新プラトン主義(読み)しんプラトンしゅぎ(英語表記)Neoplatonism

改訂新版 世界大百科事典 「新プラトン主義」の意味・わかりやすい解説

新プラトン主義 (しんプラトンしゅぎ)
Neoplatonism

後3世紀にプロティノスによって実質的に創始され,6世紀まで存続した哲学思潮。その後のヨーロッパ哲学史上にプラトン主義の伝統を定着させる働きをした。プロティノス自身かなり独創的な思想家であったが,自分の思想をすべてプラトン哲学からの帰結であると称していたので,この名がある。しかしプラトンにみられる政治的・実践的関心はあまりなく,もっぱら神学的・形而上学的局面に集中する。プロティノスに影響を与えたのはプラトン,アリストテレス,ストア学派,新ピタゴラス学派などの哲学であるが,ギリシア哲学ばかりではなく,その師アンモニオス・サッカスを介してオリエントエジプトの神秘学からも多大のものを受け継いだ。この傾向は神智学(テオソフィアtheosophia)とか接神術(テウルギアtheourgia)と呼ばれる。プロティノスに至ってギリシア・ローマ文明とオリエント・エジプト文明が完全に一体化したといってよいだろう。彼の著作は死後,弟子のポルフュリオスによって《エンネアデス》,つまり各巻9編から成る6巻の書物として出版された。ポルフュリオスの弟子イアンブリコスは《エジプト人の密儀について》によって古代異教神学を集大成した。5世紀にはプロクロスがこの伝統を継承し,プラトン解釈史に画期的業績を残した。ユスティニアヌス帝の勅令によるアカデメイアの閉鎖(529)など6世紀の異教弾圧で,西方世界にはこの伝統は表だってはとぎれてしまうが,アウグスティヌスボエティウス偽ディオニュシウス・アレオパギタなどの著作を通してキリスト教の教義形成に無視できない影響を与えたほか,東方キリスト教会にはフィロカリアという形で受け継がれ,さらにイスラム世界に入って,スーフィズムの哲学的原理として発展した。古代ギリシアの学術の継承とあいまって数学,天文学など自然諸科学の発展に対する寄与も小さくない。この伝統がルネサンスとともに西方に復帰しフィチーノなどの〈ルネサンス新プラトン主義〉を生み,各地のアカデミー運動の原動力となった。ケンブリッジ・プラトン学派に属する人々やT.テーラーは近代新プラトン主義者といえよう。ドイツ観念論も新プラトン主義のドイツ的変容とみる人もいる。

 古今東西神秘哲学と同様,新プラトン主義は次の七つの理論的支柱をもっている。

(1)〈世界の四重構造〉 世界は可視的物質界と三つの不可視なる原理的な力よりなる。それは〈魂psychē〉つまり生命力と,〈叡智nous〉つまり宇宙秩序の認識機能と,〈一者to hen〉つまりあらゆる対立を統合する絶対者である。一者は〈第一なるもの〉または〈善〉と呼ばれ,それ自体はまったく単純なものでありながら,その中にありとあらゆる多様性を潜在的に含んでいる。これは完全な充実であり,あらゆる認識,生命,本質,存在を超越する。

(2)〈流出〉 〈一者〉から〈叡智〉が,〈叡智〉から〈魂〉が,あたかもあふれる水のように流出する(流出説)。下のものは上のものと本質を同じくするが,勢いや力の劣った存在形態であり,三つの原理的なものは階層的秩序を保ちながら,しかも連続している。〈一者〉から遠ざかるにしたがって〈一者〉の力を失うことから,善と完全性において劣ることになり,そこに階層的世界が生じる。

(3)〈不可視世界の実在性〉 真に実在するものとは不可視世界の三つの原理的な力のみであり,外的世界は〈魂〉が〈質料hylē〉をまとっているだけの仮象にすぎない。永遠の世界には時間的変化も空間的分割もなく,つねに一定の秩序(コスモス)のもとに存在する。しかしこの秩序は〈叡智〉や〈魂〉を介して物質界にも顕現しており,外的現象の観照(テオリア)によって,永遠の本質に触れることもできる。原理を知る者にとって,現象界はその原理の示現の場となるのである。

(4)〈全中一・一中全〉 〈一者〉は宇宙のあらゆるものの中に遍在している。すべてのものは,そのものたりうるためには〈一〉を分有していなければならない。〈一者〉そのものとの合一は至難だが事象を通して〈一〉を想起することは可能である。一方,一つの事物の成立には他のあらゆるものが関係しており,どんなささいなものの中にも宇宙全体を映す鏡というべきものがある。

(5)〈神人交渉・万物照応〉 階層的秩序の中にあって,下のものは上のものの映し,または表現であり,下降形態であるから,下のものは上のものの本性をもち,それを通じて上のものと交流することができる。上のものが下に影響するだけではなく,下のものも上に影響することができる。人間はこれによって上のもの,つまり神霊や神々や〈一者〉と結びつくことができるのである。

(6)〈脱自(エクスタシス)〉 人間は外的現象から内的世界に目を転じ,魂の目で直接内的宇宙を体験することによって三つの原理的な力にじかに触れることができる。内的世界の深まりの中では,認識するものと認識されるものの区別が消失し,〈魂〉と〈叡智〉,さらに〈叡智〉と〈一者〉は完全に一つのものになる。そこで魂は恍惚(こうこつ)として〈一者〉に合一し,小我から脱却して,宇宙大の〈一者〉の中に溶けこんでいく。

(7)〈帰還こそ人生の目的〉 流出の過程で現象界に埋めこまれた魂は,〈一者〉との合一を求めて,流出と反対の過程つまり帰還の道を探求しなければならない。そこにのみ真の幸福と人間の完成があるからである。人生とは家郷を失った旅人の望郷,帰還の旅路にほかならない。
神秘主義 →ヘルメス思想
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百科事典マイペディア 「新プラトン主義」の意味・わかりやすい解説

新プラトン主義【しんプラトンしゅぎ】

3世紀以降,プラトン哲学と新ピュタゴラス主義,アリストテレス主義,ストア主義等を折衷総合して成立した,形而上学・神秘的色彩の濃いギリシア哲学の一派。プロティノスが開祖。ポルフュリオスイアンブリコスプロクロスらが同学派の思想家として知られる。プロティノスの師アンモニオス・サッカスを介して,オリエント・エジプトの秘教的伝統をも摂取したのが特徴。アカデメイアの閉鎖(529年)以後,公的な学統は断絶するが,アウグスティヌス,ディオニュシウス・アレオパギタらの著作を通じて中世キリスト教世界,さらにはイスラム世界でも受容されるとともに,西方ではルネサンス期に大々的に復活,その命脈はさまざまな変容をこうむりつつ現代にまで及んでいる。
→関連項目アレクサンドリア学派エックハルトキンディーケンブリッジ・プラトン学派神秘主義トマス・アクイナスヒュパティアフィチーノプラトンプレトンミクロコスモス・マクロコスモスミケランジェロメウレウィー教団流出説

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「新プラトン主義」の意味・わかりやすい解説

新プラトン主義
しんプラトンしゅぎ
Neoplatonism

プラトンの伝統に立脚し,2~6世紀に西欧で盛んであったギリシア哲学の一派をさす思想史上の名称。その創始者はアンモニオス・サッカス (175頃~242) ,大成者はプロチノス (205~270) といわれ,他にアメリオス,ポルフュリオス,ヤンブリコステオドロス,プロクロスなどがよく知られている。万物の本源である「一者」からあらゆる実在が階層的に「流出」し,より低い階層はその上位のものの模像であり,より複雑,不完全である。また万物は「観照」によって一者へ階層的に回帰することを欲し,この上下2方向への運動が実在を構成するとした。人間もこの運動によって感覚的なものを脱して一者に向い,これとの直接的合一,すなわち「脱我」の境に達することを求むべきであるとした。このような思想は形成期にあったキリスト教に取入れられ,オリゲネス,ニッサのグレゴリウスなどの教父ばかりではなく,のちのキリスト教思想に重大かつ根本的な影響を与えた。

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旺文社世界史事典 三訂版 「新プラトン主義」の解説

新プラトン主義
しんプラトンしゅぎ
Neoplatonism

プロティノスによって確立された古代哲学最後の学派。「ネオプラトニズム
3世紀にアレクサンドリアで始まり,プラトンを始祖としながらも,ギリシア哲学の主要思想を総合し,東方の宗教思想をも加えて成立。神秘主義的傾向が強い。キリスト教に対して異教を弁護する役割を果たしたため,ユスティニアヌス帝により,529年アテネのアカデメイアを閉鎖された。同時にキリスト教教理の発展にも寄与し,中世の神学・哲学に大きな影響を与えた。ルネサンス時代にイタリアに復活。

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世界大百科事典(旧版)内の新プラトン主義の言及

【アレクサンドリア学派】より

…その学風は聖書を比喩的に解釈し,〈旧約〉を〈新約〉の予型とみなすところに特色があり,聖書の文献学的研究を重視するアンティオキア学派に対する。(3)5世紀からアレクサンドリアがアラブに征服されるまで,同市を中心とするヘルメイアス,その子アンモニオス,オリュンピオドロス,ステファヌスへと継承されていく新プラトン主義の系譜。アテナイを中心とする流れに比して形而上学的色彩が希薄であり,アリストテレスの注解を活発に行った。…

【イアンブリコス】より

…密儀とは魂がこの位階を一つずつ昇りつめ,ついには〈一者〉との合一に至る過程である。彼は新プラトン主義を魔術化したと非難されているが,ギリシアの哲学と東方神秘主義の実践形態とを結びつけた功績は大きい。彼にはほかに,《ピタゴラス的人生》《哲学の勧め》《数学入門》《ニコマコスの数論》《数論の神学的原理》などがあり,ルネサンス期に大きな影響を与えた。…

【エックハルト】より

…彼にとって説教とは,当時歴史の大きな変動の中で,アリストテレス哲学による理性主義の勢いと,他方神との直接の合一のうちに自由を求める教会外での民衆の激しい宗教運動とにはさまれていたキリスト教信仰が,その生命を新しくする思想の現場であった。その思想の哲学的基盤はトマスに沿った主知主義的スコラ哲学であるが,思弁的神秘主義といわれるように,その上で新プラトン主義が神学的思弁を導き,そして〈魂の内における神の子の誕生〉というキリスト教神秘主義の根本的テーマが説教の核心をなしている。しかもエックハルトは神の本質との完全なる一致のためにさらに神という想念をも離れるべきことを説く。…

【占星術】より

…西欧語は〈星の学問〉を意味するギリシア語astrologiaに由来する。西欧,オリエント,インド,中国など占星術と呼ばれうるものは世界各地に見られるが,特に西欧におけるプラトンないし新プラトン主義者たちの主張に顕著な〈マクロコスモス〉と〈ミクロコスモス〉との対応という観念や,中国の〈天人相関説〉は,占星術を背後から支える論拠として重要である。
【西洋】
 占星術の起源は文明の歴史とともに古い。…

【ディオニュシウス・アレオパギタ】より

…彼は1457年バラ,1504年エラスムスが信憑性に疑義を呈するまで,中世全般を通していわゆる《ディオニュシウス文書》の著者と目されていた。これは,キリスト教教義の,新プラトン主義ことにプロクロスを主とするアテナイ派の体系の援用による再解釈を内容とする,《神名論》《神秘神学論》《天上階序論》《教会階序論》,ならびに超越神を近づきがたい光と闇になぞらえたり,聖書を象徴として論及した10の書簡からなるギリシア語の著作である。この文書が最初に言及されてくるのは,6世紀初頭,キリスト単性論者たちによってである。…

【光】より

…この混合のゆえに,救いは罪からの解放ではなく,二つの世界の戦いとなり,変化や運動ではなく分離によって光を自分のものとしたとき救いが得られる。他方,神秘宗教と哲学(とくに新プラトン主義)では戦いではなく上昇がいわれる。魂は照明により光の世界へ昇り,かつ変容して光の魂となる。…

【フィロポノス】より

…5世紀末~6世紀後半の人。ヘルメイアスの子アンモニオスの弟子で,キリスト教(おそらく単性論派)的新プラトン主義者。彼の著作は,哲学,文学,修辞学,論理学,神学,数学,自然学に及び,《創世記》の宇宙生成論をみずからの自然学的知識で弁護したり,ポルフュリオスやニコマコスの注釈を書いたりしているが,彼の最大の仕事はアリストテレスの著作への注釈である。…

【ボッティチェリ】より

…これらは,他の追随を許さない精妙な描線と洗練された色彩が生む完璧な視覚美によって,彼の代表作であると同時に,西洋美術史上最も人々に愛好される作品となっている。さらにこの2作品は中世以来最初の異教的主題の大画面である点で特異であり,15世紀という時点でそれが可能であったのは,ボッティチェリが神話画において単に神話的情景を描くことだけを目的としておらず,新プラトン主義の視覚化を試みているゆえであろう。 81‐82年,教皇シクストゥス4世に招かれてローマに赴き,バチカンのシスティナ礼拝堂壁画を他の画家たちと競作し,名実ともに一流画家としての地位を固めてゆく。…

【メランコリー】より

…さらに,1621年に出た牧師R.バートン《メランコリーの解剖学(憂鬱の解剖)》は当時のベストセラーの一つだったと伝えられる。このように,メランコリーが哲学や芸術と結びつけられて人気を博すことになったのは,イタリアのフィレンツェに興った新プラトン主義の影響によるものとされる。新プラトン主義は当地の哲学者M.フィチーノによって大成された思想だが,彼はその《人生の書Liber vita》のなかで〈知識人はなぜメランコリアになるか〉を論じ,芸術の霊感源であるあのプラトンの〈神的狂気〉を黒胆汁の作用と結びつけた。…

※「新プラトン主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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