有機リン中毒

内科学 第10版 「有機リン中毒」の解説

有機リン中毒(ガス・その他の工業中毒)

(6)有機リン中毒
 有機リンは殺虫剤として農業や園芸に頻用され,中毒はおもにその合成,調合散布,保存における不慮の事故や自殺企図で発生するが,近年,化学兵器として開発されたサリン,VXによるテロ事件も発生している.有機リンは,神経伝達物質であるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害し,神経系を障害する.末梢神経ではdying-back型軸索障害を示し,おもに大径線維が障害される.脊髄の錐体路,前角細胞,脊髄根,さらに下部脳幹,小脳の長経路も障害される. 中毒症状は3型に分けられる.
1)急性コリン作動性症候群:
暴露直後に生じ,AChE活性レベルにより,ニコチン様症状(散瞳,頻脈,高血圧,線維束性収縮,四肢の筋力低下),ムスカリン様症状(縮瞳,流涙,流涎,徐脈下痢嘔吐,気管支痙攣・分泌物増加)または中枢神経症状(失調,痙攣,錯乱昏睡)がみられる.
2)中間症候群:
暴露後2~4日間に出現する.コリン作動性症候群に続いて発症するが,突然起こることもある.筋力低下,特に近位筋,顔面筋,球筋,頸屈筋や呼吸筋が傷害される.通常は1~3週間で徐々に改善する.
3)遅発性ニューロパチー:
暴露後1~5週間に錯感覚で発症するが,運動障害が優位で,下肢遠位筋の筋力低下がみられる.錐体路症状を伴うこともある.
 診断は有機リンの暴露歴,著明な縮瞳や発汗過多から判断する.赤血球や血漿中のAChEやブチルコリンエステラーゼ値が低下する.治療はムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピンを繰り返し皮下注射か持続静注を行う.またはAChEの再活性薬であるプラリドキシムヨウ化物を静注する.[熊本俊秀]
■文献
Harris J, Chimelli L, et al: Nutritional deficiencies, metabolic disorder and toxins affecting the nervous system. In: Greenfield’s Neuropathology, 8th ed (Love S, Louis DN, et al eds), pp 675-731, Hodder Arnold, London, 2008.上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),医学書院,東京,2009.Prockop LD, Rowland LP: Occupational and environmental neurotoxicology. In: Merritt’s Neurology, 11th ed (Rowland LP ed), pp1173-1184, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2005.

有機リン中毒(有機物質中毒)

(7)有機リン中毒(organic phosphate poisoning)
定義・概念
 有機リン剤は農薬として広く用いられており,農薬散布中の事故のほか自殺目的の服用により発症する.
病態生理
 有機リン剤はコリンエステラーゼ(AChE)と不可逆的に結合して,AChEを不活性化することにより全身のACh過剰状態を惹起する.
臨床症状
1)ムスカリン作用(副交感神経刺激症状): 流涎,発汗,下痢,縮瞳,肺水腫などがみられる. 
2)ニコチン作用: 筋線維束性攣縮や呼吸筋麻痺をみる.
3)中枢神経作用: 痙攣,昏睡,呼吸抑制をきたす.
検査成績
 血清や血球AChE活性値は大量服毒例では0近くになる.血液・尿中から薬剤や代謝産物の検出を行う.
診断
 患者の暴露状況など問診による調査,乳白色の吐物,独特のガソリン様の臭気,臨床症状からほぼ診断がつく.
治療
 誤飲して4時間以内なら胃洗浄を排液の乳白色が透明になるまで行う.副交感神経刺激症状,中枢神経症状に対してアトロピン,AChEの活性回復にプラリドキシムヨウ化メチル(PAM)を使用する.重症例では呼吸管理,血液透析を行う.[内野 誠]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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