精選版 日本国語大辞典 「日野」の意味・読み・例文・類語
ひの【日野】
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
東京都中西部の市。1963年市制。人口18万0052(2010)。立川市と八王子市の中間に位置し,多摩川と浅川の合流点付近の低地,両河川に挟まれた日野台,および浅川南岸の多摩丘陵からなる。江戸時代に甲州道中の宿駅として発達したところで,昭和初期までは低地で米,梨,台地と丘陵部では養蚕や麦の栽培が行われる農村地帯であったが,昭和10年代より台地上に精密機械,自動車,フィルム,電気などの工場が次々に立地し,工業化が進んだ。昭和30年代に首都圏整備計画による工業衛星都市として大規模な工場や住宅団地の造成が行われ,都心への通勤条件にも恵まれて人口は急増した。南部の多摩丘陵は都立自然公園に指定され,多摩動物公園,百草園,高幡不動などを中心に都民の行楽地として親しまれている。市域北部をJR中央本線,南部を京王電鉄京王線が通り,南北に多摩都市モノレールが走る。
執筆者:井内 昇
日野宿は内藤新宿から7里26丁(30km余),東の府中宿へ2里,西の横山宿(現,八王子市)へ1里27丁48間で,府中宿,横山宿のほか脇往還岩槻道の小川新田(2里)への継立ても負担していた。町並みは幕末には9丁続いていた。1717年(享保2)の百姓家数は426軒,人数1735人で,馬数は183疋であった。宿の問屋は2人,馬指(うまさし)・定使(じようづかい)は2人である。職人が8人,商人が15人いたが,商人は酒,豆腐,わらじ,タバコなどを商い,甲州道中を通る旅行者相手の商業とみられるものが多い。多摩川の対岸柴崎村との間には甲州道中では数少ない渡船があった。日野宿で経営し,日野の渡と呼ばれたものである。この渡船は1824年(文政7)以前は毎年3月から10月までで,そのあと翌年3月までは土橋を架けて渡っていた。しかしこの年以後,渡船賃を3割増にするとともに,通年渡船で渡ることになった。27年に多摩川両岸にわたる47ヵ村で日野宿組合が結成されると,その中心である寄場になったが,これらの村のほとんどは経済的には八王子の市場圏に入り,日野は市が立つこともなく,宿場町で推移した。
執筆者:伊藤 好一
滋賀県南東部,蒲生(がもう)郡の町。人口2万2870(2010)。鈴鹿山脈西麓にあたり,丘陵地を縫って日野川と支流佐久良川が西流する。古代は日野牧(ひののまき)の地であった。中世,藤原秀郷流と称する蒲生氏が土着し,室町時代の貞秀以来武威を振るったが,その孫蒲生定秀が日野城を築き天文初年(1530年代)町割りを定めて以来,城下町として大いに繁栄した。定秀の孫蒲生氏郷は楽市・楽座令をしき商業がとくに栄えたが,天正年間(1573-92)伊勢松坂へ転封されて日野の町勢が衰えると,町民はしだいに東国方面に行商するようになり,江戸時代,八幡商人(近江八幡),五箇荘商人(神崎郡五箇荘)とともに日野商人として近江商人の中心的な存在となった。持下り商人は,伝統の漆器をはじめとして呉服,太物,麻布などを扱い,会津にまで漆器の製法を伝えたが,元禄年間(1688-1704)に正野玄三が売薬を始めるに及んで,日野売薬が漆器などに代わって行商の中心商品となり,名声を博した。また日野商人は江戸,大坂,京都の三都をはじめ行商の先々に出店を設けて,酒,しょうゆの醸造・販売をはじめ多種多様の商品を扱い,やがて全国的な規模をもつ大商人を輩出した。中井源左衛門などはその著例である。
執筆者:金本 正之 日野売薬の伝統を継ぐ製薬業は現在も盛んで,国道307号線沿いには日野工業団地もできている。川沿いは低地を中心に米作も行われるが,酪農も活発で,生乳生産量は県下一である。西大路に蒲生氏の城跡があり,正明寺,寂照寺,比都佐神社など大社寺も多い。近江鉄道線が通る。
執筆者:松原 宏
鳥取県南西部,日野郡の町。人口3745(2010)。日野川の中流域に位置し,中国山地を境に岡山県に接する。町域は標高1000m前後の山岳に囲まれ,河川沿いの低地に集落が点在する。根雨(ねう),黒坂,板井原は江戸時代出雲街道の宿場町として栄えた。中心の根雨は国道180号,181号,183号線の分岐点に当たり,JR伯備線が通じるなど山陰,山陽を連絡する交通上の要地で,明治以降は郡行政の中心でもある。黒坂は1610-17年(慶長15-元和3)には関氏5万石の城下町で,以後は鳥取藩の黒坂陣屋が置かれた。オシドリの生息する鵜ノ池,ツツジで知られる滝山公園,寝覚峡などの景勝地があり,奥日野県立自然公園に含まれる。長楽寺には重要文化財に指定された5体の仏像がある。
執筆者:上田 雅子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
京都市伏見(ふしみ)区の東部、山科(やましな)盆地南部の地域。1051年(永承6)に日野資業(すけなり)が建立した法界寺(ほうかいじ)があり、日野薬師とよばれる。背後の山地に長明方丈石と書かれた石碑があり、鴨長明(かものちょうめい)が晩年隠棲(いんせい)して『方丈記(ほうじょうき)』を執筆した地といわれる。京都薬科大学薬用植物園がある。
[織田武雄]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新
3/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
2/13 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新