木幡山(読み)こはたやま

精選版 日本国語大辞典 「木幡山」の意味・読み・例文・類語

こはた‐やま【木幡山】

山城国宇治郡宇治村木幡の山。京都市伏見区の桃山御陵付近の山をいう。古くは奈良街道が通じていた。
※別本源氏(1001‐14頃)椎本御使にはこわた山のほども、雨もいとおそろしげなれば」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

日本歴史地名大系 「木幡山」の解説

木幡山
こはたやま

東和町木幡治家じげと伊達郡川俣かわまた大綱木おおつなぎとの境界にある山で、標高六六六・一メートル。古くから神仏習合信仰の山で、全山が隠津島おきつしま神社の境内地にあたり、山頂に蔵王宮、八合目に巨大な磐座に囲まれた本殿があり、南西麓には拝殿と天台宗治陸じろく寺が所在する。建武二年(一三三五)八月二八日の武石胤顕軍勢催促状(飯野八幡宮文書)に「安達郡木幡山」とみえる。寛永一四年(一六三七)の山禁制状(松藩捜古)には「御弁天山御法度」とみえ、元文(一七三六―四一)頃にまとめられた弁才天宮万書上帳(木幡山志・東和町史)には「弁才天御山」とみえる。近世には山内にある弁才天宮が「木幡の弁天様」として地域住民の信仰を集めた。木幡山治陸寺縁起(木幡山志)によれば、治陸寺は大同年間(八〇六―八一〇)に開かれ、康平六年(一〇六三)に「山を木幡と名づけ」たという。なお山頂近くに元亨年間(一三二一―二四)のものを含め板碑が二基ある。

木幡山
こはたやま

歌枕。伏見山のことで「八雲御抄」「和歌色葉」にあげられ、「万葉集」巻二の歌を証歌とする。

<資料は省略されています>

「八雲御抄」が「かち人、馬、山しなの」と注するのもこの歌によるが、「万葉集」の時代の木幡は当地とは異なる。「源氏物語」に「御使は木幡山の程も雨もよにいと怖ろしげなれど」(椎本の巻)、「御達、あなむくつけや。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の木幡山の言及

【伏見】より

…桓武天皇陵が807年(大同2)この地に移され,《江家次第》《拾芥抄》には〈伏見山に在り〉とされている。伏見山は木幡(こはた)山ともいい,この地がのちに豊臣秀吉の伏見城となり,さらに明治天皇陵となった。その南麓に延久年間(1069‐74)藤原頼通の子,橘俊綱が造営した伏見山荘は1093年(寛治7)焼失したが,高陽(かや)院,石田殿とともに三名勝とされていた。…

※「木幡山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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