日本大百科全書(ニッポニカ) 「景清(落語)」の意味・わかりやすい解説
景清(落語)
かげきよ
落語。原話は初代米沢(よねざわ)彦八著『軽口大矢数(かるくちおおやかず)』所収の「祇園(ぎおん)景清」で、その系統の上方(かみがた)落語『景清の眼(め)』を3代目三遊亭円馬が東京へ移したため、現在は東西で口演されている。東京落語の『景清』では、定次郎が急に目が見えなくなり、赤坂の日朝(にっちょう)様へ願掛けをする。21日目の朝、すこし見えたので「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」を唱えていると、同じような境遇の女がお題目を唱える声が聞こえ、その女に邪念をもったためにまた見えなくなる。それから石田の旦那(だんな)の勧めで上野の清水観音(きよみずかんのん)に願掛けをする。ここは昔、悪七兵衛(あくしちびょうえ)景清が目をくりぬいて納めたという京都の清水観音の出店だが、百日通っても御利益(ごりやく)がなく、定次郎は観音様に当たり散らす。旦那に諭されて帰る途中に雷雨にあって気絶するが、やがて気がつくと目があいていた。浄瑠璃(じょうるり)の『壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)』と相通じ、背景に強い観音信仰がある。8代目桂文楽(かつらぶんらく)がこの作品を磨き上げて絶品とした。
[関山和夫]