政治体系(読み)せいじたいけい(英語表記)political system

翻訳|political system

改訂新版 世界大百科事典 「政治体系」の意味・わかりやすい解説

政治体系 (せいじたいけい)
political system

政治現象ないし政治生活を一つのまとまりをもった行動体系としてとらえる理論モデル。相互に関連をもつ諸要素によって構成される。生物学や工学の領域で発展した一般システム論を政治に応用して構成された知的構築物で,現実にそのまま存在するものではない。政治体系は,社会全体を一つのトータル・システムとみれば,経済や文化等と並ぶ一つのサブ(下位)システムであり,特有の構造と機能をもっているとされる。システム論を最初に政治学に導入したのはアメリカの政治学者D.イーストンである。以降,アーモンドGabriel A.AlmondやドイッチュKarl W.Deutsch等によって発展,精緻化され,現代政治理論における有力なモデルの一つとなっている。政治体系論は,〈比較政治〉の領域で発展途上国の政治的近代化の研究,〈地域社会の権力構造〉の分析,〈国際関係〉における国家行動の分析にも用いられている。イーストンがその著《政治分析の基礎》(1965)で具体的に示した政治体系モデルは,次のように簡明なものである。環境environmentから入力inputが政治体系に流入してくる。政治体系はこの入力を出力outputに変えて環境に送り出す。環境へ送り出された出力は次の入力にはねかえるというフィードバックfeedback機能を果たす。こうして政治体系は,環境との間で相互作用を行いつつ自己を一つのシステムとして維持していく。このモデルを構成する諸要素は次のような特色をもっている。

(1)環境 政治体系は環境にとりかこまれ,それらの影響にさらされている。環境は〈社会的〉と〈物理的〉に,さらに〈社会内的〉と〈社会外的〉に区別される。社会内的環境には生態,生物,パーソナリティ,社会(文化,社会構造,経済,人口の各体系)の各体系があり,社会外的環境には国際政治,国際生態,国際社会の各体系がある。これらの環境が政治体系に作用し,体系を変化させるような圧力stressないし攪乱(かくらん)disturbanceの源泉となる。

(2)入力 環境から政治体系へ流れ込む影響は二つの概念で要約される。一つは要求demandで,社会の成員が問題の処理や解決を求めて行う多様な訴えであり,もう一つは支持supportで,社会の成員が政治体系の存立作動に協力的な行動や態度をとることをいう。アーモンドは,要求として財・サービスや行動規制の要求,政治体系への参加の要求,象徴に関する要求を,また支持として物質的支持,法的規制への服従,政治的参加,恭順の象徴的表明をそれぞれあげている。なお政治体系の内部で生じる入力をウィズインプットwithinputという。

(3)出力 政治体系から環境に伝達される影響で,社会的価値の権威的配分ないし拘束的決定およびそれらを実行するための行為,すなわち政策の決定と実施をいう。アーモンドは出力として財・サービスの抽出と分配,行動の規制,象徴の操作をあげている。

(4)政治体系 入力を出力に変換する装置。政治体系において,いかなる構造がいかなる基本機能をいかなる条件のもとで遂行するかを明らかにしたアーモンドは,政治体系の共通特性として次の4点をあげている。(a)秩序を維持している相互作用の正当なパターンである政治構造structureが存在する。(b)構造分化の程度は政治体系の発展段階によって異なるが,機能(ルールの作成,適用,裁定)は同一である。(c)あらゆる政治構造は多機能的である(例えば官僚制も立法行為の源泉となる)。(d)政治体系は文化的には混合システムで,つねに合理的側面と伝統的側面をもつ。

(5)フィードバック 政治体系によって決定された政策は現実に執行されることによって効果を生み,社会の成員の要求や支持のあり方に影響を及ぼし,次の入力に変化を与える。このように出力が入力に影響を及ぼす現象をフィードバックといい,政治体系への諸結果の流路をフィードバック・ループfeedback loopという。フィードバックは政治体系が圧力を受けつつ存続していく能力にとって,無視しえない条件である。このフィードバック機能をとくに重視したのはドイッチュである。彼はサイバネティックスの手法を政治体系論に適用し,政治体系を情報の流れ,すなわち不断にフィードバックによる自己制御を図りながら作動するコミュニケーション・ネットワークとしてとらえた。政治体系の自己修正にとって決定的に重要なのは,政策の決定と実施の結果に関する情報が体系に送り返され,体系の行動を目標達成にいっそう適合したものにすることである。それは負のフィードバック(その有効性負荷,遅滞,利得,予見の4要素で測られる)とよばれ,正のフィードバック(インフレの高進,軍拡,市場パニックのように還流した情報が最初の行動を増幅拡大するような効果だけをもたらす場合)と区別される。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治体系」の意味・わかりやすい解説

政治体系
せいじたいけい
political system

国家やガバメント(政府)等の政治生活の組織体を表す従来の概念は、政治的発展段階を異にする世界のすべての国の政治現象を経験的に研究するには適切ではなく、それにかわるものとして、1953年にD・イーストンによって提起された概念。それは、その後急速に普及し、現代政治学の中心的概念の一つとなった。もともと、political systemは、日本語では「政治体制」と訳され、またpolitical regimeと同義に用いられていた。ところが、イーストンによって同語はシステム論に基づく経験的・分析的概念として狭義に解釈され、日本語でもこの狭義の意味を表すことばとして「政治体系」ないし「政治システム」の訳語があてられた。

 従来の国家概念と比べて政治体系概念は、政治研究において次の二つの利点を有するものと考えられている。〔1〕発展段階を異にする政治社会に共通する最小限度の特徴を抽出して、それをもって理念型としての政治体系という政治生活の組織体のモデルを設定し、それを規準にして各国の政治現象を経験的に比較研究することが可能になった点である。〔2〕それ以前に社会学ですでに開発されていたパーソンズの社会体系論を援用して、政治体系をトータルシステムとしての社会体系の下位体系として位置づけ、それが他の文化や経済などの下位体系との相互作用や、環境との交流のなかでその独自性を維持するために、どのような活動を行っているのかを経験的に分析することができる点である。たとえば、イーストンは、政治体系を社会に対する価値の権威的配分にかかわる行為構造と規定したうえで、サイバネティックス論を導入して、政治体系の中核に、環境からの入力inputを出力outputに変換させて環境から提起される問題解決にあたる決定中心を置き、さらにそれが出力の効果を見届けて再入力を行うことができるように環境からの圧力を解消したかどうかを絶えず確認できるフィードバック装置を備えているものとして理論構成した。彼は入力として要求と支持を、出力として決定と政策をあげているが、この両者の内容に関しては政治体系論者のなかに合意はない。

 政治体系論は、一国の政治の安定度やその問題解決能力を予測する基礎として体系の変換能力を重視しており、その限りでは現代の危機管理を目ざす介入国家像の理論的反映とみられる。その点でその保守性が批判されているが、その比較政治学の分析用具としての有効性は評価してもよかろう。

[安 世舟]

『D・イーストン著、山川雄巳訳『政治体系』(1976・ぺりかん社)』

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世界大百科事典(旧版)内の政治体系の言及

【比較政治学】より

…アーモンドらは,この分野の限定性を打破し,全世界,とりわけアジア,アフリカ,ラテン・アメリカに研究対象を拡大すること,そして法律的・歴史的・記述的な方法を克服し,あらゆる政治社会に適用しうる比較分析の枠組みを理論的につくりあげることで,分析的な研究を目標にした。 アーモンドが提出した枠組みは,社会学・心理学・人類学から抽出した諸概念を合成した〈政治体系political system〉である。その目的は,〈規模・分化度・文化にかかわりなく,あらゆる社会において政治機能を遂行する構造を分析的に抽出すること〉にあった。…

※「政治体系」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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