東海道中膝栗毛(読み)とうかいどうちゅうひざくりげ

精選版 日本国語大辞典 「東海道中膝栗毛」の意味・読み・例文・類語

とうかいどうちゅうひざくりげ ‥ダウチュウひざくりげ【東海道中膝栗毛】

滑稽本初編~八編まで一八冊。十返舎一九作。北川式麿ほか画。享和二~文化六年(一八〇二‐〇九)刊。彌次郎兵衛喜多八の江戸から京坂への旅行記。ナンセンスな笑い基調として言語・風俗などを精細に叙述し、好評を博した。続編も次々に出されて文政五年(一八二二)まで続き、一九の代表作となる。「浮世道中膝栗毛」とも。→膝栗毛

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デジタル大辞泉 「東海道中膝栗毛」の意味・読み・例文・類語

とうかいどうちゅうひざくりげ〔トウカイダウチユウひざくりげ〕【東海道中膝栗毛】

滑稽本。8編18冊。十返舎一九作。享和2~文化6年(1802~1809)刊。江戸八丁堀弥次郎兵衛喜多八が、失敗を演じながら旅をする、江戸から京坂までの道中記。好評を博し、20年にわたって続編を出した。道中膝栗毛。膝栗毛。

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改訂新版 世界大百科事典 「東海道中膝栗毛」の意味・わかりやすい解説

東海道中膝栗毛 (とうかいどうちゅうひざくりげ)

滑稽本。十返舎一九作。初編は栄水画,他は自画。1802-09年(享和2-文化6)刊。8編17冊。初編・後編は《浮世道中膝栗毛》と外題し,3編より《東海道中膝栗毛》。江戸神田八丁堀の住人栃面屋(とちめんや)弥次郎兵衛と喜多八が東海道を西へ旅をし,伊勢参宮をして大坂から京都にたどりつくという旅行記の形式の滑稽文学である。その間主人公の2人は,狂歌をよみ,洒落・地口をもてあそび,いたずらの限りを尽くして旅を続ける。徹底したナンセンスな笑いの文学であり,この作品をもって全盛期の滑稽本が実質的に確立した。大衆はもちろん知識人にも歓迎され,続編が刊行される。《続膝栗毛》は金毘羅詣,宮島参詣木曾街道木曾路より善光寺道,善光寺道中,上州草津温泉道中と続いて,主人公2人が江戸へ帰着することをもって1822年(文政5)に完結する。続編完結まで21年間,未曾有の流行であった。作者が先行文芸のあらゆる笑いの要素をこの作品の中に吸収するとともに,旅に出ることで地域社会の中での生活の制約から解放されたいという庶民の願望を,主人公2人の滑稽な行動の中に典型的に形象化したことが,流行の理由であった。模倣作も多い。
執筆者:

滑稽本《東海道中膝栗毛》を原拠とする演劇,音曲,映画などの一系統。歌舞伎では1827年(文政10)6月江戸河原崎座初演の4世鶴屋南北作《独道中(ひとりたび)五十三駅(つぎ)》が,その趣向をかりた最初の作品。以後多くの作品が上演されたが,1928年8月東京歌舞伎座初演の《東海道中膝栗毛》がもっとも有名。木村錦花脚色,2世市川猿之助(のちの猿翁)と6世大谷友右衛門の弥次喜多が話題になり,夏芝居の名物として約10年間趣向をかえて続演された。ほかに大衆芸能や映画にもたびたび脚色され,道中物の代表作となり,一種の観光案内としても喜ばれた。また新内節には,富士松魯中作曲の膝栗毛3段,〈赤坂並木〉〈組討〉〈口寄せ〉があり,新内節には数少ないちゃり物(滑稽物)として喜ばれている。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「東海道中膝栗毛」の意味・わかりやすい解説

東海道中膝栗毛
とうかいどうちゅうひざくりげ

十返舎一九(じっぺんしゃいっく)作の滑稽本(こっけいぼん)。八編18冊。挿絵は一九自画。1802~09年(享和2~文化6)刊。書名は初編が「浮世道中膝栗毛」、二編が「道中膝栗毛」、三編より「東海道中膝栗毛」。十返舎一九の代表作であり、滑稽本の代表作でもある。

 駿河(するが)府中の生まれで、江戸・神田(かんだ)八丁堀に住む栃面屋弥次郎兵衛(とちめんややじろべえ)が、居候の喜多八(きたはち)を連れて江戸を出発し、東海道を西に、伊勢(いせ)参宮にと旅立ち、京見物から大坂に至るまでの道中記形式の文学である。弥次郎兵衛・喜多八の2人の関係は、狂言のシテ・アドにあたり、仮名草子(かなぞうし)の『竹斎(ちくさい)』や『東海道名所記』などの道中記文学のスタイルを襲ったものである。2人の道中の愚行・失敗は、江戸出発より大坂に至るまで連鎖的に続けられるが、それらは洒落(しゃれ)本以来の写実的な描写と、狂言・噺本(はなしぼん)・浮世草子その他、先行文芸のあらゆる笑いの要素を作者が取り入れたことで、現実感と滑稽とを確保して、「切落(きりおとし)向を専(もっぱら)として」(四編序)というように、切落=大衆相手の読み物として、意識的に読者の好尚に適応させようとしている。当然その笑いは、曲亭馬琴(きょくていばきん)が「只(ただ)村農野嬢(やじょう)の解し易(やす)くて笑ひを催すを歓(よろこ)ぶのみならず、大人君子も膝栗毛のごときは看(みる)者に害なし」(近世物之本江戸作者部類)と評したように、風刺の毒をまったく含まない、文字どおりの哄笑(こうしょう)である。大衆に歓迎された理由であるが、弥次郎兵衛・喜多八の愚行・失敗が、旅に出ることによって地域社会のさまざまなルールや制約から解放されたいと願う庶民の心情を典型的に描いてみせたことも見逃せない。一九は『続膝栗毛』として、金毘羅参詣(こんぴらさんけい)、宮嶋(みやじま)参詣、岐蘇(きそ)街道、善光寺道中、草津温泉道中などに弥次・喜多の滑稽を描いて、完結したのは1822年(文政5)である。21年間出版され続けたわけで、刊行中から模倣作が相次ぎ、仮名垣魯文(かながきろぶん)の『西洋道中膝栗毛』(1870)にまで及び、現代でも題名やパロディーその他に、「膝栗毛」の名を利用する作品は多い。

[神保五彌]

『中村幸彦校注『日本古典文学全集49 東海道中膝栗毛』(1975・小学館)』『松田修著『東海道中膝栗毛』(1973・淡交社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「東海道中膝栗毛」の意味・わかりやすい解説

東海道中膝栗毛
とうかいどうちゅうひざくりげ

滑稽本十返舎一九作。享和2 (1802) ~文政5 (22) 年刊。別称『浮世道中膝栗毛』『道中膝栗毛』。正編は9編 18冊,続編は 12編 25冊。江戸神田八丁堀の住人弥次郎兵衛と喜多八が,日本橋から箱根まで出かけた話が正編の初編。好評だったので道中を延長して,東海道を上り,伊勢参宮から京都を経て大坂まででいったん道中が終り,2人の素性を述べる「発端」が出て正編は完結。次いで大坂から四国へ渡り,金毘羅参詣,さらに本州に戻って宮島見物,帰途木曾街道を経て善光寺から草津をめぐり,江戸へ帰るまでの続編が出た。続々編も出たが作者病没のため2編で中絶。滑稽の素材は狂言や浮世草子など先行文学によるものが多いが,方言や地方風俗の描写の精密さによって滑稽を誇張。以後の滑稽本の指標となった。

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百科事典マイペディア 「東海道中膝栗毛」の意味・わかりやすい解説

東海道中膝栗毛【とうかいどうちゅうひざくりげ】

十返舎一九作の滑稽(こっけい)本。1802年―1809年刊。8編17冊。江戸神田の八丁堀の住人弥次郎兵衛・喜多八が東海道を上り,伊勢参宮を経て大坂,京に至る道中の失敗・滑稽を軽妙に描く。この作品の大流行によって滑稽本の全盛時代が出来した。後に《発端》1冊(1814年刊),《続膝栗毛》12編25冊(1810年―1822年刊)を出版。明治には仮名垣魯文がこれにあやかって《西洋道中膝栗毛》を書くなど,近代にいたるまで,道中物としての〈膝栗毛物〉という一ジャンルが生き続けた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「東海道中膝栗毛」の解説

東海道中膝栗毛
とうかいどうちゅうひざくりげ

江戸後期の滑稽本。「東海道中膝栗毛」は発端と8編,「続膝栗毛」は12編。十返舎一九(じっぺんしゃいっく)作。挿絵は19,口絵などは歌川豊国らの画。1802~22年(享和2~文政5)刊。駿府生まれの栃面屋弥次郎兵衛と元旅役者の喜多八が,江戸から大坂まで旅をする間の道中記。2人は奇行・愚行を繰り返し,滑稽な失敗を次から次へと行い,その間に旅行者や街道筋の人々のようすが狂歌をまじえて描かれる。「続膝栗毛」は金毘羅参詣,宮島参詣,中山道,善光寺参詣,草津温泉の道中を描く。刊行中から人気沸騰し,本作の模倣作も多数書かれた。「日本古典文学大系」所収。

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旺文社日本史事典 三訂版 「東海道中膝栗毛」の解説

東海道中膝栗毛
とうかいどうちゅうひざくりげ

江戸後期,十返舎一九 (じつぺんしやいつく) の代表的滑稽本
1802〜22年刊。神田八丁堀の弥次郎兵衛と喜多八が,東海道旅行中におこしたかずかずの失敗・悪戯・奇行・駄洒落を描いた。劇化や,音曲化され,数多くの模倣作の先駆となった。

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世界大百科事典(旧版)内の東海道中膝栗毛の言及

【狂言】より

…元禄期前後においても,歌舞伎の演目の中には明らかに狂言から出たと思われるものがたくさんあるし,舞踊にも古く初代中村勘三郎所演の《乱曲三番叟》,近世後期まで下ると《寿靱猿(ことぶきうつぼざる)》《朝比奈釣狐》など狂言を材料としたものが数々現れた。歌舞伎以外でも井原西鶴や近松門左衛門の作品,川柳や小咄にも影響を与えているが,ことに十返舎一九の《東海道中膝栗毛》(1802),それに続く《続膝栗毛》には,狂言《丼礑(どぶかつちり)》《附子(ぶす)》《墨塗(すみぬり)》等の趣向がとり入れられ,効果的に笑いをもり上げている。明治以降も,歌舞伎舞踊として《素襖落》《身替座禅(みがわりざぜん)》(《花子》の舞踊化),《棒しばり》《茶壺》といった曲が作られ,松羽目物(まつはめもの)と呼ばれて今日でも人気曲としてよく上演される。…

【道中粋語録】より

…2人の宿場女郎に上方の商人と供の江戸者の2人の客を配し,江戸生れの仲居女などを介在させ,さらに土地客と別の女郎の1組を描いて,すでに川柳などで取り上げられたひなびた風俗をとらえ,またおかしげな方言をさかんに使わせて,野趣に富んだ滑稽味を全編にみなぎらせている。当時の洒落本としては型破りであるが,後の万象亭(まんぞうてい)(森羅(しんら)万象)の《田舎芝居》(1787)などを経て,十返舎一九の《東海道中膝栗毛》(1802)を生む母体をなした作品である。【水野 稔】。…

※「東海道中膝栗毛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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