月舟宗胡(読み)げっしゅうそうこ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「月舟宗胡」の意味・わかりやすい解説

月舟宗胡
げっしゅうそうこ
(1618―1696)

江戸中期の曹洞(そうとう)宗の僧。姓は原田氏。肥前(佐賀県)武雄(たけお)の人。加賀(石川県大乗寺住職、白峰玄滴(はくほうげんてき)(1594―1670)の法を嗣(つ)ぐ。黄檗(おうばく)宗の隠元隆琦(いんげんりゅうき)、道者超元(どうしゃちょうげん)(1602―1663)らにも禅法を学んだ。山城(やましろ)(京都府)の禅定寺(ぜんじょうじ)そのほかを開創し、三河国(愛知県)長円寺に住し、のち大乗寺中興26世となる。弟子に宗統復古運動の中心人物となった卍山道白(まんざんどうはく)そのほかを擁し、『瑩山和尚清規(けいざんおしょうしんぎ)』を刊行して僧風の改革を挙揚するなど、弛緩(しかん)した江戸時代の曹洞宗の活性化に努めた。著書に『月舟夜話(やわ)』『椙樹林(しょうじゅりん)指南記』などがある。

[東 隆眞 2017年7月19日]

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朝日日本歴史人物事典 「月舟宗胡」の解説

月舟宗胡

没年元禄9.1.10(1696.2.12)
生年元和4.4.5(1618.5.28)
江戸前期の曹洞宗の僧。肥前武雄(佐賀県)の人。12歳のとき,曹洞宗の華岳宗芸に参じた。諸国行脚に出て万安英種などにつき,のちに加賀大乗寺(金沢市)の白峯玄滴の法を嗣いだ。摂津(大阪府)の宅原寺,三河(愛知県)の長円寺に歴住ののち,加賀の大乗寺第26世となった。大乗寺退院後は,京洛で教院を禅寺に改め禅定寺と号して住した。大乗寺において道元への復帰と古規を重んじる「瑩山清規」の実践に努め,「規矩大乗」の名声を得る。門下に卍山道白,徳翁良高などの逸材が育った。「曹洞宗中興の祖」とも称される。書も有名。著書は『月舟遺録』『月舟夜話』など。

(志部憲一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「月舟宗胡」の解説

月舟宗胡 げっしゅう-そうこ

1618-1696 江戸時代前期の僧。
元和(げんな)4年4月5日生まれ。曹洞(そうとう)宗。万安英種や黄檗(おうばく)宗の隠元隆琦(りゅうき)らにまなび,加賀(石川県)大乗寺の白峰玄滴(はくほう-げんてき)の法をつぐ。寛文11年大乗寺住持。道元の古儀にかえることをとなえ,「瑩山清規(けいざんしんぎ)」を刊行し,「椙樹林指南記」などをあらわした。門下に卍山(まんざん)道白ら。元禄(げんろく)9年1月10日死去。79歳。肥前武雄(佐賀県)出身。俗姓は原田。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「月舟宗胡」の意味・わかりやすい解説

月舟宗胡
げっしゅうそうこ

[生]元和4(1618)
[没]元禄9(1696)
江戸時代前期の曹洞宗の僧。諸国を巡遊したのち,石川県の大乗寺で白峰玄滴 (びゃくほうげんてき) に師事し嗣法。卍山道白に席を譲り,京都南山城に補陀落山禅定寺を再興し,宗風を宣揚した。

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367日誕生日大事典 「月舟宗胡」の解説

月舟宗胡 (げっしゅうそうこ)

生年月日:1618年4月5日
江戸時代前期の曹洞宗の僧
1696年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の月舟宗胡の言及

【禅定寺】より

…また隣の曾束(そつか)荘と堺相論が続けられたのは有名である。室町時代後半以降衰微して,寺の下司が管理し,無住となったが,1680年(延宝8)曹洞宗の月舟宗胡(げつしゆうそうこ)が入寺し,同宗の寺として再建となり,現在にいたる。創建以来の古文書(12巻4冊)と仏像(十一面観音,日光月光,四天王,文殊,地蔵)9体が,重要文化財に指定されている。…

※「月舟宗胡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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