旭川(読み)あさひかわ

精選版 日本国語大辞典 「旭川」の意味・読み・例文・類語

あさひかわ あさひかは【旭川】

北海道中央部の地名。上川支庁所在地。明治二四年(一八九一石狩川牛朱別川などの支流を合わせる地点に置かれた屯田兵村から発展。かつて陸軍第七師団が置かれた。鉄道交通の要地で、木材、パルプ工業が発達。大正一一年(一九二二)市制。

あさひ‐がわ ‥がは【旭川】

岡山県中央部を貫流する川。大山(だいせん)の南方蒜山(ひるぜん)付近に源を発し、岡山市児島湾に注ぐ。全長一四二キロメートル。

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デジタル大辞泉 「旭川」の意味・読み・例文・類語

あさひかわ〔あさひかは〕【旭川】

北海道中央部、上川盆地にある市。上川総合振興局所在地。屯田兵により開拓された道央・道北の交通の中心地。パルプ・木材・醸造などの工業が盛ん。人口34.7万。
[補説]市内を流れる忠別川は、もとアイヌ語で「チウ‐ペッ」(波の川)または「チュク‐ペッ」(秋の川)だったのを「チュプ‐ペッ」(太陽の川)と解し、旭川と訳した。

あさひ‐がわ〔‐がは〕【旭川】

岡山県中部を南流する川。蒜山ひるぜんに源を発し、岡山市東部で児島こじまに注ぐ。長さ142キロ。

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日本歴史地名大系 「旭川」の解説

旭川
あさひがわ

県の三大河川の一つで、鳥取県境蒜山ひるぜん高原に源をもち、真庭まにわ勝山かつやま町で新庄しんじよう川を、同郡落合おちあい町で備中川を、御津みつ建部たけべ福渡ふくわたり誕生寺たんじようじ川を、同郡御津町金川かながわ宇甘うかい川を、それぞれ合せて南流し、岡山市を貫流して児島こじま湾に注ぐ。幹川流路は一四二キロ、全流域面積は一八〇〇平方キロ。一級河川。

〔名称〕

和気絹」の御野みの郡の項に「当国に川二筋あり、おのおの大河也、東川西川といふ、西川をば朝川とも朝日川とも云ふ、川下汐堺をば甲斐川といふ」とある。甲斐川は「太平記」巻一六(西国蜂起官軍進発事)に、「備前ニハ(中略)甲斐河、三石二箇処ノ城ヲ構テ船路・陸地ヲ支ントス」とみえる。別称の由来は明らかでない。「東備郡村志」は旭川の項に次のように記す。

<資料は省略されています>

右の解釈もなお明白でない。

〔水利用と水利施設〕

旭川下流東岸には、明治以前に灌漑以外の目的でつけられたわが国でも数少ない人工河川の百間ひやつけん川がある。百間川という名称は幅員にちなむ。洪水時の出水が岡山城下に流入することを防ぐため作為的に旭川の堤防の一部(六一間)を低くし、その個所に増水時には決壊するよう土砂のみの一尺の仮堤を築いた。この荒手を挟んで右岸側では一九間、左岸側では二〇間の導流堤を伴って計一〇〇間となる。この工事は貞享三年(一六八六)―同四年にかけて施工されたと考えられ、その完成図が旭川東部絵図(絵図一折、池田家文庫)である。荒手の築造は三段階の方式がとられている。第一段階は、旭川左岸に祇園ぎおんの地先から御野みの竹田たけだの地先の間に二ヵ所の荒手が設けられた。一つは一の荒手とよばれ、いわゆる竹田新土手通に設けられた。

旭川
あさひかわ

太平たいへい山嶺線の西部に源を発し、仁別にべつ砥沢とさわ・仁別沢を合わせ、西南流して山内さんない添川そえかわ濁川にごりかわいずみ保戸野ほどのを流れ、秋田市の旧城下町部分を南北に貫流し、川尻かわしりで太平川と合流し、旧雄物川に注ぐ。全長一六キロ。古くは添川と称したが、菅江真澄が「仁別川といふ人あり、泉川などいふ人あり」(ふでのまにまに)というように、城下町久保田くぼたを流れる場合には川・ほり川などとよび、また内町(侍町)と外町(町人町)では、それぞれうち川、まち川と唱え、あるいは流路の地名によって泉川・保戸野川・馬口労町ばくろうまち(秋田藩町触集)など一定しなかった。旭川と名付けたのは菅江真澄で、「そのよしは朝日の嶽(太平山)より落流る也」(ふでのまにまに)としている。

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改訂新版 世界大百科事典 「旭川」の意味・わかりやすい解説

旭川 (あさひがわ)

岡山県のほぼ中央を南北に流れる川で,県の三大河川の一つ。鳥取県境の蒜山(ひるぜん)高原に源を発し,鉄山(かなやま),新庄,誕生寺,宇甘(うかい)など大小132の支流を合わせて県中央部を南下し,岡山市を通過して児島湾に注ぐ。幹川流路延長142km。全流域面積1800km2。中国山地と吉備高原の間に勝山,久世,落合の諸盆地を形成し,吉備高原横断部分ではV字谷を作り,岡山市北区玉柏(たまがし)付近からは岡山平野を形成している。他の諸河川とともに古くから児島湾に大量の土砂を堆積してきたため,近世以降に広大な干拓地が造成されることになった。江戸初期に落合から岡山まで,のちには少しさかのぼって美作高田(勝山町)から高瀬舟が通じ,物資輸送に重要な役割を果たした。当時の川港としては勝山,旦土(たんど),西川,福渡(ふくわたり),金川などがあり,木材のいかだ流しにも旭川が用いられた。岡山平野では流路が幾度か変遷した形跡があるが,岡山に城下町が形成され,宇喜多秀家の代に天守閣の下を流れるよう変更されてからは固定した。また1654年(承応3)の洪水の際熊沢蕃山の献策により津田永忠が69年(寛文9)から翌年にかけて放水路を建設した。これは百間川と呼ばれ,岡山市中区の中島と竹田の間で旭川から荒手堤を越えて分流して南東流し,操山東側から南下して沖新田南端で児島湾に注ぐ(長さ12.9km,幅200~300m)。今日では旭川は灌漑,工業,都市の用水および電力資源として用いられ,中流に県営旭川ダム,上流には中国電力湯原ダムがある。JR姫新(きしん)線および津山線の一部がこの谷に沿って通じる。
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旭川[市] (あさひかわ)

北海道中央部,上川盆地西半部を占める市。1922年市制。人口34万7095(2010)。1890年村設置の際,道庁は〈あさひかわ〉,国は〈あさひがわ〉と告示し,国鉄時代の駅名は後者が使用されていた。なお,この地名は忠別川(アイヌ語のchiw-pet=波・川)をchup-pet(日・川)と誤解したことに発するという説がある。91年永山に,翌92年東旭川に設置された屯田兵村は92年設置の当麻兵村とともに盆地開拓の先駆を担い,牛朱別川と忠別川の間に施された市街区画は,盆地一円の行政・商業の中心を置くプランであった。1900年石狩川北岸に第7師団が設置され,軍都の色彩を濃くした。現在は函館本線宗谷本線,石北本線,富良野線の分岐点にあたり,道央の中心都市に発展し,戦後一貫して高い人口増加率を維持,道内では札幌に次ぐ人口をもつ。古くから製材・木工工業が盛んで,家具製造には定評があり,酒造地としても知られ,パルプ,酒造の大工場があり,内陸工業都市として発展している。旭川駅から北に延びる中心商店街は72年全国に先駆けて恒久的歩行者天国を造成したもので,平和通買物公園と呼ばれる。旭川空港は旭川の南東に隣接する上川支庁東神楽町にあるが,市が管理している。道央自動車道の旭川北インターチェンジがある。
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百科事典マイペディア 「旭川」の意味・わかりやすい解説

旭川【あさひがわ】

岡山県北部の蒜山(ひるぜん)に発し,県中央部を南流,下流部で岡山市街を貫流して児島湾に注ぐ川。長さ142km,流域面積1810km2。中流部は吉備高原に深い谷を刻み,下流に岡山平野をつくる。古くは南北舟運に利用されたが,現在は灌漑(かんがい),工業用水に利用,旭川総合開発による湯原,旭川など多目的ダムも建設されている。
→関連項目岡山[県]岡山平野落合[町]勝山[町]北[区]久世[町]建部[町]中[区]御津[町]南[区]湯原[町]

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「旭川」の意味・わかりやすい解説

旭川
あさひがわ

岡山県三大河川の一つ。蒜山(ひるぜん)高原に源を発し、多くの支流をあわせつつ県中央部を南下し、岡山市を通過して児島(こじま)湾に注ぐ。一級河川。延長142キロメートル。流域面積1810平方キロメートル。中国山地と吉備(きび)高原の間では勝山、久世(くせ)、落合の諸盆地を形成し、吉備高原では深い谷を刻み、下流では岡山平野を形成する。上流部で長期間砂鉄採取が行われたため、下流に大量の土砂が堆積(たいせき)し、近世以降、広大な干拓地が造成された。近世初期に落合から、のちには美作(みまさか)高田(現、勝山)から岡山まで高瀬舟が通じ、物資輸送に重要な役割を果たした。当時の川湊(みなと)には、勝山、旦土(たんど)、西川、福渡(ふくわたり)、金川があり、木材の筏(いかだ)流しも行われた。岡山平野では流路は幾度か変遷し、岡山市北区の県営総合グランド内の津島遺跡のように初期稲作の跡もある。岡山に城下町が形成されると、河道は固定され、中州(なかす)には特別名勝の後楽園が造営された。1654年(承応3)に大洪水があり、熊沢蕃山(くまざわばんざん)の案により津田永忠が1669~1670年(寛文9~10)に百間川(ひゃっけんがわ)を建設した。これは、わが国でも初期の放水路で、岡山の市街地の上流で荒手堤を越えて分流し、操(みさお)山東側から南流して児島湾に注ぐ長さ12.9キロメートル、幅200~300メートルの水路である。

 現在では旭川の水は灌漑(かんがい)、工業および都市の用水、電力資源として用いられており、中流には県営旭川ダム、上流には中国電力湯原ダムがある。

[由比浜省吾]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「旭川」の意味・わかりやすい解説

旭川
あさひがわ

岡山県中部を南流する川。県内三大河川の一つ。中国山地蒜山(ひるぜん)の南斜面に源を発し,南流して児島湾に注ぐ。全長 142km。おもな支流は新庄川,目木川(めきがわ),備中川,誕生寺川(たんじょうじがわ),宇甘川(うかいがわ)。近世には,沿岸の米や薪炭などを岡山へ運ぶ河川交通が盛んで,勝山まで高瀬舟が遡航し,落合福渡など多くの河港があった。JR津山線,姫新線の一部が旭川水系の河谷を走る。岡山平野では祇園用水,管掛用水,西川用水など多くの用水路を通じて灌漑に利用されてきた。水力発電と洪水予防,利水(農業用水,上水道,工業用水)のための多目的ダムとして,中国山地に湯原ダム,吉備高原に旭川ダムが建設され,湯原湖,旭川湖の二つの人造湖がある。岡山市中区竹田で分岐する百間川(ひゃっけんがわ)は熊沢蕃山の設計で岡山藩が元禄年間(1688~1704)につくった放水路として有名。

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デジタル大辞泉プラス 「旭川」の解説

旭川

岡山県岡山市の名物菓子。糯米(もちごめ)粉と和三盆を原料にした紅・白・青の三層の落雁。

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世界大百科事典(旧版)内の旭川の言及

【北海道】より

…これは単に気温が低いことに起因するだけでなく,ブラキストン線の通る津軽海峡が動物区上の境界となっていることなど,氷期の海面低下とかかわる古地理学上の理由なども加わっている。 年平均気温は平地部で5~8℃,東京との差は7~10℃に及び,最低気温は内陸盆地では-30℃くらいで,旭川では-41.0℃(1902)を記録したことがある。根雪期間は12月から3月に及び,土壌凍結は積雪の少ない東部でとくに著しく最大数十cmに達し,オホーツク海岸や根室海峡では流氷の接岸もみられる。…

【鹿田荘】より

…〈しかたのしょう〉とも読む。旭川河口付近の肥沃な沖積平野を占め,早くから荘園化していたらしく,817年(弘仁8)藤原冬嗣は興福寺南円堂法華会料72石余に当荘地子をあて,900年(昌泰3)には長講会料に当荘地子米50石をあて,また藤原氏の氏神大原野神社の二季祭饗にも986年(寛和2)以前から当荘の年貢米があてられていた。986年備前守藤原理兼は当荘下司下野守貞と争い,数百の兵を集めて荘内に乱入し下司らの居宅ほか300余軒を破却放火して家財を奪った。…

※「旭川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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