日本大百科全書(ニッポニカ) 「既判力」の意味・わかりやすい解説
既判力
きはんりょく
裁判所の判断が最終的なものとして、後訴裁判所・当事者を拘束する効力。民事裁判、刑事裁判ともに認められる。
[本間義信]
民事裁判における既判力
民事訴訟は、市民相互間の紛争の解決を目的としている。したがって、紛争解決の基準として判決が出され、確定した場合(確定判決)には、判決内容は争えないとしなければならない。これを既判力という。以後、当事者は既判力と矛盾することを主張できないし、裁判所も異なる判断をすることはできない。これを既判力の効果という。確定終局判決は既判力を有するが、仲裁判断も既判力をもつ。請求の放棄・認諾調書、和解調書については既判力が認められるか否かについて争いがある。
[本間義信]
客観的範囲
既判力をもって確定されるのは、原告が争いの対象として提示した権利・義務(=訴訟物)についての判断に限られる(主文に包含するもの。民事訴訟法114条1項)。たとえば、売買契約の結果、原告がある物の所有権を取得したとしてその所有権を確認する判決、または家屋の所有権に基づく明渡し請求を認める判決で既判力を生じるのは、原告の所有権、または明渡し請求権を認める判断についてだけで、売買契約の有効性、家屋の所有権の存在についての判断には、既判力が生じない(判決理由中の判断)。既判力の客観的範囲は、訴訟物をどのようにとらえるかにより異なってくる。また、相殺に対する判断については例外的に既判力が認められ(同法114条2項)、さらに解釈論として争点効(訴訟で当事者が主要な争点として争い、裁判所がこれを審理して下したその争点についての判断を後の別の訴訟で否定することはできない、という効力。前記の例では、売買契約の有効または家屋の所有権の存在の判断)という拘束力を認めるべきだとの主張が有力である。
[本間義信]
主観的範囲
民事訴訟は私人間の争いを相対的に解決するものであるから、また、判決の材料を提供するのは当事者であるから、既判力は原則として当事者間に限って生じる。たとえば、A・B間で家屋の所有権がAのものであることが確定しても、訴訟の当事者でないCやDはそれとはかかわりなく、同一の家屋について自己の所有権を主張できる。例外的に、当事者以外の者に及ぶ場合もある。たとえば、借地上に建物を所有する土地の賃借人Yが、土地の賃貸人Xの建物収去土地明渡請求の訴えに敗訴した後に、借地上の建物をYから譲り受けた者Zは、判決の効力を受け、建物を収去し、土地を明け渡さなければならない(口頭弁論終結後の承継人。民事訴訟法115条1項3号)。あるいは、株式会社の株主の一部の者が、株主総会決議取消しの訴えを提起し、勝訴した場合、当事者になっていない他の株主も、その判決の効力を争えない(会社法838条)。
[本間義信]
刑事裁判における既判力
刑事訴訟における既判力については、その根拠や内容に関し、学説上さまざまな考え方がある。従前の中心的な考え方は、事件の実体(有罪・無罪)についての裁判が確立すると、その意思表示(判断)内容が、具体的規範としての効力(規範的効力=実体的確定力)をもつに至り、それが外部的に既判力=一事不再理の効力として発現するとされていた。しかし、最近では、一事不再理の効力を日本国憲法第39条(二重の危険の法理)に基づく政策的効力と位置づけ、既判力から切り離す見解が有力である。というのは、刑事訴訟法が審判の対象を訴因としているため(256条)、訴因を越えて「公訴事実の同一性」(312条1項)の範囲に一事不再理の効力が及ぶとすると「既に判断された」ことによって生ずるとする考え方とは矛盾をきたすからである。この見解は既判力をなお裁判効力論のなかに位置づけるが、それは規範設定的効力としてではなく、制度的効力としてである。すなわち、民事訴訟法におけると同様、公権的判断としての訴訟の機能から導き出される終局裁判一般の訴訟への不可変更的効力として位置づけられる。この効力は、実体裁判では一事不再理の効力のなかに埋没してしまうが、形式裁判にあっては同一の事実状態で同一訴因の再訴を遮断するという実益がある。
[大出良知]