成虫は8~11月にみられ、本州以南に分布。 秋》「人は寝て籠の―啼きいでぬ/子規
歌舞伎下座音楽に用いる楽器。小形の伏せがねで、大小一組で使うことが多い。巡礼の出入りや寂しい寺院の場面などに用いる。
スズムシの古名。平安時代には名称が入れかわっていた。また、「松」を「待つ」に言い掛けて、和歌などにうたわれている。
「秋の野に人―の声すなり我かとゆきていざとぶらはむ」〈古今・秋上〉

まつむし【松虫】[謡曲]

謡曲。四番目物古今集などに取材。マツムシの声を慕って草むらで死んだ男の霊が友人恋しさに現れて、虫の音に興じて舞をまう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「松虫」の意味・わかりやすい解説

松虫
まつむし

能の曲目。四番目物。五流現行曲。摂津(せっつ)国(大阪府)阿倍野(あべの)の酒売り(ワキ)の前に市人(いちびと)たち(シテ、ツレ数人)が現れ、古詩を詠じつつ酒を酌むが、シテの男は、松虫の音を楽しむうちに、友達が死んでしまった悲しみを語る。自分がその友に残された男の亡霊であり、市人に混じって現れたと告げる。酒売りの弔いに、ふたたび男の執心(後シテ)が姿をみせ、友をしのぶ心と、野の景色、松虫の音を語り、舞い、明け方の光の中に消えていく。同性愛に近い友への思慕、その突然の死を包み込んだ夜の原、集(すだ)く虫の音を交錯させ、独特の風趣をもつ異色作。最終部分は、独吟、一調などの演奏に好まれる。

[増田正造]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「松虫」の意味・わかりやすい解説

松虫
まつむし

歌舞伎囃子などに用いられる金属製体鳴楽器。伏鉦 (ふせがね) とも呼ばれる。縁に小さな足が3つある皿型で,普通,大小一組とする。伏せて置きT字型の撞木 (しゅもく) で上面を打鳴らす。マツムシの鳴き声に似ているのでこの名がつけられた。

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動植物名よみかた辞典 普及版 「松虫」の解説

松虫 (マツムシ)

学名:Xenogryllus marmoratus
動物。マツムシ科の昆虫

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世界大百科事典(旧版)内の松虫の言及

【鐘∥鉦】より

…念仏講で打つもので,念仏鉦ともよばれる。歌舞伎囃子では伏鉦に大・小の型があり,大きいものが一つ鉦,中双盤,小さいものが松虫である。一つ鉦は余韻のある音を発し,寺院や殺し場など陰惨さを表すときに用いる。…

※「松虫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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