救命設備(読み)きゅうめいせつび(英語表記)life saving appliances

改訂新版 世界大百科事典 「救命設備」の意味・わかりやすい解説

救命設備 (きゅうめいせつび)
life saving appliances

船や航空機に事故が発生した場合に,乗客や乗組員の生命を守るための器具や設備の総称。

船の救命設備は,救命器具信号装置および進水装置の3種類に大別される。このうち救命器具が人命を守る基本的な道具であり,これには集団で使用する救命艇救命いかだなどと,個人ごとに使用する救命胴衣などとがある。救命胴衣はライフジャケットlife jacketとも呼ばれ,カポックなどの浮力材を用いたものやガスによる膨張式など種々の形式があり,形状も枕状,チョッキ型,首にかける型などさまざまである。十分な浮力をもつとともに,装着者が意識を失った状態でも,顔面が上方を向き口が水面上十分な高さに露出するように設計されているが,誤った装着状態やゆるんだ状態では安定した浮遊姿勢を保ちにくく,遭難する危険が大きい。また一般用のもの以外に,小児用,小型船用,作業用などがあり,寒冷地用のインマージョンスーツも開発されている。救命いかだには木製やプラスチック製の固形いかだと,膨張式いかだとがある。後者は海面に落下させると自動的に炭酸ガスによって膨張し,円形または長円形のいかだとなるもので,救命艇よりも迅速容易に使用できる。いかだはすべてゴム布を接着して造られ,膨張用炭酸ガスボンベ,付属器具類とともに,強化プラスチック製のコンテナーに収められて船の甲板上に設置されている。使用の際には手動で落下させる方式と,船が沈んだときに水圧で自動的に離脱浮上する方式が併用されており,客船のように多数のいかだが設置されている場合には全部をいっせいに作動させる方法が採用されている。救命艇はいわゆる救命ボートで,木製,金属製,強化プラスチック製が多い。従来からのオールを使うもののほかに,手こぎ推進器付き,エンジン付きのものがあり,また耐火性を必要とするタンカー用の救命艇は,エンジン付きの全閉型ボートとし,これに艇全体に散水できる散水装置を設けている。進水装置は救命いかだや救命艇を海上に降ろしたり進水させるための装置で,客船用のシューターなど乗込みのための装置も含まれる。信号装置は船,救命器具類に備えつけられ,捜索発見を容易にするための信号弾など,信号器具類である。

 タイタニック号の遭難を契機に結ばれた〈海上人命安全条約〉によって,救命設備の性能や装備方法が国際的に統一されており,各国はこれに従って法律などを定めている。日本では〈船舶安全法〉に基づく〈船舶救命設備規則〉によって,備えなければならない種類,数量,積付け方法などが規定されている。
タイタニック号
執筆者:

船と同じく民間輸送機の機内にも法律(日本の場合は〈航空法〉および〈航空法施行規則〉)で定められた救命用具,すなわち救命胴衣,救命いかだ,非常用信号灯および信号弾,無線機,救急医薬品,食糧などが常備されている(このほか釣道具や銃などを搭載することもある)が,このほかに航空機特有の設備として非常用酸素装置および脱出用スライドが装備されている。前者は高高度飛行中に機内の気圧が低下した場合に搭乗者を低酸素状態から守るための装置で,乗客用としては0.7気圧以下になると天井や座席の背から自動的にとび出す形式の酸素マスクが使われ,操縦室の乗員は個別の携帯用マスクを用いる。脱出用スライドは航空機の床と地面を結ぶ一種滑り台で,ふだんは折りたたんでドアの下部に格納され,緊急の際はドアを開くと高圧ガスによって約10秒間で自動的に展張されて地面までのびるようになっている。なお,ドアや非常口についても詳細な規定があって,収容旅客数に応じてその数と大きさが厳格に決められており,いかなる型式,大きさの航空機であっても,左右いずれか片側だけの脱出口を使って機内の全員が90秒以内に脱出しうるように設計されている。さらに毎離陸前に乗員が酸素マスクおよび救命胴衣の説明とともに,必ず脱出口の位置を示すことが義務づけられており,非常口の標示も規定によって決められている。なお,主として高速の軍用機(戦闘機など)では,火薬の爆発を利用して乗員を座席ごと機外に射出する射出座席が用いられる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「救命設備」の意味・わかりやすい解説

救命設備
きゅうめいせつび

船舶が遭難したとき、乗船中の旅客や乗組員を救うため、船から脱出避難させたり、海中に転落した者を救助するための設備。航空機にも人命救助の設備が備えられている。また建築物の火災などに備えて設置されている避難器具も、救命設備といえる。

 ここでは、船舶の救命設備について記述する。

 船舶救命設備規則によって設備が義務づけられ、船の種類や用途、大きさ、航行水域等に応じて設備の内容や数量などが決められている。大別すると、水上に浮かぶ浮体設備と、救助用の信号設備に分けられる。

[岩井 聰]

浮体設備

人間が乗るかつかまって水面上に浮かび、積極的に移動(航走)避難するか、その地点にとどまって救助船がくるまで待つかするための設備をいう。

(1)救命艇 端艇(ボート)の一種で、木製、鋼製あるいはプラスチック(FRP)製で、波に対して安全性が高い。艇内には空気箱でつくられた浮体を搭載し、十分な浮力をもたせている。またオールや帆などのほか、飲料水、救難食糧、救命索具、保安応急用具、信号器具、海図等も搭載している。オールによる人力推進のほか、発動機付きのものもあり、帆走もできる。救命艇は上甲板上舷側(げんそく)に格納されており、ボートダビットというもので水面上に降下できるようになっている。急速かつ安全に降下できるよう、多くの形式のボートダビットがくふうされている。

(2)救命筏(いかだ) 固型救命筏と膨張式救命筏とがあり、甲板上から海面に降下あるいは投下して浮かべ、人を搭載収容するものである。膨張式救命筏は、平常は畳んで格納されているが、海面に投下されると圧縮ガスボンベの弁が開き、ゴム製の空気袋が自動的に膨張する形式のものが多い。救命筏には天幕が取り付けられ、救命艇と同様に救難食糧や信号器具などが積まれている。

(3)救命浮器 箱形の浮体で、人が周囲に張られたロープにつかまって浮く形式のものである。構造は簡単で、小型であり、甲板上から投下して海面に浮かべる。天幕をもたない。

(4)救命浮環(ライフブイ) カポックやバルサなどを充填(じゅうてん)してつくった環形浮体。これも周囲に張られたロープに人がつかまって浮く形式のものである。海中浮遊中の人の近くに投下して使用する。

(5)救命胴衣(ライフジャケット) カポックを材料として布で包み、浮力をもたせたジャケット形式のものをいう。人が着用して使用する。救命艇や救命筏に乗り込むときは、事前に着用する。

[岩井 聰]

信号設備

遭難したことを他に知らせるための信号装置をいう。おもなものには、電波発信方式の非常用位置指示無線標識装置(EPIRB(イパーブ))や、光波方式の自己点火灯、自己発煙信号などがあり、遭難したこととともに、その位置をも知らせることができる。

[岩井 聰]


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百科事典マイペディア 「救命設備」の意味・わかりやすい解説

救命設備【きゅうめいせつび】

船や航空機の遭難時に人命救助に用いる器具や設備の総称。船の場合は1912年のタイタニック号の遭難を契機に結ばれた〈海上人命安全条約〉によって国際的統一が図られ,日本では〈船舶安全法〉に基づく〈船舶救命設備規則〉で,船の種類に応じて,救命艇,端艇,救命いかだ,救命浮器,救命浮環,救命胴衣,救命索発射器や遭難信号装置等の常備を規定し,容量,浮力,性能等も規格づけている。

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