末梢神経生検

内科学 第10版 「末梢神経生検」の解説

末梢神経生検(生検)

(1)末梢神経生検(nerve biopsy)
 末梢神経生検には一般的に腓腹神経(sural nerve)が選ばれる.腓腹神経は第4,5腰髄および第1,2仙髄後根神経節に細胞体をもつ第一次感覚ニューロンと,交感神経節後ニューロンの軸索からなり,坐骨神経・総腓骨神経から分岐して下腿後面から外踝後方をまわり,足背外側へと至る皮神経である.腓腹神経が選択される理由は,①ヒトでは運動神経を含まないため,術後に運動麻痺をきたさないこと,②下肢遠位部にあり,各種ニューロパチーで侵されやすい(つまり所見が出やすい)こと,③解剖学的破格が少ないこと,④感覚神経伝導検査との対比ができること,⑤過去の症例の蓄積があり,比較対照が容易であること,の5点に集約される.
 外踝後方で外踝上縁より約2横指上方アキレス腱との中間の部位に縦方向に3~4 cmの切開を加えて採取する.生検の詳細については他書にゆずるが,同一の切開創から短腓骨筋の生検も可能である.切離した腓腹神経の標本作製にあたっては通常のパラフィン包埋だけでは不十分で,エポン包埋(光顕用のトルイジンブルー染色と電顕用超薄切片の両方が作製できる)とときほぐし標本の2種類は最低作る必要がある.特に,トルイジンブルー染色を施したエポン包埋切片は美しい髄鞘染色となり,現在では末梢神経を光顕的に観察するにあたっての国際的標準である.
a.腓腹神経生検所見
 腓腹神経生検で得られる情報は,第一次感覚ニューロンおよび交感神経節後神経の遠位端に近い部分での軸索および髄鞘の変化であることを常に念頭におく.腓腹神経の有髄線維成分はすべて感覚線維であり,健常成人では有髄線維密度はほぼ6000~10000/mm2の間にある.直径分布ヒストグラムでは大径線維(直径7~12 μm)・小径線維(直径1~4 μm)の二峰性分布を示す.無髄線維成分は感覚線維と交感神経節後線維(割合は7:3程度といわれる)によって構成されており,個々の線維の直径は0.1~2.0 μmの間にある.健常成人では無髄線維密度はだいたい20000〜40000/mm2の間にあることが多く,直径分布ヒストグラムでは0.8〜1.2 μm近辺にピークをもつ一峰性分布を示す.
 軸索変性と脱髄がニューロパチーの代表的な病的過程である(図15-4-21).急性の軸索変性であればミエリン球(myelin ovoid)の多発が,慢性の軸索変性であれば有髄線維密度の減少が前景に立った変化となり,急性の脱髄であれば髄鞘を有しない軸索(naked axon)やミエリンをマクロファージが貪食している像(軸索は保たれている点がミエリン球と異なる),慢性反復性の脱髄であれば髄鞘の菲薄な線維やオニオンバルブ(onion bulb)形成がそれぞれ主体となる病的変化となる.慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(chronic inflammatory demyelinating polyradiculoneuropathy:CIDP)などの炎症性ニューロパチーでは,神経内鞘への細胞浸潤がみられることがある.また,神経内鞘の浮腫が高頻度に観察され,間接的に炎症の存在を示唆する.
b.腓腹神経生検が適応となる疾患
 末梢神経生検が診断的に大きな価値を有し,常にその適応を念頭におくべき疾患は以下のとおりである.
 ⅰ)血管炎に伴う虚血性ニューロパチー
 各種膠原病に伴う血管炎では小動脈病変の主座となる.この大きさの動脈は末梢神経幹にとっては終動脈であるため,炎症によって閉塞すると末梢神経の梗塞をきたし,ニューロパチーを発症する.小動脈のフィブリノイド変性や血管周囲の細胞浸潤を観察するにはパラフィン包埋のH-E染色が適しており,血管炎のもう1つの重要な所見である弾性板の破綻の有無を確認する目的でvan Gieson染色などを追加する.血管炎は検体内のすべての小動脈に一様に存在するわけではない.1枚の標本で明らかな所見が得られなかった場合は可能な限り多数のブロックを切って血管炎を探す必要がある.同時に採取した短腓骨筋にのみ血管炎の所見が認められることもしばしば経験する. 本症は急性ないし亜急性の軸索変性が基本的病変であるので,有髄線維は密度の減少とともに多数のミエリン球を認める.血管炎に基づくニューロパチーでは神経束ごとに,また,同一神経束内でも部位によって病変の程度に差があることが多い.これは,栄養血管の閉塞によって梗塞に陥った部位と梗塞を免れた部位の混在と考えれば理解しやすく,血管炎の存在の間接的な証拠となる重要な病理所見である.
 ⅱ)サルコイドニューロパチー
(sarcoid neuropathy) サルコイドーシスの約5%に末梢神経障害を合併するといわれているが,ニューロパチーのみが症状の場合の診断は難しい.生検で神経上膜にサルコイド結節がみつかることがしばしばある.この場合も短腓骨筋の同時生検は有用である.
 ⅲ)アミロイドニューロパチー
(amyloid neuropathy) 末梢神経障害を示すアミロイドーシスはAL型と家族性アミロイドポリニューロパチー(familial amyloid polyneuropathy:FAP)である.末梢神経幹はアミロイドの沈着しやすい部位の1つであるため本症での末梢神経生検の診断的意義はいまだに高く,Congo-red染色で赤染し,偏光顕微鏡でグリーン/オレンジ色の偏光を放つアミロイド物質を光顕的に認め,電顕でアミロイド細線維を確認すれば診断が確定する.同時に生検した短腓骨筋や皮膚にのみアミロイドが観察されることもしばしば経験する.小径有髄線維と無髄線維が選択的に脱落するのが大きな特徴で,これは本症で臨床的にみられる自律神経障害や温痛覚の低下と合致する病理所見といえる.
 ⅳ)Hansen病
 発展途上国ではいまだに重症ニューロパチーの重要な原因疾患である.感覚神経の障害がきわめて強く,腓腹神経内の神経線維がまったく消失してしまうような例もまれではない.神経束内にMycobacterium leprae
を認めることがあり,抗酸菌染色による光顕的観察と電顕的観察が必要である.
 ⅴ)その他の疾患
 上記の4疾患に比べると診断的な価値はやや落ちるが,CIDP,n-ヘキサン中毒によるニューロパチー,巨大軸索性ニューロパチー,遺伝性圧脆弱性ニューロパチー(hereditary neuropathy with liability to pressure palsies:HNPP),Fabry病,Krabbe病などで特異性の高い変化がみられることが多い.
c.腓腹神経生検の合併症
 腓腹神経支配領域の全感覚脱失は必発であるが,その範囲は症例により異なり,ほとんど関知できないような場合もある.Dyckら(1992)は生検施行1年後の患者について調査を行っているが,60%は無症状,30%に軽度の違和感・異常感覚が残存し,10%に患者を悩ますような強い異常感覚・錯感覚が出現したと記載している.いったん切除した神経は再生しない.生検の適応については十分に検討を加えたうえで,術後合併症の可能性についても患者に十分に説明したうえで行うべき検査法である.[神田 隆]
■文献
神田 隆:末梢神経疾患.神経病理カラーアトラス(朝長正徳,桶田理喜編),pp234-253,朝倉書店,東京,1992.
埜中征哉:臨床のための筋病理,第3版,日本医事新報社,1999.
岡 伸幸:カラーアトラス末梢神経の病理,中外医学社,東京,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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