有職故実
ゆうそくこじつ
有職は、古くは有識と書き、博識なること、歴史、文学、朝廷の儀礼によく通じていることをいう。『続日本紀(しょくにほんぎ)』の桓武(かんむ)天皇の延暦(えんりゃく)9年(790)7月の条の上表文に「応神天皇命上毛氏遠祖荒田別使於百済搜‐聘有識者」とあり、百済に使を遣じて有識者を聘し、これを皇太子の師としたとある。『三代実録』の貞観(じょうがん)5年(863)5月の条には「有識式部少輔従五位下小野朝臣篁」とあって、博識の才学をもつ人をいう。『源氏物語』「少女(おとめ)」には、源氏の長男夕霧(ゆうぎり)のことを「まことに天の下並ぶ人なきいうそくにはものせらるめれど」とあり、『大鏡(おおかがみ)』には、藤原(小野宮(おののみや))実頼(さねより)のことを「大かた何事にもいうそくに御心うるはしく」とある。
故実は、同じく古(いにしえ)の事実、古例を意味したが、『三代実録』貞観11年(869)12月の伊勢(いせ)奉幣の告文にも故実という語がみえ、『類聚国史(るいじゅうこくし)』147・国史編修の上表文にも「総而書以備故実」とみえる。こうして平安朝の初期には有職のなかに故実の意味が含まれてくる。平安朝中期以後は、宮廷に官職の歴史を調べることが盛んになってくることから、『職原抄(しょくげんしょう)』などの書物が叙述されるに至って、官職の典故沿革などを研究することが行われるようになり、識を職と書くようになった。そして、儀式の典拠の起源由来から歴史、律令格式(りつりょうきゃくしき)の制度などを調べる学を有職故実学という。毎日、毎月の儀式を作法に従って行うことが宮廷人の主要な勤めとなり、有職故実はたいせつにされるに至った。
公家(くげ)の有職は嵯峨(さが)天皇のときより始まり、村上(むらかみ)天皇および朱雀(すざく)天皇時代の摂政(せっしょう)藤原忠平(ただひら)は有職に詳しく、その子の実頼、師輔(もろすけ)、師尹(もろただ)も、それぞれ忠平の儀式作法を受け継ぎ、小野宮、九条、小一条流を名のった。中世、武家の世に入ると、公家の有職に対して武家の儀式典礼を故実とよぶようになり、公家の儀式典礼を有職、武家のそれを故実とよぶ習慣もみられたが、近世に至り、有職故実の学が定着した。有職故実は静的に定着した儀式の典型を尊重するもので、公家・武家の社会生活のうえに、必要な根拠となるものである。
[山中 裕]
『江馬務著『日本の美と教養5 有職故実』(1965・河原書店)』▽『河鰭実英編『有職故実図鑑』(1971・東京堂出版)』▽『室伏信助他編『角川小辞典17 有職故実 日本の古典』(1978・角川書店)』▽『鈴木敬三編著『有職故実 国語・国文資料図集』全3冊(1983・全教図、冬至書房新社発売)』▽『出雲路通次郎著『大礼と朝儀』(1988・臨川書店)』▽『井筒雅風他編『江馬務著作集10』(1988・中央公論社)』▽『山上伊豆母編、山上忠麿著『有職故実論集』(1993・大文字書店)』▽『石村貞吉著、嵐義人校訂『有職故実』上下(講談社学術文庫)』
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有職故実
ゆうそくこじつ
官職位階,宮殿殿舎,服飾,武具,年中行事,典礼などに関する研究をいう。先例典拠を重んじる伝統主義的なものの考え方に基づき,平安時代以後,貴族社会において重要視され,貴族の教養の一つとされた。そのため『小右記』『中右記』『玉葉』『明月記』など貴族の日記,記録には有職故実関係の記事が少くない。また『西宮記』『北山抄』『江家次第』『禁秘抄』『建武年中行事』『職原抄』『拾芥抄』『公事根源 (くじこんげん) 』など数多くの有職故実研究書が著わされた。武家社会に関するものは武家故実という。『貞丈雑記』は公家,武家の両方に関する研究書である。
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有職故実
ゆうそくこじつ
貴族・武家の儀礼行事上の法式
有職は貴族,故実は武家についていわれる言葉とされる場合もある。有職は,平安時代,生活・儀式が固定化するにつれ,過去の礼式を踏襲する風が強まり,知識・学問として整理体系化された。『西宮記』『江家次第』が著され,のちの典拠となった。武家は貴族の礼式に準じながら武家独自の様式が定められ,室町時代以降盛んとなり,伊勢・小笠原氏が専門の家とされた。特に江戸中期に出た伊勢貞丈 (さだたけ) は有名。
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有職故実
古来の朝廷や武家の儀礼・官職・制度・服飾・法令・軍陣などの先例や典拠となるもの。
[使用例] 和学講談所(主として有職故実を調査する所)の塙次郎という学者は[島崎藤村*夜明け前|1932~35]
[使用例] 兼実はやはり有職故実の家の人として、行幸の行列の次第、車、輿の種類、服装などのことは詳しく記録している[堀田善衛*方丈記私記|1970~71]
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ゆうそく‐こじつ イウソク‥【有職故実】
〘名〙 公家や武家の儀礼・官職・制度・服飾・法令・軍陣などの先例・典故をいう。
※古今書画鑒定便覧‐四・地下歌人・橋本経亮(古事類苑・文学二五)「有職古実の学に精しくして一家をなす」
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デジタル大辞泉
「有職故実」の意味・読み・例文・類語
ゆうそく‐こじつ〔イウソク‐〕【有▽職故実】
朝廷や公家の礼式・官職・法令・年中行事・軍陣などの先例・典故。また、それらを研究する学問。平安中期以後、公家や武家の間で重んじられた。
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ゆうそくこじつ【有職故実】
平安時代以後,朝廷の儀式典礼を行う場合,そのよりどころとなる歴史的事実を故実といい,この故実に通じていることを有職といった。有職は〈ゆうそこ〉ともいい,古くは有識と書いた。中世以来故実は公家儀礼における公家故実と武家儀礼における武家故実にわけられ,前者を単に有職といい,後者を故実という場合が多い。
[語義の変遷]
そもそも故実はなにか事を行う場合に,それが先例,先規としてかえりみられるときにのみ意味が生ずる。
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