日本のおもな城(読み)にほんのおもなしろ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日本のおもな城」の意味・わかりやすい解説

日本のおもな城
にほんのおもなしろ

西ヶ谷恭弘 編
 日本の歴史・文化史上知られている城を中心に取り上げた。時代区分からは、古代の城を割愛し、中世から近世まで続いている城、および近世の城に焦点を絞り、史実の多いものについてはその特色を勘案した。

 配列は地域別にまとめ、そのなかでさらに県別にした。

 *印は別に本項目のあることを示す。


〔北海道・東北〕
五稜郭(ごりょうかく)*
〔別称〕亀田(かめだ)城、亀田塁
〔築城年〕1857~1864年(安政4~元治1)
〔築城者〕徳川幕府(設計は武田斐三郎(あやさぶろう))
〔城主〕徳川幕府直轄
〔城の形式〕平城(ひらじろ)、稜堡(りょうほ)式
〔所在地〕北海道函館(はこだて)市五稜郭町
〔遺構〕石垣、濠(ほり)(国指定特別史跡)
〔特徴〕神奈川条約(1854)で開港した箱館(はこだて)に、五つの稜堡をもった星形の洋式築城法で着工。面積約25万平方メートル。パリを手本とする城塞(じょうさい)都市を企図するも財政難で苦慮。戊辰(ぼしん)戦争では、榎本武揚(えのもとたけあき)率いる旧幕軍が占拠、蝦夷(えぞ)地共和国を宣する。


松前城(まつまえじょう)*
〔別称〕福山城、福山館(ふくやまのたて)
〔築城年〕1600~1606年(慶長5~11)、1850年(嘉永3)
〔築城者〕松前慶広(よしひろ)、松前崇弘(たかひろ)
〔城主〕松前氏歴代
〔城の形式〕平山城(ひらやまじろ)、階郭式
〔所在地〕北海道松前郡松前町松城
〔遺構〕本丸御門(国指定重要文化財)、本丸殿舎玄関、石垣、堀の一部(国指定史跡)
〔特徴〕蠣崎(かきざき)慶広は徳川家康に臣下の礼をとり松前と改姓。大館(おおたち)から福山の丘に居を移した。1849年、幕府は異国の蝦夷(えぞ)地侵略防備のため改築を命じ、幕末の緊急築城となる。


弘前城(ひろさきじょう)*
〔別称〕高岡城、鷹岡(たかおか)城
〔築城年〕1610~1611年(慶長15~16)
〔築城者〕津軽為信(ためのぶ)・信牧(のぶひら)
〔城主〕津軽氏歴代
〔城の形式〕平城・平山城併用、輪郭式
〔所在地〕青森県弘前市下白銀町弘前公園
〔遺構〕三層天守、三層櫓(やぐら)3基、門5棟(国指定重要文化財)、石垣、土塁、堀(国指定史跡)
〔特徴〕5層の天守が落雷で焼失(1627)、現在残る天守(1810年改築)は東北地方唯一のもの。城下の寺町は出城構えで、長勝寺(ちょうしょうじ)構えという。


九戸城(くのへじょう)*
〔別称〕福岡城
〔築城年〕戦国期~江戸初期
〔所在地〕岩手県二戸(にのへ)市福岡城ノ内
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


盛岡城(もりおかじょう)*
〔別称〕不来方(こずかた)城
〔築城年〕1597~1633年(慶長2~寛永10)
〔築城者〕南部信直(のぶなお)・利直(としなお)
〔城主〕南部氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕岩手県盛岡市内丸
〔遺構〕石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕美しい花崗(かこう)岩の石垣が残っている。天守代用の御三階櫓(ごさんかいやぐら)をはじめ、6基以上の櫓があった。城跡の公園に石川啄木(たくぼく)の「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」の歌碑がある。


仙台城(せんだいじょう)*
〔別称〕青葉城
〔築城年〕1601~1610年(慶長6~15)
〔築城者〕伊達政宗(だてまさむね)
〔城主〕伊達氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕宮城県仙台市青葉区青葉山
〔遺構〕石垣、堀、土塀の一部(国指定史跡)
〔特徴〕天険の地の利を生かした東北地方最大規模の名城。有力家臣も知行(ちぎょう)地に居城をもつ。天守こそなかったが、三層櫓4基、二層櫓4基以上あった。しかし数度の火災であらかた焼失、残った大手門、隅櫓も戦災で焼失。隅櫓は復原された。


金山要害(かねやまようがい)
〔別称〕金山城
〔築城年〕1591年(天正19)
〔築城者〕中島宗求(むねもと)
〔城主〕中島氏歴代
〔城の形式〕山城、階郭式
〔所在地〕宮城県伊具(いぐ)郡丸森町金山館山
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕仙台伊達(だて)藩領内にあった三要害(支城)制度の一つで、標高120メートルの山上にある。石垣がよく残っている。二層隅櫓と多聞(たもん)櫓6棟ほかがあった。


白石城(しろいしじょう)
〔別称〕益岡(ますおか)城
〔築城年〕1591年(天正19)
〔築城者〕蒲生氏郷(がもううじさと)
〔城主〕蒲生、上杉、伊達(だて)各氏、片倉氏歴代
〔城の形式〕平山城、並郭・輪郭式併用
〔所在地〕宮城県白石市益岡
〔遺構〕堀、土塁、石垣の一部
〔特徴〕平安時代末期、刈田経元が1088年(寛治2)に初めて築く。伊達藩領内に数多い支城・要害のうち、唯一の城郭。天守代用の御三階櫓があった。


涌谷要害(わくやようがい)
〔別称〕湧谷城、涌屋城
〔築城年〕1591年(天正19)
〔築城者〕亘理重宗(わたりしげむね)
〔城主〕涌谷氏、涌谷伊達(だて)氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕宮城県遠田(とおだ)郡涌谷町涌谷
〔遺構〕太鼓堂(たいこどう)(二層隅櫓)、石垣、堀の一部
〔特徴〕江合(えあい)川を望む地に、室町・戦国期に涌谷氏がいた。一国一城令(1615)以降、広大な伊達藩は支城を要害と称し、のちに涌谷伊達を名のる亘理氏が15代続く。


久保田城(くぼたじょう)
〔別称〕秋田城
〔築城年〕1603年(慶長8)以降
〔築城者〕佐竹義宣(よしのぶ)
〔城主〕佐竹氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕秋田市千秋公園
〔遺構〕土塁、堀、石垣の一部
〔特徴〕出(だし)書院という天守代用の藩主居館、隅櫓など8基以上あったが、石垣の利用は少なく全体として質素。1880年(明治13)の大火で大部分を焼失。


山形城(やまがたじょう)
〔別称〕霞(かすみ)ヶ城、吉字城
〔築城年〕1596~1615年(慶長1~元和1)
〔築城者〕最上義光(もがみよしあき)
〔城主〕最上氏歴代、譜代(ふだい)大名13氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕山形市霞城町
〔遺構〕石垣、土塁、堀(国指定史跡)
〔特徴〕室町時代より出羽(でわ)一円に強大であった最上氏は関ヶ原の戦いで上杉氏に対抗、家康側について一挙に57万石に加増、天守代用の御三階櫓など本格的築城をなす。義光没後、跡目争いで所領没収、老中クラスの大名が順次交代する。


松嶺城(まつみねじょう)
〔別称〕出羽(でわ)松山城
〔築城年〕1781年(天明1)
〔築城者〕酒井忠恒(ただつね)・忠休(ただやす)
〔城主〕酒井氏歴代
〔城の形式〕平山城・平城併用、輪郭・梯郭(ていかく)式併用
〔所在地〕山形県酒田市内町
〔遺構〕大手門、土塁、堀
〔特徴〕忠恒の代に陣屋が置かれた。鶴岡藩支藩である。りっぱな大手門は酒田の豪商の寄進。


鶴岡城(つるがおかじょう)
〔別称〕鶴ヶ岡城、大梵寺城、大宝寺(だいほうじ)城
〔築城年〕1622年(元和8)
〔築城者〕酒井忠勝(ただかつ)
〔城主〕武藤(むとう)、最上(もがみ)など各氏、酒井氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕山形県鶴岡市馬場町
〔遺構〕二の丸西に藩校致道館(ちどうかん)、土塁、堀
〔特徴〕最上川で結ばれた酒田の亀崎(かめがさき)城と庄内(しょうない)地方を二分するこの城を忠勝が居城とする。天守こそないが二層櫓2基、平櫓3基ほかがあった。南北朝期、武藤氏の代には大宝寺城といった。


米沢城(よねざわじょう)
〔別称〕松ヶ岬(まつがさき)城、舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1558~1570年(永禄1~元亀1)、1609年(慶長14)
〔築城者〕伊達(だて)晴宗、上杉景勝(かげかつ)
〔城主〕大江(長井)、伊達、蒲生(がもう)、直江、上杉各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕山形県米沢市丸の内1丁目
〔遺構〕堀、土塁
〔特徴〕天守も石垣もなく最上(もがみ)川上流松川の扇状地に築く。現在、本丸中央に上杉神社がある。


若松城(わかまつじょう)*
〔別称〕会津(あいづ)若松城、鶴ヶ城、黒川城
〔築城年〕1585年(天正13)、1592年(文禄1)
〔築城者〕蘆名直盛(あしななおもり)、蒲生氏郷(がもううじさと)
〔城主〕蘆名、伊達(だて)、蒲生、上杉、加藤、保科(ほしな)各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭(ていかく)式
〔所在地〕福島県会津若松市追手町
〔遺構〕天守台、石垣、堀、本丸殿舎に付属した楼閣御三階櫓が阿弥陀(あみだ)寺に移築(国指定史跡)
〔特徴〕9代松平容保(かたもり)の代の戊辰(ぼしん)戦争に際して官軍の猛攻を受け、抗戦むなしく降伏開城した。このときの白虎(びゃっこ)隊の悲劇は有名。1965年(昭和40)5層の天守が復原された。


中村城(なかむらじょう)
〔別称〕相馬(そうま)中村城、馬稜(ばりょう)城
〔築城年〕1611年(慶長16)
〔築城者〕相馬利胤(としたね)
〔城主〕相馬氏歴代
〔城の形式〕平山城(水城)、連郭・輪郭式併用
〔所在地〕福島県相馬市中村比町
〔遺構〕大手高麗(おおてこうらい)門(現在、中村神社神門)、堀、石垣
〔特徴〕手狭な小高(おだか)城から移った相馬氏代々の城。宇多川、小泉川の間の沼沢地に二重の水堀を巡らす。3層の天守は1670年(寛文10)の落雷で焼失。


白河城(しらかわじょう)
〔別称〕小峰城
〔築城年〕1629年(寛永6)
〔築城者〕丹羽(にわ)長重
〔城主〕結城(ゆうき)、丹羽、松平、阿部など各氏
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕福島県白河市郭内
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕古代から白河の関の設けられた陸奥(むつ)入口の要衝。戦国期、東の白川(搦手(からめて))城にいた結城氏が本拠とした。のち幕府の特例で丹羽長重が築城、丹羽氏を経て、江戸期、譜代(ふだい)の名門が継ぐ。白河駅西に高石垣が連なっている。


平城(たいらじょう)
〔別称〕飯野(いいの)城、龍城
〔築城年〕1603年(慶長8)
〔築城者〕鳥居忠政(とりいただまさ)
〔城主〕鳥居、内藤、安藤各氏
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕福島県いわき市平
〔遺構〕石垣、堀の一部
〔特徴〕夏江川の岩石段丘を利用、天守代用の御三階櫓ほか櫓7基があった。現在は常磐(じょうばん)線いわき駅裏の丘陵である。


霊山城(りょうぜんじょう)*
〔築城年〕南北朝期。典型的な山城
〔所在地〕福島県伊達(だて)市霊山町石田霊山。


〔関東〕
水戸城(みとじょう)*
〔別称〕馬場城、佐竹城
〔築城年〕1596年(慶長1)ころ
〔築城者〕佐竹義宣(よしのぶ)
〔城主〕馬場、江戸、佐竹各氏、徳川氏歴代
〔城の形式〕平城(ひらじろ)、連郭式
〔所在地〕茨城県水戸市三の丸
〔遺構〕弘道館(こうどうかん)(徳川斉昭(なりあき)が1841年(天保12)創設の藩校)、土塁(県指定史跡)、堀
〔特徴〕天下の副将軍、水戸徳川家の居城。石垣なく、千波湖と那賀(なか)川間に天守代用の御三階櫓(ごさんかいやぐら)が近世中期以降存在した。


古河城(こがじょう)
〔築城年〕1457~1460年(長禄年間)
〔築城者〕足利成氏(あしかがしげうじ)、松平康長(やすなが)
〔城主〕足利(古河公方(くぼう))、小笠原(おがさわら)、松平、奥平、永井、土井、堀田、本多など各氏
〔城の形式〕平城、輪郭・連郭式併用
〔所在地〕茨城県古河市中央町3丁目
〔遺構〕土塁、福法(ふくほう)寺に乾門(いぬいもん)が移築(1873)
〔特徴〕渡良瀬(わたらせ)川沿いに南北1400メートル規模の城址(じょうし)が大正期、河川改修工事で水没または河川敷となった。天守代用の御三階櫓があった。


土浦城(つちうらじょう)
〔別称〕亀城(きじょう)
〔築城年〕1429~1441年(永享年間)、近世初頭
〔築城者〕若泉(今泉)(いまいずみ)三郎、西尾忠長ほか
〔城主〕若泉、菅谷、松平、西尾、朽木(くつき)、土屋各氏
〔城の形式〕平城、輪郭・梯郭(ていかく)式併用
〔所在地〕茨城県土浦市中央1丁目
〔遺構〕太鼓櫓門ほか土塁、堀(県指定史跡)
〔特徴〕霞(かすみ)ヶ浦に注ぐ桜川を外堀とし、湖水に囲まれる水城。櫓門は関東唯一で朽木稙綱(たねつな)が1649年(慶安2)に築造したと伝える。


沼田城(ぬまたじょう)
〔別称〕霞城、蔵内城
〔築城年〕1596年(慶長1)
〔築城者〕沼田顕泰(あきやす)、真田昌幸(さなだまさゆき)・信之(のぶゆき)
〔城主〕沼田、上杉、北条、真田、本多、黒田、土岐(とき)各氏
〔城の形式〕山城(やまじろ)と平城、梯郭式
〔所在地〕群馬県沼田市西倉内町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕上越国境に位置し三国(みくに)峠を守備する。真田昌幸の後、信之が城主のときに5層の天守、3層の小天守を築く。


高崎城(たかさきじょう)
〔別称〕和田城
〔築城年〕1598年(慶長3)
〔築城者〕井伊直政(いいなおまさ)
〔城主〕安藤、大河内(おおこうち)各氏ほか
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕群馬県高崎市高松町
〔遺構〕二重櫓(県指定文化財)ほか、土塁、堀
〔特徴〕室町期の和田氏の城の跡地に、家康が直政に命じて築城。天守代用の御三階櫓は千鳥破風(はふ)を配した白亜総塗り込めの真壁造(しんかべづくり)であった。


川越城(かわごえじょう)
〔別称〕初雁(はつかり)城
〔築城年〕1457年(長禄1)、1639年(寛永16)
〔築城者〕太田道灌(どうかん)、松平信綱(のぶつな)
〔城主〕太田、上杉、北条、酒井、堀田、松平、柳沢各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕丘城、連郭・梯郭式併用
〔所在地〕埼玉県川越市郭町
〔遺構〕本丸御殿、土塁、空堀
〔特徴〕江戸城背後の搦手(からめて)戦略拠点。老中格の譜代(ふだい)大名が配される。1638年(寛永15)大火災があり、松平信綱が入って改修、新河岸(しんがし)川の舟運を開き「小江戸(こえど)」とよばれる繁栄地とする。


忍城(おしじょう)*
〔別称〕鴛城
〔築城年〕1490年(延徳2)
〔築城者〕成田親泰(なりたちかやす)
〔城主〕成田、松平、酒井、阿部各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平城(水城)、梯郭式
〔所在地〕埼玉県行田市本丸
〔遺構〕土塁の一部
〔特徴〕現在の行田市中心部となっている広大な忍沼に浮かんだ水城。1590年(天正18)の小田原の役のとき、石田三成(みつなり)の水攻めを受けるが屈しなかった。近世城郭となっても天守はなく、御三階櫓が代用した。


鉢形城(はちがたじょう)*
〔築城年〕室町期~戦国期
〔所在地〕埼玉県大里郡寄居町鉢形
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


菅谷城(すがやじょう)*
〔別称〕菅谷館
〔築城年〕鎌倉期~戦国期
〔所在地〕埼玉県嵐山(らんざん)町菅谷
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


佐倉城(さくらじょう)
〔築城年〕1617年(元和3)
〔築城者〕土井利勝(としかつ)
〔城主〕土井、石川、松平など各氏、堀田氏6代
〔城の形式〕丘城、連郭・梯郭式併用
〔所在地〕千葉県佐倉市城内町
〔遺構〕土塁、堀の一部
〔特徴〕天守代用の御三階櫓があった。石垣は使用されずすべて土塁。佐倉義民伝や、幕末の老中首座堀田正睦(まさよし)で名高い。


大多喜城(おおたきじょう)
〔別称〕大滝城
〔築城年〕1590年(天正18)
〔築城者〕本多忠勝(ただかつ)
〔城主〕本多、阿部、青山、稲垣、松平(大河内(おおこうち))各氏ほか
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕千葉県夷隅(いすみ)郡大多喜町大多喜
〔遺構〕土塁、堀の一部、大井戸、移築された二の丸御殿門(薬医門)はいずれも県指定史跡
〔特徴〕1609年(慶長14)スペインのフィリピン群島長官ロドリゴが漂着する。天守は御三階櫓、1975年(昭和50)復興。


江戸城(えどじょう)*
〔別称〕千代田城
〔築城年〕1457年(長禄1)、近世初頭
〔築城者〕太田道灌(どうかん)、徳川家康・家光(いえみつ)
〔城主〕太田、上杉、北条各氏、徳川将軍家歴代、天皇家
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭・並郭・輪郭式併用
〔所在地〕東京都千代田区千代田
〔遺構〕三層櫓1、二層櫓2、多聞(たもん)櫓2、門5、石垣、堀ほか(国指定特別史跡・国指定重要文化財)
〔特徴〕将軍家の居所として規模日本一の城。城域は千代田区全域に相当。秀吉没後から家康は築城工事を進めた。「火事は江戸の華(はな)」のとおり幾度も全焼。明治天皇が入城して、東京城、皇城、そして皇居となる。


小田原城(おだわらじょう)*
〔築城年〕1558~1590年(永禄1~天正18)
〔築城者〕北条氏政(うじまさ)・氏直
〔城主〕北条、大久保、稲葉、阿部、大久保各氏ほか
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕神奈川県小田原市城内
〔遺構〕石垣、堀、土塁(国指定史跡)
〔特徴〕大森氏のあと、北条氏が拡張して日本初の本格的外郭構築の大城郭となる。1590年(天正18)秀吉との戦いに敗れ、家康の支配下となる。家康は外郭を破却、小規模化する。1960年(昭和35)天守をコンクリートで復興。


石垣山城(いしがきやまじょう)*
〔築城年〕戦国期の城
〔所在地〕神奈川県小田原市早川

〔中部〕
新発田城(しばたじょう)
〔別称〕柴田城、浮舟城、菖蒲(あやめ)城、舟型城
〔築城年〕1600年(慶長5)
〔築城者〕溝口(みぞぐち)秀勝
〔城主〕溝口氏歴代
〔城の形式〕平城(ひらじろ)、輪郭・連郭式併用
〔所在地〕新潟県新発田市大手町6丁目
〔遺構〕海鼠(なまこ)壁の本丸大手門と旧二の丸隅櫓(現在、本丸内鉄砲櫓跡に移築。国指定重要文化財)、石垣、堀
〔特徴〕天守代用の御三階櫓は丁字形の平面をもつ珍しい型。


村上城(むらかみじょう)
〔別称〕臥牛山(がぎゅうざん)城、舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1598~1665年(慶長3~寛文5)
〔築城者〕村上頼勝、堀直奇
〔城主〕本庄(ほんじょう)、村上、堀各氏ほか、本多、松平などの諸氏
〔城の形式〕平山城(ひらやまじろ)、連郭式
〔所在地〕新潟県村上市二之町
〔遺構〕石垣
〔特徴〕本庄氏が室町期に築いた根小屋(ねごや)式平山城を近世に改造。標高135メートルの臥牛山上に3層の天守ほかがあった。


高田城(たかだじょう)
〔別称〕高陽城、鮫ヶ城
〔築城年〕1614年(慶長19)
〔築城者〕徳川家康(松平忠輝(ただてる))
〔城主〕松平、酒井、稲葉、戸田、榊原(さかきばら)各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕新潟県上越市本城町
〔遺構〕土塁、堀
〔特徴〕徳川家康が東国大名に命じて築いた天下普請の城郭。石垣はなく、御三階櫓が天守代用。城址(じょうし)に建造物は残っていない。


春日山城(かすがやまじょう)*
〔別称〕鉢ヶ峯城
〔築城年〕1457~1460年(長禄年間)
〔築城者〕長尾為景(ためかげ)
〔城主〕長尾、堀各氏
〔城の形式〕山城、階郭式
〔所在地〕新潟県上越市中屋敷春日山
〔遺構〕本丸、景勝屋敷、直江曲輪(なおえくるわ)、二の丸(国指定史跡)
〔特徴〕戦国期から江戸初期の城で、越後(えちご)領主上杉氏の本拠。


富山城(とやまじょう)
〔別称〕安住(あずみ)城、浮城(うきしろ)
〔築城年〕1532~1554年(天文年間)
〔築城者〕水越勝重(みずこしかつしげ)
〔城主〕水越勝重、佐々成政(さっさなりまさ)、前田氏歴代
〔城の形式〕平城、並郭・連郭式併用
〔所在地〕富山市本丸
〔遺構〕石塁、土塁、堀
〔特徴〕1605年(慶長10)の前田利長(としなが)の改修、1661年(寛文1)の利次の改修があった。1954年(昭和29)、戦後最初に復興された模擬天守がある。


金沢城(かなざわじょう)*
〔別称〕尾山(おやま)城
〔築城年〕1580年(天正8)、1583年(天正11)
〔築城者〕佐久間盛政(さくまもりまさ)、前田利家(としいえ)
〔城主〕本願寺と佐久間、前田各氏
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕石川県金沢市丸の内
〔遺構〕石川門、三十間長屋、土蔵(以上、国指定重要文化財)ほか、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕「加賀百万石」といわれる前田氏累代の居城。兼六園(けんろくえん)は城郭付属の庭園。


小松城(こまつじょう)
〔別称〕小松浮城(うきじろ)、芦城(ろじょう)
〔築城年〕1573~1592年(天正年間)
〔築城者〕若林長門(ながと)
〔城主〕若林、村上、丹羽(にわ)、前田各氏
〔城の形式〕平城、梯郭(ていかく)式
〔所在地〕石川県小松市丸の内町
〔遺構〕戸室(とむろ)石使用の本丸櫓台
〔特徴〕梯(かけはし)川を外堀とする。天守代用のユニークな楼閣風の御三階櫓があった。


七尾城(ななおじょう)*
〔別称〕松尾城
〔築城年〕室町期~戦国期
〔所在地〕石川県七尾市古城町。国指定史跡。


福井城(ふくいじょう)
〔別称〕北庄(きたのしょう)城、福居城、葵(あおい)城
〔築城年〕1601~1606年(慶長6~11)
〔築城者〕結城秀康(ゆうきひでやす)
〔城主〕結城、松平各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕福井市大手
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕北庄城を基礎に、徳川家康次男秀康が築く。現在、県庁が建つ。


小浜城(おばまじょう)
〔別称〕雲浜城
〔築城年〕1601~1607年(慶長6~12)
〔築城者〕京極高次(きょうごくたかつぐ)
〔城主〕京極高次・忠高(ただたか)、酒井氏歴代
〔城の形式〕平城(水城)、輪郭式
〔所在地〕福井県小浜市城内1丁目
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕小浜湾岸の蜘蛛(くも)の浜に高次が築き始めたが難工事で、1635年(寛永12)酒井忠勝(天守を建造)の代にまで至る。櫓42基、城門16棟、三層三階の望楼式天守があったが、1871年(明治4)大部分が焼失。


丸岡城(まるおかじょう)*
〔別称〕霞(かすみ)ヶ城
〔築城年〕1576年(天正4)
〔築城者〕柴田勝豊(しばたかつとよ)
〔城主〕柴田、安井、青山各氏ほか、有馬(ありま)氏歴代
〔城の形式〕平山城、輪郭・階郭式併用
〔所在地〕福井県坂井市丸岡町霞町
〔遺構〕天守(国指定重要文化財)、石垣
〔特徴〕二層三階の回縁高欄(まわりえんこうらん)付き望楼天守は日本最古というが、1948年(昭和23)福井大地震で倒壊、のち再建。


朝倉館(あさくらやかた)
〔別称〕一乗谷(いちじょうだに)城
〔築城年〕1471年(文明3)
〔築城者〕朝倉孝景(たかかげ)
〔城主〕朝倉氏歴代
〔城の形式〕根小屋式戦国山城
〔所在地〕福井市城戸ノ内町
〔遺構〕土塁、堀(国指定特別史跡)
〔特徴〕代表的な戦国山城。1573年(天正1)信長に攻略されて落城。


杣山城(そまやまじょう)*
〔築城年〕南北朝期~戦国期
〔所在地〕福井県南条郡南越前町阿久和。


金ヶ崎城(かながさきじょう)*
〔築城年〕南北朝期~戦国期
〔所在地〕福井県敦賀(つるが)市金ヶ崎町。国指定史跡。


大野城(おおのじょう)*
〔別称〕亀山(かめやま)城
〔築城年〕1575年(天正3)
〔築城者〕金森長近(かなもりながちか)
〔城主〕金森、松平、土井各氏
〔城の形式〕平山城
〔所在地〕福井県大野市城町亀山
〔遺構〕山上の郭は石垣がよく残る(県指定文化財)
〔特徴〕1968年(昭和43)天守が模造された。


甲府城(こうふじょう)
〔別称〕舞鶴(ぶかく)城、府中城、一条小山(おやま)城
〔築城年〕1583年(天正11)
〔築城者〕徳川家康ほか
〔城主〕徳川、加藤、浅野、平岩、柳沢(やなぎさわ)各氏、徳川幕府直轄
〔城の形式〕平山城、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕山梨県甲府市丸の内1丁目
〔遺構〕天守台、石垣、堀
〔特徴〕武田氏滅亡ののち13年かけて一条小山に築城。柳沢吉保(よしやす)が1704年(宝永1)修復。関東圏では江戸城に次ぐ高い石垣といわれるが、天守は築かれなかった。


上田城(うえだじょう)*
〔別称〕尼ヶ淵(あまがふち)城、真田(さなだ)城
〔築城年〕1583年(天正11)
〔築城者〕真田昌幸(まさゆき)
〔城主〕真田、依田(よだ)、仙石(せんごく)各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕長野県上田市二の丸
〔遺構〕櫓(やぐら)3基(県指定文化財)、対面所表門、土塁、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕千曲(ちくま)川北岸の尼ヶ淵の断崖(だんがい)上に築城。徳川勢との二度の合戦にも城を守る。真田氏にかわって仙石忠政(ただまさ)入封以後、改修、拡張される。櫓はいずれも二層二階。


飯山城(いいやまじょう)
〔築城年〕1558~1570年(永禄1~元亀1)
〔築城者〕上杉謙信(けんしん)
〔城主〕上杉、堀、佐久間、青山各氏ほか、本多氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕長野県飯山市飯山田町
〔遺構〕桜井戸、本丸石垣、堀
〔特徴〕千曲川西岸の丘上。謙信が武田信玄(しんげん)との角逐上、越後(えちご)防衛と信濃(しなの)侵攻のため築く。


高島城(たかしまじょう)
〔別称〕島崎城、浮城(うきじろ)、浮島城
〔築城年〕1592年(文禄1)
〔築城者〕日根野高吉(ひねのたかよし)
〔城主〕日根野氏、諏訪(すわ)氏歴代
〔城の形式〕平城、連郭式
〔所在地〕長野県諏訪市高島1丁目
〔遺構〕本丸石垣、堀
〔特徴〕諏訪湖岸に、安土(あづち)城、大坂城築城に参加した高吉が築く。杮葺(こけらぶ)きの屋根という初期形態の三層天守。1970年(昭和45)コンクリートで復原。


松本城(まつもとじょう)*
〔別称〕深志(ふかし)城、烏(からす)城
〔築城年〕1590年(天正18)ころ
〔築城者〕石川康長(やすなが)
〔城主〕石川、堀田、水野など各氏、松平(戸田)氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕長野県松本市丸の内
〔遺構〕天守、小天守ほか櫓3基(国宝)、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕姫路城に次ぐ規模で、松本平の中央、複合連結式、望楼形式の五層六階の天守が、アルプスを背にそびえる。


高遠城(たかとおじょう)*
〔別称〕兜(かぶと)山城
〔築城年〕1547年(天文16)
〔築城者〕武田信玄(秋山信友)
〔城主〕武田、保科(ほしな)、鳥居(とりい)各氏ほか、内藤氏歴代
〔城の形式〕平山城、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕長野県伊那(いな)市高遠町東高遠
〔遺構〕石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕三峰(みぶ)川と藤沢川の合流地点の丘陵上に伊那から東三河に侵攻する前線基地として築城された。城内に太鼓櫓(明治の再建)、門屋の門(城下から移築)がある。


飯田城(いいだじょう)
〔別称〕長姫城
〔築城年〕1590年(天正18)
〔築城者〕毛利秀頼(ひでより)
〔城主〕毛利、京極(きょうごく)、脇坂(わきざか)各氏ほか、堀氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕長野県飯田(いいだ)市追手町
〔遺構〕桜丸赤門、二の丸脇坂門、二の丸大手門(八間門)、石垣の一部
〔特徴〕天竜川支流松川と谷川に挟まれた河岸段丘上に五つの郭からなる。


伊豆木陣屋(いずきじんや)
〔別称〕羽根ヶ城
〔築城年〕1601年(慶長6)
〔築城者〕小笠原長巨(おがさわらながなお)
〔城主〕小笠原氏歴代
〔城の形式〕近世陣屋、連郭式
〔所在地〕長野県飯田市伊豆木
〔遺構〕書院
〔特徴〕徳川家康に仕えた交代寄合、小笠原長巨の居城。書院は釣殿(つりどの)状舞台を伴う。


小諸城(こもろじょう)*
〔別称〕穴城、鍋蓋(なべぶた)城
〔築城年〕1596~1615年(慶長1~元和1)
〔築城者〕仙石(せんごく)秀久
〔城主〕仙石、松平、西尾など各氏、牧野氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕長野県小諸市丁
〔遺構〕三の門、大手門(瓦門)、石垣、堀
〔特徴〕城下町より低く、大空堀が巡る。西は千曲(ちくま)川を望む。現在の懐古(かいこ)園入口である三の門は2層、寄棟(よせむね)造、もと杮葺(こけらぶ)き。


竜岡城(たつおかじょう)*
〔別称〕五稜郭、桔梗(ききょう)城
〔築城年〕1864~1867年(元治1~慶応3)
〔築城者〕松平乗謨(のりかた)
〔城主〕松平氏
〔城の形式〕フランス式稜堡(りょうほ)式城郭
〔所在地〕長野県佐久(さく)市田口
〔遺構〕石垣、濠(ほり)、台所(国指定史跡)
〔特徴〕函館(はこだて)五稜郭と同じ五角形の城郭。


稲葉山城(いなばやまじょう)
〔別称〕岐阜城、金華山(きんかざん)城、井の口城
〔築城年〕1201年(建仁1)
〔築城者〕二階堂行政(ゆきまさ)、斎藤道三
〔城主〕二階堂、斎藤、織田各氏
〔城の形式〕戦国山城
〔所在地〕岐阜市天主閣
〔遺構〕石垣
〔特徴〕山裾(やますそ)を長良(ながら)川の流れる標高338メートルの金華山山頂にある。かつて井ノ口(いのくち)とよばれたこの地を信長が岐阜と改める。1601年(慶長6)に家康が廃城にする。1956年(昭和31)に3層の模擬天守が建つ。


高山城(たかやまじょう)
〔別称〕白雲(はくうん)山城、臥牛山(がぎゅうざん)城、冑山(かぶとやま)城、天神山城
〔築城年〕1588~1600年(天正16~慶長5)
〔築城者〕金森長近
〔城主〕高山氏、金森氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕岐阜県高山市城山
〔遺構〕堀、土塁、礎石(県指定史跡)
〔特徴〕宮川、江名子川の間、標高600メートルの天神山に3層の天守ほか曲輪が建つ。1695年(元禄8)幕府の命で城は取り壊され天領となる。


岩村城(いわむらじょう)
〔別称〕岩邑城、遠山(とおやま)城、霧(きり)ヶ城
〔築城年〕1590年(天正18)
〔築城者〕森忠政(もりただまさ)
〔城主〕遠山、森(蘭丸ほか)など各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕山城、階郭式
〔所在地〕岐阜県恵那(えな)市岩村町城山
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕長野、愛知との県境近くの山間地。累々たる石垣が残る。天守の代用に3層の大手櫓があった。


苗木城(なえぎじょう)
〔別称〕赤壁城、霞城
〔築城年・築城者〕1334~1335年(建武(けんむ)年間)に遠山景村(かげむら)の築城と伝えられる
〔城主〕遠山、河尻(かわじり)各氏、遠山氏歴代
〔城の形式〕山城、階郭式
〔所在地〕岐阜県中津川市苗木
〔遺構〕城跡、石垣(国指定史跡)
〔特徴〕恵那(えな)峡近くの山あい、城下を木曽(きそ)川が流れる。3階の天守があった。赤壁城の名は河尻氏の代、洪水のまじないに城壁を赤くしたことに由来する。


大垣城(おおがきじょう)
〔別称〕巨鹿城、麋城(びじょう)、青柳城
〔築城年〕1500年(明応9)
〔築城者〕竹腰尚綱
〔城主〕宮川、竹腰、伊藤、松平各氏、戸田氏歴代
〔城の形式〕平城、並郭・輪郭式併用
〔所在地〕岐阜県大垣市郭町
〔遺構〕石垣
〔特徴〕『おあむ物語』に関ヶ原の戦いにおける石田三成(みつなり)と東軍との激戦、城攻めの模様が記録されている。天守台の石垣に「笑い積み」の名がある。1959年(昭和34)に天守(四層四階)復興。


八幡城(はちまんじょう)*
〔別称〕郡上(ぐじょう)八幡城
〔築城年〕1559年(永禄2)
〔築城者〕遠藤盛数(もりかず)
〔城主〕稲葉、遠藤、井上、金森、青山各氏
〔城の形式〕山城
〔所在地〕岐阜県郡上市八幡町柳町
〔遺構〕石垣(県指定史跡)
〔特徴〕東氏、遠藤氏時代の山城を近世に改修、麓(ふもと)を藩庁とする。1933年(昭和8)建てられた模擬天守、隅櫓、城門、塀などがある。


墨俣城(すのまたじょう)*
〔別称〕洲俣城、墨股城
〔築城年〕1566年(永禄9)
〔築城者〕木下藤吉郎(豊臣秀吉)
〔城主〕木下藤吉郎
〔所在地〕岐阜県大垣市墨俣町墨俣
〔特徴〕短時日に築かせたことから「一夜城」の異名がある。


田中城(たなかじょう)
〔別称〕亀甲(きっこう)城、亀井(かめい)城
〔築城年〕1570年(永禄13)
〔築城者〕武田信玄
〔城主〕武田、松平、西尾、土屋、太田、土岐(とき)各氏ほか、本多氏歴代
〔城の形式〕平城、円郭式
〔所在地〕静岡県藤枝市田中
〔遺構〕堀、土塁
〔特徴〕信玄が今川氏の属城、徳之一色(とくのいっしき)城を落として本格的に増築した。方形の本丸を同心円形に三重の堀が巡る円郭式の典型。本丸跡には小学校が建つが、二の丸、三の丸の一部の堀の曲線によって往時をしのべる。


掛川城(かけがわじょう)
〔別称〕懸川(かけがわ)城、雲霧城、松尾城
〔築城年〕1512年(永正9)ころ
〔築城者〕朝比奈泰煕(あさひなやすひろ)、山内一豊(かずとよ)
〔城主〕朝比奈、石川、山内、松平など各氏、太田氏7代
〔城の形式〕平山城、連郭・階郭式併用
〔所在地〕静岡県掛川市掛川
〔遺構〕二の丸御殿(国指定文化財)、太鼓櫓、移築の城門2基
〔特徴〕二の丸の御殿が解体修理されて公開されている。


駿府城(すんぷじょう)*
〔別称〕静岡城、府中城
〔築城年〕1585~1589年(天正13~17)
〔築城者〕徳川家康
〔城主〕徳川家康、中村一氏(かずうじ)、内藤信成、徳川幕府直轄
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕静岡市葵区駿府公園
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕駿河(するが)守護今川氏居館跡に浜松城から徳川家康が入城し、のち江戸城に移る。さらに1607年(慶長12)外様(とざま)大名に手伝普請(ぶしん)を命じ隠居城として大改修ののち、この城で没する。名古屋城と並ぶ東海道の戦略拠点で、5層の天守があった。1982年(昭和57)、県立美術館建設に際し、二の丸北方に中世城館址(し)が発掘された。


浜松城(はままつじょう)*
〔別称〕引間城、曳馬(ひくま)城
〔築城年〕1504~1521年(永正1~大永1)、1577年(天正5)
〔築城者〕三善為連(みよしためつら)、徳川家康
〔城主〕徳川、堀尾、松平、水野各氏ほか
〔城の形式〕平山城、輪郭式
〔所在地〕静岡県浜松市中区元城町
〔遺構〕石塁
〔特徴〕天守郭は、家康造営当時の石垣。櫓は本丸に2棟のほか、清水谷の郭にもあった。1958年(昭和33)天守が模造された。


山中城(やまなかじょう)*
〔築城年〕1558~1570年(永禄年間)
〔築城者〕北条氏康(うじやす)
〔所在地〕静岡県三島(みしま)市山中新田、田方(たがた)郡函南(かんなみ)町桑原城山にまたがる
〔遺構〕障子堀、櫓台、土塁(国指定史跡)。


名古屋城(なごやじょう)*
〔別称〕金鯱(きんこ)城、柳(りゅう)城
〔築城年〕1610~1614年(慶長15~19)
〔築城者〕徳川家康
〔城主〕尾張(おわり)徳川氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭・梯郭(ていかく)式併用
〔所在地〕愛知県名古屋市中区本丸
〔遺構〕櫓3基(国指定重要文化財)、門3棟(国指定重要文化財)。石垣、堀、本丸、二の丸、西の丸など城跡(国指定特別史跡)
〔特徴〕織田信長の生誕地である那古野(なごや)城址に、豊臣(とよとみ)氏の大坂城に対する戦略的意味から、家康は諸大名に手伝普請を命じて築いた。当時の築城技術の粋が結集された壮大華麗な名城。ことに雌雄一対の金の鯱鉾(しゃちほこ)の輝く大天守は有名。第二次世界大戦の空襲で焼失した大天守(五層五階)、小天守(二層二階)が1959年(昭和34)復原。


吉田城(よしだじょう)
〔別称〕今橋(いまはし)城
〔築城年〕1505年(永正2)
〔築城者〕牧野古白(こはく)
〔城主〕牧野、酒井、池田、松平など各氏、水野氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕愛知県豊橋市今橋町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕池田輝政(てるまさ)、松平忠利(ただとし)などが拡張整備するが未完に終わり、天守はないまま、3層の鉄(くろがね)櫓が代用(1954年(昭和29)模擬復興)する。明治になって地名は豊橋となる。


田原城(たはらじょう)
〔別称〕巴江(はこう)城
〔築城年〕1495年(明応4)、1590年(天正18)
〔築城者〕戸田宗光(むねみつ)、池田輝政(家老伊木忠次)
〔城主〕戸田、本多、池田各氏、ふたたび戸田氏を経て三宅(みやけ)氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕愛知県田原市田原町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕昔は海に三方を囲まれた水城で、潮が巴(ともえ)状に流れたことから巴江城の名がある。天守はなく、二の丸二層櫓(模擬復興)が代用する。幕末、家老に渡辺崋山(かざん)がいた。


岡崎城(おかざきじょう)*
〔別称〕龍(りゅう)城
〔築城年〕1452~1455年(享徳1~康正1)、1617年(元和3)
〔築城者〕西郷稠頼(さいごうつぐより)、本多康重(やすしげ)
〔城主〕西郷、松平、田中、本多、水野各氏、ふたたび本多氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕愛知県岡崎市康生(こうせい)町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕徳川家康が生まれた城。矢作(やはぎ)川支流を眺める台地上に建ち、「五万石でも岡崎さまは、お城下まで船が着く」と、その繁栄をうたわれた。天守は5階で、2基の小天守をもった複合連結式。城址の半分は市街地化したが、岡崎公園として1959年(昭和34)明治の古写真を頼りに天守ほかが復興された。


挙母城(ころもじょう)
〔別称〕七州(しちしゅう)城
〔築城年〕1781年(天明1)
〔築城者〕内藤政苗(まさたね)
〔城主〕内藤氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕愛知県豊田(とよた)市小坂本町
〔遺構〕石垣
〔特徴〕内藤氏の挙母城以前に、延慶(えんけい)年間に中条景長が挙母金谷に築いたものと、1604年(慶長9)に三宅康貞(みやけやすさだ)が築いた佐久良(桜)城があった。政苗は洪水を恐れて現在地に移築。


西尾城(にしおじょう)
〔別称〕鶴城、錦丘城、西条城
〔築城年〕1221年(承久3)、1585年(天正13)
〔築城者〕足利義氏(あしかがよしうじ)、酒井重忠
〔城主〕足利、牧野、田中、太田各氏ほか、松平氏歴代
〔城の形式〕平城、梯郭式
〔所在地〕愛知県西尾市錦城町
〔遺構〕石垣、堀、土塁
〔特徴〕3層の天守がかつてあった。現在、西尾神社、御剱八幡宮(みつるぎはちまんぐう)が本丸跡にある。


犬山城(いぬやまじょう)*
〔別称〕犬山天守城、白帝城
〔築城年〕1537年(天文6)ころ、1601年(慶長6)以降
〔築城者〕織田信康(のぶやす)
〔城主〕織田、石川、小笠原(おがさわら)、平岩各氏、成瀬(なるせ)氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕愛知県犬山市犬山北古券
〔遺構〕天守(国宝)、石垣、堀
〔特徴〕1891年(明治24)の濃尾(のうび)大震災で天守以外は倒壊、旧藩主成瀬家と地元の運動で復興。


長篠城(ながしのじょう)*
〔築城年〕戦国期の城
〔特徴〕長篠合戦の舞台。


清洲城(きよすじょう)*
〔別称〕清須城
〔築城年〕1405年(応永12)
〔築城者〕斯波義重(しばよししげ)
〔城主〕斯波、織田、豊臣(とよとみ)、福島、松平、徳川各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕愛知県清須(きよす)市清洲
〔遺構〕塁濠(るいごう)
〔特徴〕織田信長の本城であった。


〔近畿〕
鳥羽城(とばじょう)
〔別称〕錦城
〔築城年〕1594年(文禄3)、1633年(寛永10)
〔築城者〕九鬼嘉隆(くきよしたか)、内藤忠重
〔城主〕九鬼、内藤各氏ほか、稲垣氏歴代
〔城の形式〕平山城(ひらやまじろ)(海城)、階郭式
〔所在地〕三重県鳥羽市鳥羽3丁目
〔遺構〕石垣の一部
〔特徴〕城山の周囲に堀を切り、海水を引き入れて独立させ、海城として完成。戦国時代に志摩(しま)波切(なきり)城主九鬼嘉隆が武力で支配下に収めた、九鬼水軍の本拠地。


松坂城(まつざかじょう)
〔別称〕四五百森(よいほのもり)城
〔築城年〕1588年(天正16)
〔築城者〕蒲生氏郷(がもううじさと)
〔城主〕蒲生、服部(はっとり)、古田、徳川各氏
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕三重県松阪市殿町
〔遺構〕天守台、石垣
〔特徴〕氏郷が不便な松ヶ島城から移って築城、松坂と称し城下町を新しく開いた。1644年(正保1)以後、天守(3層)はない。蒲生氏時代の自然石を「野面(のづら)積み」する石垣は豪壮堅固。


上野城(うえのじょう)*
〔別称〕伊賀上野城、白鳳(はくほう)城
〔築城年〕1581年(天正9)、1585年(天正13)、1614年(慶長19)
〔築城者〕滝川雄利(たきがわかつとし)、筒井(つつい)定次、藤堂高虎(とうどうたかとら)
〔城主〕滝川氏、筒井氏、藤堂氏歴代
〔城の形式〕平山城、並郭・輪郭式併用
〔所在地〕三重県伊賀市上野丸之内
〔遺構〕天守台、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕高虎は筒井氏の旧城(3層の天守)を大改修、5層の天守を築くが落成目前に倒壊。1935年(昭和10)3層の天守が復興。


神戸城(かんべじょう)
〔別称〕伊勢(いせ)神戸城、本多城
〔築城年〕1748年(寛延1)
〔築城者〕本多忠統(ただむね)
〔城主〕神戸、織田、滝川、一柳(ひとつやなぎ)、石川など各氏、本多氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕三重県鈴鹿(すずか)市神戸5丁目
〔遺構〕天守台、石垣、堀の一部、四日市市顕正(けんしょう)寺に大手門、鈴鹿市蓮花寺に太鼓櫓が移築
〔特徴〕1601年(慶長6)一柳直盛(なおもり)入封時は5万石だが、長く小藩であった。


亀山城(かめやまじょう)
〔別称〕胡(粉)蝶(こちょう)城
〔築城年〕1590年(天正18)
〔築城者〕岡本宗憲(むねのり)
〔城主〕岡本、三宅(みやけ)、関、松平、水谷など各氏、石川氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕三重県亀山市本丸町
〔遺構〕天守台上の多聞(たもん)櫓(鉤(かぎ)形単層入母屋(いりもや)造、黒板壁)、石塁、堀の一部
〔特徴〕東海道五十三次の宿駅の一つで、伊勢(いせ)、近江(おうみ)へ通ずる要衝。南を鈴鹿(すずか)川が流れる。


津城(つじょう)
〔別称〕安濃津(あのつ)城
〔築城年〕1580年(天正8)、1611年(慶長16)
〔築城者〕織田信包(のぶかね)、藤堂高虎(とうどうたかとら)
〔城主〕細野、織田、富田各氏、藤堂氏歴代
〔城の形式〕平城、連郭・輪郭式併用
〔所在地〕三重県津市丸之内
〔遺構〕天守台、石垣、堀
〔特徴〕城址は市の中心部で官庁街となっている。1958年(昭和33)3層の隅櫓が復原。


安土城(あづちじょう)*
〔築城年〕1576~1581年(天正4~9)
〔築城者〕織田信長
〔城主〕織田信長
〔城の形式〕山城
〔所在地〕滋賀県近江八幡市安土町下豊浦(しもといら)
〔遺構〕石垣、堀(国指定特別史跡)
〔特徴〕近世城郭の先駆。琵琶(びわ)湖東岸の地、近江(おうみ)一円を見渡す五層七階の天守はその後の天守様式を決定づけた。ふんだんに金を用いた壮大華麗な城も、本能寺の変ののちに灰燼(かいじん)と帰す。


彦根城(ひこねじょう)*
〔別称〕金亀(こんき)城
〔築城年〕1603~1622年(慶長8~元和8)
〔築城者〕井伊直継(なおつぐ)(直勝)・直孝
〔城主〕井伊氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭・輪郭式併用
〔所在地〕滋賀県彦根市金亀町
〔遺構〕天守(国宝)ほか天秤櫓(てんびんやぐら)(天秤状の2基の物見櫓)、西の丸三層櫓、太鼓門、佐和山口多聞櫓、馬屋(以上、国指定重要文化財)ほか多数。城跡(国指定特別史跡)
〔特徴〕織田信長、豊臣秀吉の残影を取り除くべく琵琶(びわ)湖畔の地に12大名に割り当てた天下普請(ぶしん)で20年間にわたって築城。


長浜城(ながはまじょう)*
〔築城年〕1573年(天正1)
〔築城者〕羽柴(はしば)(豊臣(とよとみ))秀吉
〔城主〕羽柴秀吉、柴田勝豊(しばたかつとよ)、山内一豊(かずとよ)、内藤信成(のぶなり)
〔城の形式〕平城
〔所在地〕滋賀県長浜市公園町
〔遺構〕石垣、堀、井戸
〔特徴〕前身は今浜城で、1336年(延元1・建武3)に佐々木導誉(どうよ)によって築かれた。1983年(昭和58)天守閣が復興された。


小谷城(おだにじょう)*
〔別称〕小谷山城
〔築城年〕戦国期
〔所在地〕滋賀県長浜市湖北町伊部
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


観音寺城(かんのんじじょう)*
〔築城年〕室町期~戦国期の山城
〔所在地〕滋賀県近江八幡市安土町石寺
〔遺構〕城跡(国指定史跡)
〔特徴〕中世最大の山城として知られる。


八幡城(はちまんじょう)*
〔別称〕近江八幡城
〔築城年〕戦国期
〔所在地〕滋賀県近江八幡市宮内町。


大溝城(おおみぞじょう)
〔別称〕大溝陣屋、高島城
〔築城年〕1578年(天正6)
〔築城者〕織田信澄(のぶずみ)
〔城主〕丹羽(にわ)、加藤、生駒(いこま)、京極(きょうごく)、分部(わけべ)各氏ほか
〔城の形式〕水城、近世陣屋
〔所在地〕滋賀県高島市勝野
〔遺構〕石垣、陣屋大手門、書院の一部
〔特徴〕琵琶(びわ)湖の浮城の一つ。一国一城令(1615)により、三の丸に新たに陣屋を構築した。


二条城(にじょうじょう)*
〔別称〕二条御所
〔築城年〕1576年(天正4)、1601~1626年(慶長6~寛永3)
〔築城者〕織田信長、徳川家康・家光(いえみつ)
〔城主〕足利義昭(あしかがよしあき)、幕府
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕京都市中京区二条通堀川西入二条城町
〔遺構〕二の丸御殿、櫓2基、城門7棟など22棟(国指定重要文化財・国宝)、石垣、堀(国指定史跡元離宮二条城)
〔特徴〕旧二条城は信長が足利義昭居館として築造。近世城郭のはしりで、その豪壮な築城のさまはルイス・フロイスの『日本史』が伝える。家康は上洛(じょうらく)の際の宿所との名目で実は京都守護と朝廷、公家(くげ)衆の監視を目的に新たに現在地に造営。現存の城郭書院造の二の丸御殿(国宝)は桃山建築の精髄を伝える。


伏見城(ふしみじょう)*
〔別称〕指月(しげつ)城、木幡(こわた)山城
〔築城年〕1594年(文禄3)、1605年(慶長10)
〔築城者〕豊臣(とよとみ)秀吉、徳川家康
〔城主〕豊臣秀吉、徳川家康
〔城の形式〕平山城、輪郭・連郭式併用
〔所在地〕京都市伏見区桃山町古城山
〔遺構〕堀、移築建造物として御香宮(ごこうのみや)表門(伝旧大手門)など(国指定重要文化財)
〔特徴〕秀吉の隠居所で、「地震加藤」の逸話がある。家康にとっては大坂城攻撃拠点の意味をもった。現在、模擬天守が新造されている。


淀城(よどじょう)*
〔別称〕(てん)城
〔築城年〕1582年(天正10)、1623年(元和9)
〔築城者〕明智(あけち)光秀、松平定綱
〔城主〕明智氏、豊臣秀吉、松平氏
〔城の形式〕平城(水城)、輪郭式
〔所在地〕京都市伏見(ふしみ)区淀本町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕秀吉が側室茶々(ちゃちゃ)(淀殿)の出産のため淀古城を築く。2代将軍徳川秀忠(ひでただ)のとき、京都監視を目的に場所を改めて再度築城される。現在、城址(じょうし)を京阪電鉄が貫いている。


宮津城(みやづじょう)
〔別称〕舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1580年(天正8)以後、1622年(元和8)
〔築城者〕細川忠興(ただおき)、京極高知(きょうごくたかとも)
〔城主〕京極、永井、阿部、奥平、青山各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平城
〔所在地〕京都府宮津市鶴賀
〔遺構〕石垣・堀の一部
〔特徴〕関ヶ原の戦いのとき築城者自身の手で焼き払われた。後の本丸には天守にかわって櫓5基があった。


福知山城(ふくちやまじょう)
〔別称〕横山城
〔築城年〕1579年(天正7)
〔築城者〕明智(あけち)光秀
〔城主〕明智、小野木、有馬(ありま)、岡部、朽木(くつき)など各氏
〔城の形式〕平山城、梯郭(ていかく)・連郭式併用
〔所在地〕京都府福知山市内記
〔遺構〕銅(あかがね)門続櫓、石垣
〔特徴〕小笠原長清(おがさわらながきよ)の後裔(こうえい)塩見頼勝(よりかつ)が築いた城が初め。子頼氏(よりうじ)は横山姓を名のる。横山城を攻略した光秀が近世城郭に改築。由良(ゆら)川、土師(はじ)川の合流点の丘上に3層の大天守があった。


園部城(そのべじょう)
〔別称〕園部陣屋
〔築城年〕1619~1621年(元和5~7)
〔築城者〕小出吉親(こいでよしちか)
〔城主〕小出氏歴代
〔城の形式〕平山城、近世陣屋
〔所在地〕京都府南丹市園部町小桜町
〔遺構〕城門、隅櫓、石垣、堀
〔特徴〕園部盆地中央の小向山に三層櫓を建てる。園部川の流れを北に迂回(うかい)させて城下町を経営した。


亀岡城(かめおかじょう)
〔別称〕丹波(たんば)亀山城
〔築城年〕1577~1579年(天正5~7)
〔築城者〕明智(あけち)光秀
〔城主〕明智、豊臣(とよとみ)、松平各氏ほか
〔城の形式〕平山城、輪郭式
〔所在地〕京都府亀岡市荒塚町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕室町期の内藤氏による亀山砦(とりで)を光秀が拡張。小早川(こばやかわ)秀秋のとき5層の天守があったという。1877年(明治10)の廃城後、大本(おおもと)教の所有となったが弾圧により破壊される。


大坂城(おおさかじょう)*
〔別称〕錦城、金城
〔築城年〕1583年(天正11)、1620~30年(元和6~寛永7)
〔築城者〕豊臣秀吉、徳川家光(いえみつ)
〔城主〕豊臣、徳川各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕大阪市中央区大阪城
〔遺構〕大手門、桜門内の高麗(こうらい)門、千貫(せんがん)櫓、一番櫓、六番櫓、乾(いぬい)櫓、煙硝(えんしょう)蔵、御金蔵、石垣、堀など(国指定重要文化財・国指定特別史跡)
〔特徴〕1931年(昭和6)のコンクリート製復興による天守閣は、8階の展望台まで全階が歴史博物館となっている。36畳敷に及ぶ「蛸石(たこいし)」など石垣に用いられた巨石群が見どころ。


高槻城(たかつきじょう)
〔築城年〕1573~1592年(天正1~文禄1)
〔築城者〕高山右近(うこん)ほか
〔城主〕近藤、入江、和田、高山、新庄(しんじょう)、内藤、土岐(とき)、松平、岡部、永井各氏
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕大阪府高槻市城内町
〔遺構〕塀跡、土塁(府指定史跡)
〔特徴〕キリシタン大名高山右近の城として著名。


岸和田城(きしわだじょう)*
〔別称〕千亀利(ちぎり)城、滕(ちぎり)城
〔築城年〕1597年(慶長2)
〔築城者〕小出(こいで)秀政
〔城主〕小出氏、岡部氏歴代
〔城の形式〕平城(水城)、並郭・輪郭式併用
〔所在地〕大阪府岸和田市岸城町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕紀伊水道の要衝で、海水を堀に引き入れる。1954年(昭和29)模擬天守が復興。1969年再建の隅櫓は岸和田市立郷土資料館。


千早城(ちはやじょう)*
〔別称〕千剣破(ちはや)城、金剛山(こんごうざん)城
〔築城年〕1332年(元弘2)
〔築城者〕楠木正成(くすのきまさしげ)
〔城主〕楠木氏
〔城の形式〕山城
〔所在地〕大阪府南河内(みなみかわち)郡千早赤阪(あかさか)村千早
〔遺構〕堀切、削平地群(国指定史跡)
〔特徴〕金剛山の中腹に築かれ、鎌倉幕府の大軍に囲まれても落ちなかった。


赤坂城(あかさかじょう)*
〔築城年・築城者〕1331~1332年(元弘1~2)楠木正成が築城。下赤坂城と上赤坂城からなる。

〔城の形式〕山城
〔所在地〕大阪府南河内(みなみかわち)郡千早赤阪村桐山、森屋
〔遺構〕下赤坂城の堀切、削平地(国指定史跡)、上赤坂城の堀切、削平地(国指定史跡)。


姫路城(ひめじじょう)*
〔別称〕白鷺(しらさぎ/はくろ)城、姫山(ひめやま)城、鷺山(さぎやま)城、鷺城
〔築城年〕1580年(天正8)、1609年(慶長14)
〔築城者〕羽柴(はしば)秀吉、池田輝政
〔城主〕羽柴、木下、池田、本多、榊原(さかきばら)、松平各氏、酒井氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・輪郭式併用
〔所在地〕兵庫県姫路市本町
〔遺構〕天守、櫓、門ほか中枢部、石垣、堀(ユネスコの世界文化遺産。城跡は特別史跡、大天守ほか櫓の多くは国宝・国指定重要文化財)
〔特徴〕日本の代表的名城。第二次世界大戦の姫路空襲にも焼失を免れる。大小の天守と渡櫓が天守曲輪を形成。実戦上の各種の配備があるとともに優美華麗な城郭建築の構成美にあふれる。


赤穂城(あこうじょう)
〔別称〕紅蓼城、加里屋(かりや)城、仮屋(かりや)城
〔築城年〕1648年(慶安1)
〔築城者〕浅野長直(ながなお)
〔城主〕浅野、永井各氏、森氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕兵庫県赤穂市加里屋
〔遺構〕石垣・堀(国指定史跡)
〔特徴〕瀬戸内海の浜辺に築かれた水城で、完成期の石垣技術がみられる。長直の孫長矩(ながのり)の代に忠臣蔵で知られるように除封された。


尼崎城(あまがさきじょう)
〔別称〕尼丘城、琴浦(ことうら)城、大物(だいもつ)城
〔築城年〕1519年(永正16)、1617年(元和3)
〔築城者〕細川高国、戸田氏鉄(うじかね)
〔城主〕細川、三好(みよし)、荒木、池田、建部(たけべ)、戸田、青山、松平各氏
〔城の形式〕平城(水城)、輪郭式
〔所在地〕兵庫県尼崎市南城内
〔特徴〕堀には海水を入れ外堀を港としていたが、明治初年から尼崎築港と工場化のため完全に消失した。


明石城(あかしじょう)
〔別称〕喜春城、鶴城
〔築城年〕1619年(元和5)
〔築城者〕小笠原忠真(おがさわらただざね)
〔城主〕小笠原、戸田、大久保、松平、本多各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕兵庫県明石市明石公園
〔遺構〕巽(たつみ)櫓・坤(ひつじさる)櫓(国指定重要文化財)、石垣、堀
〔特徴〕明石海峡と山陽道を押さえる中世以来の城郭。石垣がみごとで、天守にかわり3基の櫓が立ち並んだ。


龍野城(たつのじょう)
〔別称〕鶏籠(けいろう)山城
〔築城年〕1600年(慶長5)、1672年(寛文12)
〔築城者〕池田輝政、脇坂(わきざか)安政
〔城主〕石川、池田、本多、小笠原(おがさわら)、京極(きょうごく)各氏、脇坂氏歴代
〔城の形式〕平山城、近世陣屋併用
〔所在地〕兵庫県たつの市龍野町北龍野、龍野町上霞城
〔遺構〕石垣、土塁
〔特徴〕守護赤松氏の最後の拠点として有名。赤松氏時代の山城の麓(ふもと)に近世の城郭が営まれた。


篠山城(ささやまじょう)*
〔別称〕桐ヶ城
〔築城年〕1609年(慶長14)
〔築城者〕徳川家康(藤堂高虎)
〔城主〕松平氏歴代
〔城の形式〕平山城
〔所在地〕兵庫県丹波篠山市北新町
〔遺構〕石垣、堀、馬出(国指定史跡)。


白旗城(しらはたじょう)*
〔築城年〕南北朝期~室町期
〔所在地〕兵庫県赤穂郡上郡(かみごおり)町赤松(国指定史跡)。


出石城(いずしじょう)
〔別称〕有子(こあり)山城、高城(たかしろ)
〔築城年〕1574年(天正2)、1604年(慶長9)
〔築城者〕山名氏政、小出(こいで)吉政
〔城主〕山名、小出、松平各氏、仙石氏歴代
〔城の形式〕山城・平山城併用、梯郭式
〔所在地〕兵庫県豊岡(とよおか)市出石町内町
〔遺構〕振鼓楼(しんころう)、石垣、堀
〔特徴〕山名氏の築いた有子山の山城と、山麓(さんろく)の小出氏による城郭からなる。


柏原城(かいばらじょう)
〔別称〕柏原陣屋
〔築城年〕1714年(正徳4)
〔築城者〕織田信休(のぶやす)
〔城主〕織田氏歴代
〔城の形式〕平城、近世陣屋
〔所在地〕兵庫県丹波(たんば)市柏原町柏原
〔遺構〕尚徳門(長屋門)、書院ほか(国指定史跡)
〔特徴〕信長の子孫で大和(やまと)松山から移った信休が築いた。


三日月城(みかづきじょう)
〔別称〕三日月陣屋
〔築城年〕1697年(元禄10)
〔築城者〕森長俊(ながとし)
〔城主〕森氏歴代
〔城の形式〕平山城、近世陣屋
〔所在地〕兵庫県佐用(さよ)郡佐用町乃井野
〔遺構〕石垣、堀、三日月駅前に移築の旧物見櫓
〔特徴〕津山城の森氏の支藩。因幡(いなば)街道と作州街道の要衝。


高取城(たかとりじょう)*
〔別称〕鷹取山城
〔築城年〕1332年(元弘2)、1585年(天正13)
〔築城者〕越智邦澄(おちくにずみ)、筒井順慶(つついじゅんけい)
〔城主〕越智、筒井、本多、植村各氏
〔城の形式〕山城、連郭・梯郭式併用
〔所在地〕奈良県高市(たかいち)郡高取町高取
〔遺構〕石垣、堀、二の門など(国指定史跡)
〔特徴〕標高584メートルの山頂にあり、近世の本格的山城。ハイキングコース両側に武家屋敷跡。


郡山城(こおりやまじょう)*
〔別称〕犬伏(いぬぶせ)城、大和郡山城
〔築城年〕1580年(天正8)
〔築城者〕筒井順慶(つついじゅんけい)
〔城主〕筒井順慶、豊臣秀長(とよとみひでなが)、増田、大久保、水野、松平、本多各氏、柳沢(やなぎさわ)氏歴代
〔城の形式〕平山城、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕奈良県大和郡山市城内町
〔遺構〕石垣・堀(県指定史跡)
〔特徴〕1582年(天正10)山崎合戦の際の筒井順慶の態度を後世は日和見(ひよりみ)とみなし、これを「洞(ほら)ヶ峠を決め込む」という。


多聞山城(たもんやまじょう)*
〔別称〕多聞城
〔築城年〕1560年(永禄3)
〔築城者〕松永久秀(ひさひで)
〔所在地〕奈良市法連町
〔特徴〕興福寺の戦闘拠点として成立、のち松永久秀の本城となり、壮大な殿舎が建てられた。


和歌山城(わかやまじょう)*
〔別称〕若山城、竹垣城、虎伏(とらぶせ)城
〔築城年〕1585年(天正13)
〔築城者〕豊臣秀長(とよとみひでなが)
〔城主〕桑山重晴(くわやましげはる)、浅野氏、徳川氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭・輪郭式併用
〔所在地〕和歌山市一番丁
〔遺構〕岡口門(国指定重要文化財)、追廻(おいまわし)門ほか、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕豊臣秀吉が命名した若山の地も弟秀長の管轄下であった。緑泥片岩野面(のづら)積みの石垣は城代(じょうだい)桑山重晴の時代につくられた。浅野氏を経て、家康の第10子頼宣(よりのぶ)が入り、城の規模を拡大。3層の大天守、2層の小天守、櫓を結ぶ連立式天守がそびえた。


新宮城(しんぐうじょう)
〔別称〕丹鶴(たんかく)城、沖見城
〔築城年〕1618年(元和4)、1633年(寛永10)
〔築城者〕浅野忠吉(ただよし)、水野重仲(しげなか)
〔城主〕浅野忠吉、水野氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕和歌山県新宮市新宮
〔遺構〕石垣
〔特徴〕熊野川(新宮川)が熊野灘(なだ)に注ぐ地点の丹鶴山にあり3層の天守、櫓10基があったと伝える。


〔中国〕
鳥取城(とっとりじょう)*
〔別称〕久松山(きゅうしょうざん)城
〔築城年〕1545年(天文14)、1601年(慶長6)
〔築城者〕山名誠通、池田長吉
〔城主〕武田、山名、吉川(きっかわ)各氏、池田氏歴代
〔城の形式〕山城(やまじろ)・平(ひら)山城、梯郭(ていかく)・連郭式併用
〔所在地〕鳥取市東町
〔遺構〕石垣、堀、礎石、土塁(国指定史跡)
〔特徴〕吉川経家(つねいえ)のとき、羽柴(はしば)秀吉の大軍は鳥取城を鉄の包囲陣で締め上げ、3か月の籠城(ろうじょう)戦のすえ、経家は城を開き、自害した。「鳥取城の渇殺」として有名。近世には因幡(いなば)・伯耆(ほうき)両国を領した池田氏の本城となる。


米子城(よなごじょう)
〔別称〕湊山(みなとやま)城、久米(くめ)城
〔築城年〕1588~1591年(天正16~19)
〔築城者〕吉川広家(きっかわひろいえ)ほか
〔城主〕吉川、中村、加藤、池田各氏、荒尾氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕鳥取県米子市久米町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕富田(とだ)城を不便とした吉川広家が、中海(なかうみ)に臨む標高90メートルの湊山、および飯山(いいのやま)の山頂、山麓(さんろく)に築く。近世初頭に四層五階の大天守、四層四階の小天守などができ、藩府鳥取城と並ぶ壮大な構えとなる。


松江城(まつえじょう)*
〔別称〕千鳥城
〔築城年〕1611年(慶長16)
〔築城者〕堀尾吉晴(よしはる)
〔城主〕堀尾、京極(きょうごく)各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕島根県松江市殿町(とのまち)
〔遺構〕天守(国指定重要文化財)、付櫓(つけやぐら)、本丸、二の丸、石垣、大手口(国指定史跡)
〔特徴〕亀田(かめだ)山山頂に本丸を置き、亀田山を切り崩して平山城の型とし、宍道(しんじ)湖を埋め立てて、水路を縦横に巡らした水城の形式ともいえる縄張りで、現存する五重の天守は平面と高さで姫路城に次ぐ。


津和野城(つわのじょう)*
〔別称〕三本松城、蕗城
〔築城年〕1295年(永仁3)、1616年(元和2)
〔築城者〕吉見頼行(よしみよりゆき)、坂崎直盛(なおもり)
〔城主〕吉見、坂崎各氏、亀井氏歴代
〔城の形式〕山城、梯郭式
〔所在地〕島根県鹿足(かのあし)郡津和野町後田城山
〔遺構〕石垣、居館の馬場先櫓と多聞櫓(国指定史跡)
〔特徴〕坂崎直盛(成正)により今日みる遺構が整えられ、山城の本丸、二の丸、三の丸、出丸には14基の櫓と6棟の城門を設けた典型的な山城であった。


浜田城(はまだじょう)
〔別称〕亀山城、鴨山城
〔築城年〕1620~1622年(元和6~8)
〔築城者〕古田重治(しげはる)
〔城主〕古田、松平、本多各氏を経てふたたび松平氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕島根県浜田市殿町
〔遺構〕石垣
〔特徴〕日本海松原湾と浜田川に臨む標高70メートルの亀山の山頂を本丸とし3層の望楼式天守、櫓2基ほかがあったが、長州征伐(1866)のとき焼失。


月山城(がっさんじょう)*
〔別称〕富田(とだ)城、月山富田城
〔築城年〕鎌倉期~江戸初期
〔所在地〕島根県安来(やすぎ)市広瀬町富田
〔特徴〕戦国大名尼子(あまご)氏の本拠、のち堀尾氏が松江築城まで居城。


岡山城(おかやまじょう)*
〔別称〕烏城(うじょう)、丘山(おかやま)城
〔築城年〕1597年(慶長2)
〔築城者〕宇喜多(うきた)直家・秀家
〔城主〕宇喜多、小早川(こばやかわ)各氏、池田氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕岡山市北区丸の内
〔遺構〕月見櫓、西手櫓、石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕初層の平面が不等辺五角形の天守は安土城を模したといわれ、1966年(昭和41)復原。旭(あさひ)川を挟んで池泉回遊式庭園「後楽園」に向かう。


津山城(つやまじょう)*
〔別称〕鶴山城
〔築城年〕1616年(元和2)
〔築城者〕森忠政
〔城主〕森氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・輪郭式併用
〔所在地〕岡山県津山市山下
〔遺構〕石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕森氏時代には50基の櫓がみごとな高石垣上にあって、天下の名城とうたわれた。


松山城(まつやまじょう)*
〔別称〕高梁(たかはし)城、臥牛山(がぎゅうざん)城、備中(びっちゅう)松山城
〔築城年〕1240年(仁治1)、1681~1683年(天和1~3)
〔築城者〕秋庭重信、水谷勝家
〔城主〕高橋、荘(しょう)、三村、小堀、水谷各氏など、板倉氏歴代
〔城の形式〕山城、連郭・梯郭式併用
〔所在地〕岡山県高梁市内山下
〔遺構〕2層の天守(山城では唯一、国指定重要文化財)、櫓、土塀(以上、国指定重要文化財)、石垣
〔特徴〕標高340メートルの地、眼下に高梁川を見下ろす。平素の政務は山麓の御根古屋(おねごや)でとられた。


高松城(たかまつじょう)*
〔別称〕備中(びっちゅう)高松城
〔築城年〕1569~1570年(永禄12~元亀1)ころ
〔築城者〕石川久式(ひさのり)
〔城主〕石川氏、清水宗治(むねはる)
〔城の形式〕平城
〔所在地〕岡山市北区高松
〔遺構〕城跡(国指定史跡)
〔特徴〕1582年(天正10)羽柴(はしば)秀吉が足守(あしもり)川をせき止めて城を水攻めにして、講和開城させたことは有名。


広島城(ひろしまじょう)*
〔別称〕鯉城、当磨(たいま)城
〔築城年〕1589~1599年(天正17~慶長4)
〔築城者〕毛利輝元(てるもと)
〔城主〕毛利、福島各氏、浅野氏歴代
〔城の形式〕平城(水城)、輪郭式
〔所在地〕広島市中区基町
〔遺構〕石垣、堀、天守閣(国指定史跡)
〔特徴〕太田川のデルタ地帯に築城、しばしば洪水にあう。福島正則(まさのり)の修築(1619)が幕府の科(とが)を受け除封される。原爆で失った5層の天守は毛利氏時代の造営で、1958年(昭和33)復原。城の東に浅野長晟(ながあきら)がつくらせた縮景園がある。


郡山城(こおりやまじょう)*
〔別称〕吉田郡山城
〔築城年〕南北朝期~戦国期
〔所在地〕広島県安芸高田(あきたかた)市吉田町吉田郡山
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


福山城(ふくやまじょう)*
〔別称〕久松城、葦陽城
〔築城年〕1622年(元和8)
〔築城者〕水野勝成
〔城主〕水野氏5代、松平忠雅、阿部氏10代
〔城の形式〕平山城、輪郭式
〔所在地〕広島県福山市丸之内
〔遺構〕伏見(ふしみ)櫓、筋鉄(すじがね)門(以上、国指定重要文化財)、石垣(国指定史跡)
〔特徴〕空襲で焼失した5層の天守ほかが1966年(昭和41)復原。近くに草戸千軒町(くさどせんげんちょう)遺跡もある。


三原城(みはらじょう)
〔別称〕浮城(うきじろ)、玉壺城
〔築城年〕1580年(天正8)
〔築城者〕小早川隆景(こばやかわたかかげ)
〔城主〕小早川、福島、浅野氏歴代
〔城の形式〕水城、連郭式
〔所在地〕広島県三原市館町、城町および本町
〔遺構〕石垣、堀の一部(国指定史跡)
〔特徴〕瀬戸内海の制海権を握る要衝で、地郭兼軍港として船入りの機能を重視、三原湾内の島に築城された。山陽本線三原駅は本丸跡である。


岩国城(いわくにじょう)*
〔別称〕横山城、岩国陣屋
〔築城年〕1601~1608年(慶長6~13)
〔築城者〕吉川広家(きっかわひろいえ)
〔城主〕吉川氏歴代
〔城の形式〕山城、近世陣屋、連郭式
〔所在地〕山口県岩国市横山
〔遺構〕石垣、堀。取り壊された3層の天守は市街地からよく見えるように位置を変えて復原(1962)
〔特徴〕標高200メートル、錦川に架かる錦帯(きんたい)橋を見下ろす横山山頂にある。


萩城(はぎじょう)*
〔別称〕指月(しづき)城
〔築城年〕1608年(慶長13)
〔築城者〕毛利輝元(てるもと)
〔城主〕毛利氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭式
〔所在地〕山口県萩市堀内
〔遺構〕本丸ほか石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕関ヶ原の戦いで西軍の総大将となった輝元が、家康によって削封されてここに移る。攘夷(じょうい)熱高まる維新前夜の1863年(文久3)敬親(たかちか)が山口に移って、事実上、萩城は廃城となる。


敷山城(しきやまじょう)*
〔築城年〕南北朝期
〔所在地〕山口県防府(ほうふ)市牟礼敷山
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


〔四国〕
徳島城(とくしまじょう)
〔別称〕渭山(いのやま)城、渭津(いのつ)城
〔築城年〕1585~1586年(天正13~14)
〔築城者〕蜂須賀(はちすか)家政
〔城主〕蜂須賀氏歴代
〔城の形式〕平山城(ひらやまじろ)、連郭・梯郭(ていかく)式併用
〔所在地〕徳島市徳島町城内
〔遺構〕石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕吉野川を外堀に、助任(すけとう)川、新町(しんまち)川を内堀に、標高62メートルの渭山に築く。3層の天守は山頂の本丸になく、東二の丸にあった。1875年(明治8)に取り壊された。


高松城(たかまつじょう)*
〔別称〕玉藻(たまも)城
〔築城年〕1590年(天正18)
〔築城者〕生駒親正(いこまちかまさ)
〔城主〕生駒氏4代、松平氏歴代
〔城の形式〕平城(水城)、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕香川県高松市玉藻町
〔遺構〕月見櫓、艮(うしとら)櫓、水手御門、渡櫓(以上、国指定重要文化財)、城跡(国指定史跡)
〔特徴〕瀬戸内海に面し、海を堀とする。南蛮造の特異な構造の三層五階の天守が偉容を示していた。


丸亀城(まるがめじょう)*
〔別称〕亀山城、蓬莱(ほうらい)城
〔築城年〕1467~1468年(応仁1~2)、1597年(慶長2)、1643年(寛永20)
〔築城者〕奈良元安(もとやす)、生駒親正(いこまちかまさ)、山崎家治
〔城主〕生駒氏、山崎氏3代、京極(きょうごく)氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕香川県丸亀市一番丁
〔遺構〕天守、大手門(国指定重要文化財)、御殿表門(塀、番所、長屋が付属)、石垣、堀、城跡(国指定史跡)
〔特徴〕港に隣接して標高66メートルの山上にそびえる。総高56メートルに及ぶ、3段をなした石垣がみごと。石組は「扇(おうぎ)の勾配(こうばい)」とよばれる。


松山城(まつやまじょう)*
〔別称〕勝山(かつやま)城、金亀城
〔築城年〕1602年(慶長7)
〔築城者〕加藤嘉明(よしあき)
〔城主〕加藤嘉明、蒲生(がもう)忠知、久松(松平)氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭・梯郭式併用
〔所在地〕愛媛県松山市丸之内
〔遺構〕三層天守(1854年再建。もと五層)ほか国指定重要文化財。石垣、堀(国指定史跡)
〔特徴〕日本三大平山城の一つ。標高131メートルの勝山に26年かけて築城。近年、多数の門櫓が次々復原されている。


今治城(いまばりじょう)
〔別称〕吹揚(ふきあげ)城、美須賀(みすか)城
〔築城年〕1602~1604年(慶長7~9)
〔築城者〕藤堂高虎(とうどうたかとら)
〔城主〕藤堂高虎、松平氏歴代
〔城の形式〕水城、輪郭式
〔所在地〕愛媛県今治市通町3丁目
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕海に開き、海水を引き入れた船入り堀。櫓の総数19、うち12が内海に面していた。縄張はオランダが台湾に築いたゼーランディア城を模したという。1980年(昭和55)五層天守を再建。


宇和島城(うわじまじょう)*
〔別称〕板島城、丸串(まるぐし)城、鶴島(つるしま)城
〔築城年〕1596~1604年(慶長1~9)
〔築城者〕藤堂高虎(とうどうたかとら)
〔城主〕藤堂氏ほか、伊達(だて)氏歴代
〔城の形式〕平山城、梯郭・輪郭式併用
〔所在地〕愛媛県宇和島市丸之内
〔遺構〕天守(国指定重要文化財)、搦手(からめて)門、城跡(国指定史跡)
〔特徴〕築城の名手、高虎が既存の板島丸串城を改めて築城。外郭は不等辺五角形。3層の層塔式天守は優美。宇和島湾を望む標高80メートルの丘上にある。


西条城(さいじょうじょう)
〔別称〕西条陣屋
〔築城年〕1636年(寛永13)ころ
〔築城者〕一柳直重(なおしげ)か
〔城主〕一柳氏、一時、幕府直轄を経て、松平氏歴代
〔城の形式〕近世陣屋、方形単郭
〔所在地〕愛媛県西条市明屋敷
〔遺構〕薬医(やくい)門形式の大手門、土塁、堀
〔特徴〕広大な堀には海水を入れた。腰巻式石垣を伴う一重の塁濠(るいごう)。


大洲城(おおずじょう)
〔別称〕地蔵岳(じぞうだけ)城、比志(ひじ)城、大津城
〔築城年〕1331年(元弘1)
〔築城者〕宇都宮豊房(とよふさ)
〔城主〕宇都宮、藤堂(とうどう)、脇坂(わきざか)、加藤など各氏
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕愛媛県大洲市大洲三ノ丸
〔遺構〕高欄(こうらん)櫓、台所櫓、苧綿(おわた)櫓、三の丸南隅櫓、下台所が国指定重要文化財
〔特徴〕肱(ひじ)川に臨んだ標高23メートルの丘上に地蔵岳城として宇都宮豊房が創築したが、近世城郭としての整備は藤堂高虎(たかとら)、脇坂安治(やすはる)らの代である。4層の層塔式天守。


高知城(こうちじょう)*
〔別称〕大高坂(おおたかさ)城
〔築城年〕1601~1611年(慶長6~16)
〔築城者〕山内一豊(かずとよ)
〔城主〕山内氏歴代
〔城の形式〕平山城、並郭・梯郭式併用
〔所在地〕高知市丸ノ内1丁目
〔遺構〕天守(三層六階)、本丸書院正殿(現、懐徳館)、納戸(なんど)蔵、黒鉄(くろがね)門、東多聞、西多聞、詰門、廊下門、追手門ほか(国指定重要文化財)、城跡(国指定史跡)
〔特徴〕初め河中(こうち)山城、高智山城、のち高知城に改む。1727年(享保12)類焼、20年かけて再建。


岡豊城(おこうじょう)*
〔築城年〕鎌倉末期~戦国期
〔所在地〕高知県南国(なんこく)市岡豊町八幡
〔遺構〕城跡(国指定史跡)。


〔九州・沖縄〕
小倉城(こくらじょう)*
〔別称〕勝山城、勝野城、指月城、涌金城
〔築城年〕1602~1610年(慶長7~15)
〔築城者〕細川忠興(ただおき)
〔城主〕細川氏、小笠原(おがさわら)氏歴代
〔城の形式〕平城(ひらじろ)(海城)、輪郭・梯郭(ていかく)式併用
〔所在地〕福岡県北九州市小倉北区城内
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕創築は1265年(文永2)ころ、土豪緒方惟重(おがたこれしげ)によるという。近世の城としては、天守(四層五階)、櫓(やぐら)148基、曲輪(くるわ)、本丸、二の丸、三の丸、松の丸、北の丸からなっていた。天守は1837年(天保8)失火で焼失、他の建物も長州戦争(1866)で焼いてしまった。現在の天守は1959年(昭和34)に模造されたもの。


久留米城(くるめじょう)
〔別称〕篠山(ささやま)城、篠原(ささはら)城
〔築城年〕1587年(天正15)、1620年(元和6)
〔築城者〕毛利秀包(ひでかね)、有馬豊氏(ありまとようじ)
〔城主〕毛利、田中各氏、有馬氏歴代
〔城の形式〕平山城(ひらやまじろ)、輪郭式
〔所在地〕福岡県久留米市篠山町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕筑後(ちくご)川を外堀に、土豪の築いた篠山城を基礎にする。多聞(たもん)櫓6基ほかがあり、実戦向きであった。


福岡城(ふくおかじょう)*
〔別称〕舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1601~1607年(慶長6~12)
〔築城者〕黒田孝高(よしたか)(如水(じょすい))・長政
〔城主〕黒田氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕福岡市中央区城内
〔遺構〕天守台、土塁、石垣、堀(国指定史跡)、南多聞櫓(国指定重要文化財)、潮見櫓、追手門などがある
〔特徴〕博多を城下町に組み入れた城郭。高石垣上に櫓47基が並んだ名城。


佐賀城(さがじょう)
〔別称〕栄城、亀甲城、佐嘉城
〔築城年〕1615年(元和1)
〔築城者〕鍋島直茂(なべしまなおしげ)・勝茂
〔城主〕鍋島氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭・連郭式併用
〔所在地〕佐賀市城内
〔遺構〕鯱(しゃち)の門及び続櫓(国指定重要文化財)、天守台、石垣、堀
〔特徴〕九州の名門、龍造寺(りゅうぞうじ)氏の居城を引き継ぐ。筑紫(つくし)平野の中央、平坦(へいたん)な低湿地帯に建つ。天守台と本丸は石垣、他は土塁で固めた平城の典型。2004年(平成16)本丸御殿が復原され、佐賀城本丸歴史館となっている。


名護屋城(なごやじょう)*
〔築城年〕1591~1592年(天正19~文禄1)
〔築城者〕豊臣(とよとみ)秀吉
〔城主〕豊臣氏
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕佐賀県唐津市鎮西(ちんぜい)町名護屋
〔遺構〕本丸、二の丸、三の丸、石垣(国指定特別史跡)
〔特徴〕朝鮮出兵の本営。渡海には絶好のこの閑散な地に一瞬のうちに五層五階の天守をはじめ大城郭、城下町が築かれたが、秀吉死後は無用の城として破却された。1968年(昭和43)「肥前名護屋城図屏風(びょうぶ)」が発見され、全貌(ぜんぼう)が明らかにされつつある。城跡に隣接して名護屋城博物館が1993年(平成5)開館した。


唐津城(からつじょう)*
〔別称〕舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1602~1608年(慶長7~13)
〔築城者〕寺沢広高
〔城主〕寺沢、大久保、松平、土井、水野各氏、小笠原氏歴代
〔城の形式〕平山城(海城)
〔所在地〕佐賀県唐津市東城内
〔遺構〕石垣、中仕切門
〔特徴〕実戦向きの海城。名護屋廃城に伴い新築された。天守台はあったが、天守については不明で、1966年(昭和41)模擬天守が建てられた。


鹿島城(かしまじょう)
〔別称〕鹿島館、鹿州城、水避御殿
〔築城年〕1807年(文化4)
〔築城者〕鍋島直彝(なべしまなおつぐ)
〔城主〕鍋島氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭式
〔所在地〕佐賀県鹿島市高津原
〔遺構〕本丸表門(薬医(やくい)門、通称赤門)、大手門(以上、県指定文化財)、堀、土塁
〔特徴〕鹿島は佐賀藩の三つの支藩の一つ。水害のため、旧居館から現在の高津原台地に移る。佐賀の乱(1874)の江藤新平側の兵が城を焼く。


平戸城(ひらどじょう)*
〔別称〕日之岳(ひのたけ)城、亀岡(かめおか)城、朝日嶽(あさひだけ)城、玄武城
〔築城年〕1704~1707年(宝永1~4)
〔築城者〕松浦棟(まつらたかし)
〔城主〕松浦氏歴代
〔城の形式〕平山城(海城)、階郭式
〔所在地〕長崎県平戸市岩の上町
〔遺構〕石垣、空堀、北虎口門、乾櫓、狸櫓、土塀
〔特徴〕創築は1599年(慶長4)松浦鎮信(しげのぶ)による。1608年廃棄。棟(たかし)により山鹿(やまが)流兵法による城が再築された。


福江城(ふくえじょう)
〔別称〕石田城
〔築城年〕1849~1863年(嘉永2~文久3)
〔築城者〕五島盛成(もりしげ)
〔城主〕五島氏
〔城の形式〕平城(海城)、輪郭式
〔所在地〕長崎県五島市池田町
〔遺構〕高麗(こうらい)門、土塀、石垣、五島邸ほか
〔特徴〕五島列島の福江島にある。創築は1638年(寛永15)だが、幕末、異国船防備のため幕府指導で改修。和式築城の最後。かつては海に面していた。


厳原城(いづはらじょう)
〔別称〕府中城、金石(かねいし)城
〔築城年〕1669年(寛文9)
〔築城者〕宗義真(そうよしざね)
〔城主〕宗氏歴代
〔城の形式〕平城、輪郭式
〔所在地〕長崎県対馬市厳原町今屋敷
〔遺構〕石垣
〔特徴〕幕府から朝鮮との外交権を与えられていた宗氏の居館。


清水山城(しみずやまじょう)*
〔築城年〕1591年(天正19)
〔築城者〕毛利高正
〔所在地〕長崎県対馬市厳原町西里
〔遺構〕本丸跡、二の丸跡、三の丸跡、城壁、堅堀(国指定史跡)
〔特徴〕豊臣秀吉が朝鮮出兵の足場にするために築いた。


島原城(しまばらじょう)*
〔別称〕高来(たかき)城、森岳(もりたけ)城
〔築城年〕1618~1625年(元和4~寛永2)
〔築城者〕松倉重政(しげまさ)
〔城主〕松倉、高力(こうりき)各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平城、連郭式
〔所在地〕長崎県島原市城内
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕本丸、二の丸、三の丸、内郭に三重櫓3基、二重櫓7基、平櫓6基、外郭に城門7、平櫓33基の厳重な構えであった。現在、模造天守(5層)、模造三重櫓がある。築城工事の課役が島原の乱の一因となった。


勝本城(かつもとじょう)*
〔別称〕武末(たけすえ)城、風本(かざもと)城
〔築城年〕1591年(天正19)
〔築城者〕松浦鎮信(まつらしげのぶ)
〔所在地〕長崎県壱岐(いき)市勝本町坂本触(さかもとふれ)城山
〔遺構〕本丸跡、城壁、大手門跡(国指定史跡)
〔特徴〕豊臣(とよとみ)秀吉が朝鮮出兵の基地として築かせた。


原城(はらじょう)*
〔別称〕有馬(ありま)城、日暮城
〔築城年〕1496年(明応5)
〔築城者〕有馬貴純(たかずみ)
〔城主〕有馬、松倉各氏
〔城の形式〕平城
〔所在地〕長崎県南島原市南有馬町乙
〔遺構〕空堀、大手門跡、攻囲陣跡(国指定史跡)
〔特徴〕一国一城令(1615)により廃城。1637年(寛永14)の島原の乱で、一揆(いっき)勢が原城に立てこもって幕府軍と戦ったことで知られる。


熊本城(くまもとじょう)*
〔別称〕銀杏城、隈本(くまもと)城
〔築城年〕1601~1607年(慶長6~12)
〔築城者〕加藤清正
〔城主〕佐々(さっさ)、加藤各氏、細川氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕熊本市中央区本丸
〔遺構〕宇土櫓など櫓11棟、門1棟、長塀(以上、国指定重要文化財)など。城跡(国指定特別史跡)
〔特徴〕近世平山城で、西南の役中に失火、一の天守、二の天守焼失。一の天守、二の天守、馬具櫓が1960年(昭和35)再建。日本三大名城の一つで、櫓48基のうち、三重五階櫓が6基あった。


人吉城(ひとよしじょう)*
〔別称〕繊月(せんげつ)城、三日月(みかづき)城、涅槃(ねはん)城
〔築城年〕1639年(寛永16)
〔築城者〕相良長毎(さがらながつね)、頼寛(よりひろ)
〔城主〕相良氏歴代
〔城の形式〕平山城、階郭・梯郭式併用
〔所在地〕熊本県人吉市麓町
〔遺構〕本丸跡、二の丸跡、石垣、堀(国指定史跡)、庭園
〔特徴〕石垣は上部にはね出しがみられ、西洋の築城術に影響された武者返しとして知られる。


府内城(ふないじょう)*
〔別称〕大分(おおいた)城、荷揚(にあげ)城、白雉(はくち)城
〔築城年〕1597年(慶長2)
〔築城者〕福原直高(なおたか)
〔城主〕福原、早川、竹中、日根野(ひねの)各氏、松平氏歴代
〔城の形式〕平城、梯郭式
〔所在地〕大分市荷揚町
〔遺構〕人質西隅櫓、宗門櫓、塀、石垣、堀
〔特徴〕大友氏の本拠地に新たに築いた大規模なもので、豊後(ぶんご)水道の港を城郭に取り込んだ城。ほぼ正方形の本丸に4層の天守があった。


日出城(ひじじょう)
〔別称〕日出城(ひじのしろ)、煬谷(ようこく)城
〔築城年〕1602年(慶長7)
〔築城者〕木下延俊(のぶとし)
〔城主〕木下氏歴代
〔城の形式〕平山城(水城)、輪郭・梯郭式併用
〔所在地〕大分県速見郡日出町日出
〔遺構〕石垣、堀。鬼門櫓、二の丸、裏門櫓が仁王集落に移築
〔特徴〕本丸南側が別府湾に面し、3層の天守、2層の櫓5基ほかがあった。


臼杵城(うすきじょう)
〔別称〕亀城(きじょう)、丹生島(にうじま)城
〔築城年〕1562年(永禄5)
〔築城者〕大友宗麟(そうりん)(義鎮(よししげ))
〔城主〕大友、福原、太田、稲葉各氏
〔城の形式〕平山城(海城)、連郭式
〔所在地〕大分県臼杵市臼杵
〔遺構〕畳櫓、卯寅口門脇(わき)櫓、石垣、堀(県指定史跡)
〔特徴〕現在は陸続きだが、もとは臼杵湾に浮かぶ丹生島に南蛮貿易の拠点として築かれた。島の姿が亀に似ていたという。3層の天守、21基の櫓があった。


岡城(おかじょう)*
〔別称〕臥牛(がぎゅう)城、豊後(ぶんご)竹田城
〔築城年〕1185年(文治1)、1596年(慶長1)
〔築城者〕緒方惟栄(おがたこれよし)、中川秀成(ひでなり)
〔城主〕緒方、志賀各氏、中川氏歴代
〔城の形式〕山城、連郭式
〔所在地〕大分県竹田市竹田岡
〔遺構〕石塁、櫓台(国指定史跡)
〔特徴〕『荒城の月』の歌碑、作曲家滝廉太郎(れんたろう)の銅像がある。


佐伯城(さいきじょう)
〔別称〕鶴屋(つるや)城、鶴ヶ城
〔築城年〕1604~1606年(慶長9~11)
〔築城者〕毛利高政
〔城主〕毛利氏歴代
〔城の形式〕山城のち平山城、梯郭・輪郭式併用
〔所在地〕大分県佐伯(さいき)市西谷町城山
〔遺構〕三の丸大手門、石垣、堀
〔特徴〕三層天守は落雷で焼失。1637年(寛永14)に居館を山麓の三の丸に移す。本城は国木田独歩の短編『春の鳥』の舞台としても著名。


飫肥城(おびじょう)
〔別称〕舞鶴(まいづる)城
〔築城年〕1596~1614年(慶長年間)
〔築城者〕伊東祐兵(すけたけ)
〔城主〕伊東氏歴代
〔城の形式〕平山城
〔所在地〕宮崎県日南市飫肥10丁目
〔遺構〕本丸、大手門、松尾ノ丸、飫肥石による桝(ます)形石垣(城跡の南半部は旧城下とあわせて国選定重要伝統的建造物群保存地区)
〔特徴〕1458年(長禄2)以前に創築され、城は中世的色彩が強いが、大手方面は切込みはぎの石垣で固め、二層櫓2基があった。


鹿児島城(かごしまじょう)
〔別称〕鶴丸(つるまる)城
〔築城年〕1602~1613年(慶長7~18)
〔築城者〕島津家久(いえひさ)
〔城主〕島津氏歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕鹿児島市城山町
〔遺構〕石垣、堀
〔特徴〕錦江(きんこう)湾を望む標高110メートルの城山(しろやま)山麓に質素な屋形造の居館として建つ。天守はなく、藩内各地に外城(とじょう)制の「麓(ふもと)」を設ける。


首里城(しゅりじょう)*
〔別称〕中山(ちゅうざん)城、王城
〔築城年〕14~16世紀
〔築城者〕第一尚氏
〔城主〕中山王、琉球(りゅうきゅう)王歴代
〔城の形式〕平山城、輪郭式
〔所在地〕沖縄県那覇市首里当蔵町
〔遺構〕石垣(国指定史跡。ユネスコの世界文化遺産)
〔特徴〕那覇の良港を抱える沖縄の中心、最大の城。標高130メートル余の台地上に凝灰岩の石塁が連なっていたが、第二次世界大戦のとき、日本軍司令部があった関係上アメリカ軍の集中砲火を受け破壊。1958年(昭和33)復原の守礼門(しゅれいもん)は沖縄の象徴。


知念城(ちねんじょう)*
〔別称〕知念森城
〔築城年〕15世紀末~16世紀初め
〔築城者〕内間大親(うちまだいしん)
〔城主〕知念按司(あんじ)
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕沖縄県南城(なんじょう)市知念字知念
〔遺構〕城壁、アーチ式拱門(きょうもん)(国指定史跡)
〔特徴〕完全に近く遺構が残る。『おもろさうし』に歌われるように神話的景観が広がる。


中城城(なかぐすくじょう)*
〔築城年〕1440年ころ
〔築城者〕護佐丸(ござまる)
〔城主〕読谷山按司(よみたんざんあんじ)、尚氏
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕沖縄県中頭(なかがみ)郡中城村泊
〔遺構〕石垣、アーチ式拱門など(国指定史跡。ユネスコの世界文化遺産)
〔特徴〕琉球文化の独自性をもっともよく伝える大陸的築城。凝灰石の切り石積みの城壁が屈曲する。


今帰仁城(なきじんじょう)*
〔別称〕北山(ほくざん)城
〔築城年〕14世紀末
〔築城者〕怕尼芝(はねじ)
〔城主〕北山王歴代
〔城の形式〕平山城、連郭式
〔所在地〕沖縄県国頭(くにがみ)郡今帰仁村今泊
〔遺構〕平郎門(大手門にあたる)、石垣、礎石(国指定史跡。ユネスコの世界文化遺産)
〔特徴〕首里城に次ぐ沖縄第二の巨城。海岸に近い石灰岩の丘上に「万里の長城」のように石塁が続く。

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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